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健康サポートプロジェクト 坂田純子

■健康運動コンサルタントです。 [専門] ●ウォーキングやランニング、健康体操、生活習慣病予防・呼吸器系・循環器系に有用性のある有酸素運動指導など。 ●自体重やツールを使い、しなやかな身体づくりをするボディメイクを提供。 ●アロマやキネシオロジー(整体)を活用したボディケア、脚の測定や診断・アドバイスなど ●健康コラム・エクササイズ監修

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2021年1月24日 (日)

■通天閣の今昔

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  通天閣
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大阪のシンボル、通天閣。
明治45年(1912年)に生まれ、初代通天閣周辺にはルナパークが建設された。

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日露戦争後、各企業が市場を拡大し国内の産業も発達して開催された内国勧業博覧会の跡地にでき、そのあたりは大阪の新名所になる様〝新世界〝と呼ばれるようになる。

初代通天閣は凱旋門とエッフェル塔を融合させた造り。
凱旋門の上にエッフェル塔がのっかっていて、まるであれもこれも皿に乗っかったお子様ランチの様。

ルナパークはブルックリンのコニーアイランド風のイメージで、渡来の流行神を祀るホワイトタワー(ビリケンさんのお堂もあったとか)、スケート場や遊戯機械(サークリングウェーブ)、鳥獣の檻、不思議館などのアトラクションがあった。
今では考えられないが、町中にロープウェイがかけられ…まさに夢の様…新しい世界だ。

そんな〝新世界〟にあった初代通天閣は、大東亜戦争時にタワー下にあった映画館から出火。その軍後事で使う鉄材となり解体。
令和に残る通天閣は昭和31年(1956年)生まれの二代目である。

今ははるかに〝ハルカス〟の方が存在感が大きい気もするが、歴史的に大きな存在の〝通天閣〟とその周辺。
時代の流とともに姿カタチは変わっても、残り続けて欲しい大阪のシンボル…。 

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毎週帰宅ランで通る通天閣を見ながら、歴史を回想しドボルザーク作曲の交響曲「新世界より」♬が頭の中で爆音で流れている今日この頃。

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2021年1月21日 (木)

■四天王寺の七不思議

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 四天王寺の七不思議

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昔から四天王寺の七不思議と呼ばれているスポットがある。

●底なし井戸
●引銅鐘
●三面大黒天
●眠り猫
●石鳥居
●ポンポン石
●二股竹…今はない


個人的に、底なし井戸に興味を持つ。
写真に収めることはできなかったが、井戸の底から青龍がこっちを見てる…

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「うお!」と思ったら、天井に青龍の絵が!

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●底無し井戸

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この井戸は、金堂本尊基壇下にある青龍池を水源とした霊水であり、天竺の無熱池に通じており、池を守護する青龍が棲んでいると伝えられてきたそう。
覗いて水面に映る龍に祈れば、たちまちに厄災を除くのだとか。
ありがたやー!


●引銅鐘

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北引導鐘の音はあの世まで響くらしい…


●三面大黒天

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五重宝塔一層目の北西角には、正面に大黒天・左に毘沙門天・右に弁財天を彫った瓦があり、どの方角から見てもその顔が見えるらしい…
なぜだか、キンキラキン!


●眠り猫

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聖徳太子を祀る太子殿には猫の門と虎の門の2つの門がある。
「虎の門」のトラは悪いものが入ってこないように番をしており、「猫の門」のネコは聖霊院にある経堂のお経がネズミにかじられないように見張り番をしているのだとか。
カワ(・∀・)イイ!!


こちらは虎の門

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●石鳥居

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極楽浄土の門だとか…


●ポンポン石

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石に耳をあてるとあの世の先祖の声が聞こえるとか…


●二股竹

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太子殿前の二股竹は根から二股になっていて、いつまでも離れない縁結びの竹としておみくじがよく結びつけられるそう。
しかし、今は残っていない。

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昔から、四天王寺の七不思議は不思議であるから面白く…
謎を解こうとしてはいけない気がする(笑)

このご時世なので、聖徳太子もマスクですな。

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■七福神

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 七福神
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弘法大師と聖徳太子の月命日である21日と22日。

