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■東海道&中山道を走る旅 Feed

2020年7月 1日 (水)

■走る旅:東海道&中山道⑫ 醒井~柏原宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。


江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。


番場宿~醒井宿からの続きです。

■醒井宿~第60次 柏原宿(5.5㎞)

●醒井宿

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醒井宿は日本武尊伝説が残り、
中山道と並行して流れる清流には、珍しい動植物が生息していて、
醒井に足を踏み入れた時は、
まるで小さな楽園を見つけた様な感覚になりました。


数百年前、中山道を旅した先達も同じような感じになったのかと想像するだけで
心の中でポップコーンがパチパチはじける様でした。

小さな楽園を後にし、次に向かうは第60次 柏原宿です。
いよいよ60番台、近江最後の宿場。



●見附跡・桝形


醒井宿の東西には見附と呼ばれる番所が設けられたそう。

見附までは876m。
小さくて短い宿場でした。

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桝形です。
よく、城郭で見られる桝形虎口のようです。

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坂を駆け上がると伊吹山が綺麗に見えます。
どっしりしていて、何もものを言わずとし、
何かに気付かせ、
厳しくも優しくもある、
神様ですね。


●一色一里塚跡

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もう塚の名残はありません。
ここから一里、また先を行きましょう。



●天野川源流菖蒲池跡地

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今は涸れていますが、ここを源流とする水は天野川の水源だったようです。


●旧中山道

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山道に入ったり道路に出たり…です。

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動物除けの柵を開いて進みます。


●古い道標

薬師道道標です。

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漢字、ひらがな・変体仮名の3体で書かれています。
享保2年・1717年のもの。


先日の安藤忠雄さんの講演会で、
大阪の人は普段好き勝手言ってバラバラでも、
いざの時には一致団結して力を合わせる。。。という話の下りで


大川の桜並木は、大阪に住み人が協力してお金を出し合って植えた…。
寄付したら、名前を彫るシステムで、
寄付して名前を彫ってもらったら、お墓はいらないな…と。
大阪に人って面白い!(happy02みんな爆笑)


寄付した人の名前を彫ったのは、石なのか何なのかわからないけれど
こうやって石に名前を彫ったら、何百年も残るかな。



●街道並び松

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江戸時代の人は、松並木のことを並び松と言っていたそうです。

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この松の木が作る木陰がとても心地がいい。
松の寿命は300年。
この先も続くと良いです。

未来への子供に、原風景を残せるのは、現代を生きる私たちでしかないですね。

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●自現境川

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水の流れを見ると、心癒されます。
その場にとどまらない、清らかさ。

時は流れている
風は流れている
水は流れている

常に変化する…それを世の常とし、物事を考え向かい合っていきたいです。



●柏原一里塚

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この一里塚は素晴らしいです。
…と思ったら平成15年に復元したものだそうです。

ほんまに諸行無常。
よく目に焼き付けておこう。


祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響あり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯、春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

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宿場に入ってきたかー!



●旅籠屋

旅籠屋とは一般の旅行客が宿泊した場所。
1泊2食付きが基本だそうです。

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立派ですね。


●年寄

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武家で、政務にあずかる重臣。
室町幕府の評定衆・引付衆、江戸幕府の老中、大名の家老など。


●薬師道道標

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薬師道への案内がここにもありましたね。



●艾屋

伊吹山山麓にある柏原宿。
どっしりとした姿を拝見できる宿場。

伊吹山は胆吹山とも書きます。
古語で呼吸のことを息吹(いぶき)と言います。
絶えず風や雲を息吹き、山からおろしている伊吹山。
古代人の山岳信仰は、山からおろしてくる風を神の息吹としていました。

だからか伊吹山山麓の柏原は、薬草が多く、
伊吹山のヨモギで作ったモグサが名産。

伊吹山へ走りに行った後に、毎回薬草風呂に入って帰っていましたが、
柏原の存在で、薬草風呂と伊吹山の繋がりをようやく理解しました。

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柏原宿にあるモグサ屋は、今はあまり残っていないが、どこも亀屋の屋号。
互いに足を引っ張らないと言う近江商人の優しさや配慮を感じます。
屋号の亀屋は、鶴は千年、亀は万年。
亀の長寿と言うおめでたいイメージにあやかってかな。
何を隠そう我が健康事業のマークも、そんな理由で鶴亀を使わせていただいています。

宝永六年(1709年)のころ、市川団十郎が伊吹モグサの狂言をしてから、モグサが全国へと広がった様ですが、元祖亀屋の七兵衛さんの時代はまだ周知されてなく、
自分の足で西に北に東へと天秤棒をかついて売り歩き宣伝。
利益が出ると吉原遊郭へ行って散財。

↑遊郭の女性に、これから毎晩モグサの歌をお客の宴で歌うように頼んだと。
コマソン♬ですね。

すごい商人魂。

人間らしい。今でもドラマでありそう…

街道は、人との暮らしと共にあり、人情味に溢れ、
先人の人生を少し垣間見れ、実に面白いですね。




●柏原宿歴史館・喫茶柏

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レトロで素敵な街並み。柏原宿と書いてありますが、本陣まではあと1㎞くらいあります。

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1917年に染料の商いで財をなした松浦氏が建てたもの。
平成10年に改装し、今は資料館として残ります。
中には貴重な歴史資料が残ります。

ただし、月曜日が休みとなっていて
私が訪れたのはちょうど月曜だったので、また宿題をいただきました。

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喫茶柏。
歴史資料館の中にあります。


ここのヤイトうどんを目的に来ましたが、
前日、インターネットで調べてみたら休館日ということを知り、ガックリ。

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ヤイトうどんはこんな感じ。

とろろ昆布を艾に見立てて、紅ショウガを火に見立てて、
アツアツでふぅふぅして食べるやつ。
残念でした(笑)

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先を進んで、見つけた私の好きな言葉。
安岡正篤先生もよく本の中で語り掛けてくれた
天台宗の開祖・最澄が説いた言葉です。柏原宿までの道中に成菩提院があったのですが、最澄が薬師如来を安置して健立しました。それにちなんでの言葉ですかね。


「一燈照隅」

まず自分がいる場所を明るく照らせる人間になろう。
おのおのがそれぞれ一燈となって、一隅を照らすことをしよう。

この言葉には続きがあって「万燈照国」が続きます。
1人1人が一隅を照らすことで万となって国が輝く…。


大切にしたい言葉です。

沢山の人を輝かせるなんてことはできませんが、
せめて対面、関わる方には、このような精神で居たいです。

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なんだか懐かしい風景。
コンクリートジャングルに飽きてきたのかな…(笑)このような風景に惹かれます。

とどまらずに、
コンクリートジャングルと、
本当のジャングルの間で
揺らいでいるのが
心地いです。


●高札場

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幕府から住民や旅人に告知するおきてを置いた場所。


●柏原宿本陣

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本陣1・脇本陣1・旅籠22・家数344と、
非常に小さな宿場ですが、
冬場は雪も積もり、長距離を歩くのも大変なので、
醒井宿から5㎞地点においてくれる宿場の存在は
旅人たちにとって、きっとありがたかったですね。

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皇女・和宮親子…お泊りになられたようです。
名前は知っていたけれど、生涯は良く知りませんでした。

仁孝天皇の皇女8番目の娘として京都に生まれ、
6歳の時、11歳年上の有栖川宮熾仁親王と婚約したけれど、

幕府は、和宮を将軍徳川家茂の正室に迎え入れたいとの願書を朝廷に上奏。
孝明天皇は幕府が攘夷実行することを条件にこれを受諾。。。

16歳の和宮は御所を出て中山道経由で江戸へ。
花嫁行列は50mにおよんだそう。
御所から出た翌月に江戸へ到着…

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当時の女性にとって、恋愛結婚のような自由はなかったのですね。

和宮親子がどのような心境で江戸に向かわれたのか?
その1ヵ月を中山道でどのように過ごされたのか?
興味があります。

またこの先も和宮親子の足跡に出会えるでしょう。

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広重の絵。
艾屋・亀屋前。→先ほど紹介した艾屋。今は空き地となっている場所ですね。

亀屋では茶屋も兼業していたそうで、
艾は当時治療薬だったそうです。
人足が持つ荷物は艾なのかな。


●三丁目キッチン

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柏原駅の前にあります。
オムライスとシフォンケーキが一押しだそうで、

電車の時間までに食べれるな…とシフォンケーキをいただきました。

この日はじめて飲んだコーヒーが体中に染み渡っていったのと、
シフォンケーキのふわふわした優しさが、
今日もお疲れさまでした!と語り掛けてくれている様でした。
とにかくおいしかった。


●柏原駅

電車は1時間に2本しかありません。

私より中山道の先を歩く人生の先輩が、
あらかじめ
電車情報を教えてくれていました。
調べて行ってよかったです。
Nさん、ありがとうございます。

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駅から伊吹山がドーン!
走って行けそうです。

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今回の走る旅も、いろんなことに気付き、
1歩1歩自信がついてきています。