これまで中止になってきた〝市(イチ)〟であるが、今回は開催されるとあって骨董市へ…。
品揃えが妙にツボにハマるお店があって、そこで絵皿を1枚ゲット。
恵比寿天・大黒天・福禄寿に鶴亀が描かれ、なんとも縁起のいい皿。

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七福神と言えば異国の神で、唯一〝恵比寿天〟が日本の神様と言われている。

恵比寿天は〝いざなみ、いざなぎ〟の第3子といわれ、満3歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい漂着した漁村の人々の手によって祀られたのが信仰のはじまりと伝えられているが、個人的にはいかがわしくも感じ、事実かどうかはわからない。

それはそうと、古代、日本のほとんどの漁村に漂着した死体に神異を感じる風習があったようで、それに大漁を祈念してきたと言われる。
壱岐島の印通寺浦に唐人神という祠があるのだが、中世の頃若い唐人の下半身が流れ着き、漁師によって祀られたという。
このようなことも〝恵比寿天〟信仰と繋がっているのかもしれない。

七福神にせよ、漂着した死体の信仰にせよ、どうして招福には異国の神が必要なのか…意味は深いところであるが、絵皿を眺めながら、早く安心して海外を行き来できるようになると良いな…と思った。

2021年1月20日 (水)

■ご時世①

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 テーマ〝ご時世〟①
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コロナ禍のニューノーマルで始めた1人で走る街道ランも、緊急事態宣言&中山道-11℃で11月から停滞中。
しかし、近場でも歴史を感じながら体力づくりができるスポットはある。

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そんなことで、元禄9年(1696年)の古地図と最近の地図を比較しながら、健康体力づくりラン。
ついでに大阪くらしの今昔館まで。→見学者は私1人のみ・館内は予防対策ばっちり!
お義母さんが着付けのボランティアに行っていたところで、1度足を運ぼうと思っていた。

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印象に残ったのは、江戸時代の町屋の風景に、このご時世ならではの様子。

呉服屋の上店と下店。

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通常、上店は仕立て前の反物が、下店には古着が展示されているのだが、今はコロナ予防で古着が撤去され「疫病退散コーナー」に。
赤ベコやアマビエ、入り口には学芸員さん手作りの元三大師がかわいかった。
このご時世ならではの様子だな…。

ここは面白かったんで、また落ち着いたらBlogにまとめよう。

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■【緒方洪庵〝適塾〟】洪庵のたいまつ

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 緒方洪庵〝適塾〟
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最近「今興味がある人物は?」の質問に「大村益次郎」と答えていた。

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益次郎は靖国神社の入り口のど真ん中にドーンと銅像になっているあの人である…。

そういえば、益次郎も適塾に通っていたなぁ…と、健康体力づくりのランニングを兼ね、10年ぶりに適塾に行ってみた。(10年前の記事→☆☆☆

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大阪市内の看板は面白い!交番案内はおまわりさんの形をしている。

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適塾の看板は??

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適塾は緒方洪庵が開いた塾であり、侍の子も町医者の子も農民の子も「学問をする」という目的で皆が集まり、先生は洪庵1人。
洪庵は、幕末における洋楽研究の第一人者として仰がれた医師・蘭学者で〝日本の近代医学の祖〟と呼ばれた人物。
木村益次郎も福沢諭吉も、わが故郷ゆかりの橋本左内も…全国から、適塾へ学びに集まっている。

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塾生たちの部屋。タタミ一畳に1人が寝泊まりしたそう。

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さすが幕末…刀傷?血の気の多い塾生たちか…はたまたいたずらか…

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お庭の様子。

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教育に力を注いだだけでなく、ペリー来航時に艦隊に属していた米国艦船ミシシッピー号で、中国を経由して長崎に入った際、乗員にコレラ患者が出て日本にコレラが流行したとき、治療にあたりながら、治療手引書『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』を発刊し、感染予防に尽力している。

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〈虎狼痢治準(ころりちじゅん)』の発刊後、さまざまな洋書が訳され江戸幕府が発刊した書物より〉

昔から大事とされてきたことは、

「身体と衣服を清潔に保つ」
「室内の空気循環をよくする」
「適度な運動と節度ある食生活」

など、今と何ら変わりはない…
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益次郎の灯を感じに適塾に行ったが、緒方洪庵の灯を沢山感じることに…
益次郎も緒方洪庵のたいまつの灯を受け継いだもんな。
誰から学ぶか?誰と過ごすか?で人間は変わる。
私も今、洪庵のたいまつの灯のおかげで健康に暮らすことができている。
緒方洪庵は偉大だなぁ…と思った。

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書斎。美しい…

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階段は急。

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2021年1月16日 (土)

■太陽からのメッセージ

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 太陽からのメッセージ
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何年もの間、必ず週に数回通っていた造幣局前の道。

手元のランウォッチに気を取られていたのか?急ぐあまり前しか見ていなかったのか?…ゆっくり走る様なって気が付いた不思議なもの。
…たぶんであるが〝日時計〟と見られる。

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日時計は、影を利用し時間を計測する装置のことである。
おそらく針がついていたんだろうと思われる盤の下には時差表がある。
季節によって太陽の位置が変わり影の動きが微妙に変化するので、この時差表を見ながら数を足したり引いたりして正確な時間を把握していたのだろう。

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時計の歴史は日時計からのスタートで、天気の悪い日や陽が落ちた時には時間がわからないことから水時計も使うようになった。
そこから、砂時計、燃焼時計、機械式時計、ふりこ式時計へと進化し、1700年代頃からは懐中時計が使われるようになったそうだ。
懐中時計は取り出して蓋を開け時刻を確認するのが不便で、携帯するのに便利な腕時計が生まれ、第一次世界大戦(1914年)のあと、一般社会にも次第に普及していった模様。


しかし…いったいどうして造幣局の前に日時計があるのか不思議である。
造幣局のことを調べてみたら、明治4年4月4日創業され、貨幣の製造のほかに、製造に必要な各種の機材、硫酸・ソーダ・石炭ガス・コークスなど、電信・電話などの設備、天秤・時計などの製作をすべて局内で行っていたそうだ。
これは私の勝手な推測であるが、明治時代に機械式時計がどの家庭にもあるとは限らないので、誰もが時を把握することができる日時計はそんな歴史の名残であろうか…。→ 誰か知っていたら教えて欲しい。


つい100年前くらいまでは、腕の時計を気にせず、太陽をもとに悠々とした時間で暮らしていたんだなぁ…と思うと自分の〝時間の使い方〟を振り返る。

人が唯一平等に与えられている〝時間〟
1秒1秒大切な時間。

目立たなく忘れ去られてしまいそうな日時計を発見したのは、コロナ禍だけにsun〝大切な時間の使い方〟を見直してみては?と言う太陽からのメッセージなのかもしれない。


[補足]━━━━━━━

sunコロナとは:
太陽大気の最外層で、皆既日食の時、太陽のまわりに真珠色の淡い王冠状の光として見えるもの。

crownコロナウィルスの名前の由来:
表面に約20nmの特徴的な突起があり、その見た目が王冠(crown)によく似ていることから、ギリシャ語で王冠を意味する「corona(コロナ)」という名前が付けられたそう。

2021年1月 7日 (木)

■走る旅:京街道〔2〕京橋商店街~野江~東海道 第57次 守口宿

リアルタイムのログではなく、数日前のログである。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。

コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…

今回は京街道の旅。


実は、新型コロナウィルスがやってくる前、2020年の1月に京街道を走破していた…。

その時は、特に史跡を巡ることもなくログすることもなく…
ただ走るトレーニングとして約56㎞だったか57㎞だったか…どれくらい走ったのか忘れてしまったが、実施していた。

今回は、史跡を巡り先人たちの暮らしや思いに馳せながら、区間を分けて走ってみることにした。

ただ、首都圏はコロナウィルス感染拡大で、緊急事態宣言を出すか出さないかの大変な時期であるので、県境を跨ぐことは良く考えて責任のある行動をしたい。

今回は、京街道と淀川舟運。

曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。


本記事は、曽根崎~高麗橋~京橋の続き。
15㎞の道中の一部を記録する。


■京橋商店街~野江国道筋商店街~関目の七曲り~千林商店街~第57次 守口宿~守口一里塚…最寄り駅(約10㎞)
 

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京橋商店街 真実の口から守口までは3つの商店街の中を走る。
街道に店が並ぶのは、昔の名残なのだろうか。
にぎやかな街道なので、ゆっくり走ったり歩いたりすると楽しいであろう。


●榎並地蔵尊

野江村のお地蔵さん。
今は埋め立てられて姿カタチはないが、江戸中期には榎並川があり、榎並川にあった石標が置かれている。
「橋向こう右に行くと 今福 蒲生」と書かれている。
野江村は、大阪の空襲にも焼けずに残ったので旧家が残っている。

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●関目の七曲り

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都島通り出ると、明治天皇聖ちょく碑(ちょく:足跡の意味)がある。
その碑を過ぎると京街道の道標がある(見逃し注意)。

京街道の道標を目印に折れると、突然複雑な屈曲の道になる。
これは、敵に攻め込まれないように相手の軍政の勢いを止める工夫で、旧街道の名残である。

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千林のウナギ屋さん


●守口 西の見附

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守口宿の西の見張り番や取り締まりを行っていた場
〝京街道陸路官道第一の驛 守口〟のタイルが貼られているあたり。
ぐんと上り坂になり桝形の道になっている。

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常夜灯跡…


●守口の地名の由来

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かつては「森口」とも書いたが、後に、大坂城の守り口として守口になったという俗説もある。
浜町交差点で国道を渡ると、川はないが瓶橋(かめはし)の親柱が残っているが、瓶橋は「口を守ること瓶の如し」…発言は慎重にすべし…から来たと言われる。
どの時代も、何かを守ることは大事なことであると、守口を走りながら思った。

本陣や瓶橋など、写真を撮り忘れた様なので、次回守口からスタートするときに必ずログしようと思う。


●文禄堤

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大坂と伏見に城を築いた豊臣秀吉が、文禄5年(1596)、2つの城を最短距離で結ぶために淀川沿いに文禄堤を整備した。
守口には本町橋になっている文禄堤が残っている。
橋にペンキで落書きがされているのが残念だった。
京街道・文禄堤の史跡の意味を知れば落書きなんてできないけどな…。


●復元高札場

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立派な復元高札場だ。
幕府が出したルールや掟が書かれている。


●卯建と虫籠窓

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卯建は火事で火が燃え広がらないように…風よけに…泥棒防止に…作られたものだが、持ち家でありお金が無ければ作れなかったので、今でも一人前に出世した人を〝うだつをあげた〟…逆に一人前になれない人を〝うだつがあがらない〟という。

虫籠窓は、江戸時代は二階建てが禁止で屋根裏を物置として活用していたので明かり窓として小さい窓が付けられた。
虫籠に似ているので虫籠窓と言われる。
近畿圏に見られるという。


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約2.3㎞
●本陣:1
●脇本陣:0
●旅籠:27
大坂城に近いこともあり、小休みの役割の宿場で旅籠は少な目であった。
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※時間の関係で宿場の様子があまり見れなかったので、次の機会に探索したい。
江戸川乱歩の住居には立ち寄りたい。


●難宗寺の道標

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●守口一里塚

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江戸からであれば、一里塚のあたりが〝上の見附〟となり一里塚付近から守口宿が始まる。
 
旅を終えて
前の記事でも書いたが、大阪にかかる橋の総橋数は約155橋~200橋だったと言われ、うち公儀橋は12。
残りはすべて町橋で町民たちが幕府の援助を受けずに生活や商売のためにかけた橋と言われている。

大阪の商人が〝なにわの八百八橋〟と言われているのは、自分たちの生活を良くするのは自分たちがするという熱い大阪の人の生き方を表現しているからであろうか。

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大坂城から守口宿へ向かうまで、埋め立てられてしまった川や橋の名残を見つけながら、町民が頑張って作った橋なんだろうな…と思うと、今はコロナで大変だけれども、自分の生活を良くするのは自分だなと感じた。

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【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●冬場は防寒対策を行いましょう。
●中山道は思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

記事更新中→走る旅: http://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

2021年1月 6日 (水)

■走る旅:京街道〔1〕京街道出発前~高麗橋~京橋

リアルタイムのログではなく、数日前のログである。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。

コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…

今回は京街道の旅。


実は、新型コロナウィルスがやってくる前、2020年の1月に京街道を走破していた…。

その時は、特に史跡を巡ることもなくログすることもなく…
ただ走るトレーニングとして約56㎞だったか57㎞だったか…どれくらい走ったのか忘れてしまったが、実施していた。

今回は、史跡を巡り先人たちの暮らしや思いに馳せながら、区間を分けて走ってみることにした。

ただ、首都圏はコロナウィルス感染拡大で、緊急事態宣言を出すか出さないかの大変な時期であるので、県境を跨ぐことは良く考えて責任のある行動をしたい。

今回は、京街道と淀川舟運。

曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。

本記事では、京街道とはなんぞや?淀川舟運とはなんぞや?を説明し、15㎞の道中の一部を記録する。

■京街道の歴史
 
京街道の起源は、大坂と伏見に城を築いた豊臣秀吉が、文禄5年(1596)、2つの城を最短距離で結ぶために淀川沿いに文禄堤を整備した。この堤の道を京街道とよんだ。

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徳川家康の代になり、大名は京都で公家と接触することを禁止としたため、大名行列は髭茶屋で京都三条へ向う東海道と、京を通らず大坂へ向う道と二股に分けた。
京を通らない区間は東海道の延長として道中奉行の管轄下に置かれ、伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿の4つの宿場が設けられた。
東海道は53次と言われているが、この4宿を足し、東海道57次とも言われるようになった。
 
■淀川舟運

京都と大阪を結ぶ交通の大動脈は淀川の舟運だった。
京都・伏見と大阪・八軒家の間(約40㎞)を茶船(十石)上荷船(二十石)が往復。
江戸末期には1日に1500人、800tの荷物が運ばれたという。

■京街道出発前~高麗橋~京橋(約5㎞)

●曽根崎から大江橋を通って淀屋橋へ

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●淀屋の屋敷跡

淀川水運だ…。

淀屋の屋敷は、海産物市場や米市を開き、金融業や船と荷主の間に立ち集荷を行う業を営み財を得た。

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●なにわの三橋

大阪は水の都と言われているが、総橋数約155~200橋のうち公儀橋は12で、天満橋・天神橋・難波橋は公儀橋でなにわの三橋と呼ばれる。

あとの12以外の橋はすべて町橋で町民たちが幕府の援助を受けずに生活や商売のためにかけた橋である。

大阪の商人が〝なにわの八百八橋〟と言われているのは、自分たちの生活を良くするのは自分たちがするという熱い大阪の人の生き方を表現しているからであろう。


●淀屋橋

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●難波橋のライオン像

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●大阪証券取引所の五代友厚さん

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●元標跡碑と擬宝珠(ぎぼし)

江戸時代の里程計算の起点は高麗橋の東詰にあった。
ここ高麗橋が東海道、中国街道、紀州街道などへの道のり、車馬賃の起点となった。

擬宝珠は大坂夏の陣で徳川方が持ち去り、昭和40年になって吉田茂の遺族から大阪市に寄贈されたそう。

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東海道57次の、江戸からのゴール地点、または江戸へ向かうスタート地点である。

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このあたりが江戸時代の商売の中心地であった。

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●天神橋

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●熊野街道の起点

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●昆布屋さんと八軒屋船着場跡

〝江戸は鰹節、大阪は昆布〟と言われ北海道の昆布は日本海より西回り、下関から大阪に入った。
戦前まで昆布屋は八軒屋に多くあったが今では永田屋昆布店と八木昆布店のみだそうだ。

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●天満橋

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●京阪モール前のポスト3つ

青ポストは速達専用だそうだ。

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●秀吉時代の大坂城の石垣(三の丸北端)

街中にひょっこり石垣。
石垣と言えば大阪城公園内にしかないと思っていたが、京橋口付近にもあった。
大坂城は大きかったんだな…。

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●京橋(秀吉時代の大阪の東の玄関口)

秀吉時代にかけられた京橋。
〝京都に通じる橋〟の名である。
秀吉時代は京街道の起点でもあった。
そして野崎まいりの旅人でもにぎわったそう。

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●京橋川魚市場跡

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京橋…河川敷から撮影。

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●のだ橋

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昔、鯰江川(なまずえがわ)があったそうで、今は埋め立てられている。
鯰江川にかかる橋が〝のだ橋〟〔公儀橋〕であった。


●道標 左京みち

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京橋商店街を経て野江へ向かう…

本場イタリアで見た真実の口よりもデカい!
京橋商店街の真実の口さん、ちょっと辛口(笑)
早く、コロナが収束しますように。

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旅を終えて
よく移動ランで走っている場なので、旅と言えるのかは疑問であるが、今まで場の意味や歴史を知らずに走っていたコースも、意味を知り目的を持つと違ったコースに見えてくる。

今は穏やかな淀川も古代から大正時代まで数百回も氾濫していた。
そこを乗り越え、水運を通じ産業や経済の発展にもつなげたと思うと、今まで見ていた川や周辺の街や住む人の見え方が大きく変わった。


大阪の街道もとても面白く興味深い。つづきはまた。

【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●冬場は防寒対策を行いましょう。
●中山道は思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

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■[旅の道すがら]京街道:大坂と虎

大阪と言えば〝虎〟

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おばちゃんは大きな虎の顔がドーンと描かれた服を着ているイメージ。
阪神タイガースのマスコットは虎とラッキーで〝トラッキー〟
そして、偶然なのかも知れないが、街のあちこちになぜか虎の絵があったりするのも大阪…。

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そして…個人的には、小学一年生の時一番最初に読んだ歴史小説は「ひよしまる」だったが、豊臣秀吉にまつわる逸話を知っていくにつれ、大阪=虎のイメージが強く色濃くなっていく(笑)

その理由の1つに秀吉は虎をペットにしていた説があるからだ。
大坂城の外壁にも虎が描かれ、三国無双とたたえられた8頭の金色の「伏虎(ふせとら)」が四方に睨みをきかせている。
(阪神タイガースのモチーフの虎は、各球団に睨みをきかせる意味だという説も…ホントウナノカハワカラナイ)

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[伝説より]┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ペットにしていた虎は大変大飯ぐらいで、困った秀吉は「毎日1匹ずつ犬を町のものから差し出させて虎のエサとする」という命令を出したそう。
ある日、天満の金物屋の徳八のとこにも犬を出すように役人が来たので、泣く泣く飼い犬〝りき〟に腹いっぱいご飯を食べさせ最後の別れをしてお城へ渡すことに。
…その後エサになるはずの〝りき〟は虎の首にかみついて格闘。
結局は虎の爪に引っかかれて息絶えたけど、虎も息絶えた…という無茶苦茶な伝説がある。


秀吉が虎をペットにしていたというのには驚きだが、自分のペットのために、町人から家族同然の飼い犬を差し出させるなんてもっと衝撃だった。(→あくまでも伝説であるが)
そんなこともあり、個人的に「大阪=虎」のイメージが強い。

京街道を走りながら、街のあちこちいる虎を見つけては、
虎にひるまなかった天満のどこかに眠る勇敢な〝りき〟のことを想った。

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これはライオン

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京街道のレポートはのちのちゆっくりUPしていくとする。

●東海道&中山道を走る旅・アーカイブ 記事更新中→
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2021年1月 4日 (月)

■落とし物に注意

崇敬神社のお札は毎年送られてくるのだが、初詣で神宮大麻のみいただき、氏神様のお札をいただくのを忘れる。

三社造りの神棚なので、一社でも足りないと朝晩のお詣りで気が締まらない。
そんなことで、山を越えていただきに走る。

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コロナ禍で山へ訪れる人の数が増えたのと、感染拡大予防で必需品になったからか?
マスクの落し物が多い。


おそるおそる拾って帰るが、時期が時期なのでなるべくは拾いたくないものである。

山を含め自然も、人間も動物も植物も…万物はすべて神から生まれたもの…と伝え続けられている日本。人が作った造形物が土の上に転がっているとなんだか不自然だなと感じてしまう

落としたくて落としたのでは無いと思うが、マスクは落とさずに…
まずは自分が気をつけよう。

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