ありがたい。

■走る旅:東海道&中山道⑪ 番場宿~醒井宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。


江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。


鳥居本から番場宿からの続きです。

■番場宿~第61次 醒井宿(4km)

●番場宿

山を切ったり削ったりして道を作った切り通しの番場宿は山間にあるので
810mととても短かい宿場町でした。

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番場宿を後にして、醒井(醒ヶ井)へ向かいます。

醒井への道中は、とても心がワクワクしました。
司馬遼太郎さんの『街道をゆく~近江散歩~』の言葉を借りるのであれば

〝胸の中でシャボン玉が舞い上がっていくようにうれしくなる〟

そんな気分でした。
こうやってログをタイピングして振り返ってるだけでもウットリしています(笑)





●桜楓並木道

この並木道は、春は桜が咲き、
花びらがヒラヒラ舞い落ちる様子が見られるんでしょうね。


並木道は東海道や中山道のあちこちにあったようですが、
杉は1000年、松は300年の寿命。
松くい虫や排気ガスなどによってどんどん木の命も短くなっている様で、
今はほとんど残っていないそう。

確か桜は100年くらいの寿命だったと思うので、
きっと代々植え替えてくださっている人がいらっしゃるのでしょう。
ありがたいです。

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並木道は、旅の道中を快適にするよう
夏の日差しと冬の冷風を遮るため
幕府が街道への植樹を奨励して生まれたもの。

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並木道を走ると、近江の広い空から降ってくる強い太陽の光をカバーしてくれ
ここだけ温度が違うのではないか?と思うくらい涼しいです。

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もちろん人も少なく視界も悪いので、こんな看板も!
『Hマン出るぞ』
気を付けましょう!


●久礼一里塚碑

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久礼は〝くれ〟と読みます。
一里塚は旅行者の目印として一里ごとに植えられていますから、
宿場まで一里ですね。3.927㎞ほどです。
がんばりましょう。

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用水です。
水が流れていると、心が穏やかになります。
隣に流れる天野川からの水ですかね。

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関ヶ原まで高速道路では14㎞。
中山道を走っても、おおよそ同じ距離かな。

京都から滋賀へ。そしてもうすぐ滋賀から岐阜に入りますよ。


●西行水・泡子塚

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東国への旅の途中に西行法師が、
ここにあった茶店に立ち寄ってお茶を飲み、
法師が飲み残したお茶の泡を飲んだ茶店の娘が不思議なことに懐妊し男の子を出産。

帰路にこの話を聞いた西行が「もしわが子なら元の泡に返れ」と念じると、
子はたちまち消えて元の泡になったことから泡子塚を作ったそうです。



●地蔵川

白い梅のような花を咲かせる梅花藻がいっぱい。
ハリヨというお魚も生息します。

鍾乳洞から流れる水は1年じゅう15度を保たれています。
梅花藻もハリヨも冷たい清流でか生息できないそうです。

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●十王水

民家裏の山麓から沸きでる水。

醒ヶ井も山間にあるので、水がとてもきれいです。

水が綺麗なのは、山が綺麗なんでしょうね。
このあたりの山は人があまり入らなさそうですもの。

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●梅花藻

梅花藻は、キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草の水草。
水温が年間を通して14℃前後の清水に群生する多年草の水草。
5月中旬〜9月頃にかけて梅の花に似た小さな花をつけ
梅雨明け頃〜8月下旬。

これからが見ごろなんですね。

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可憐な花を咲かせて、清流でゆらゆら揺れています。

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これはハリヨではなさそうですが、お魚も生きてますね。
水が透明で澄んでいて…
ため息が出るような美しい宿場。


●ヤマキ醤油

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創業100年。醒井の清流でできたお醤油です。

ちかくに清流を見ながら食事ができるお店もあるので、
またゆっくり訪れたい場所です。

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●居醒の清水の日本武尊像

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この像の下に居醒の清水があります。

日本武尊が伊吹山にあらぶる神を退治に行って
気を失って下山し…って、
気を失ったのにどうやって下山するのだ?と突っ込みたくなりますが、

ここの水で覚醒し、気を取り戻したという話…


●加茂神社

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お祀りされている神様は、別雷神。
雷様ですね。

だからか?天雨・治水の神、農業の神として信仰されています。
ご利益は、農業の守護・雨乞い・開運・厄除け。

何だったか忘れたけれど、
〝電信とか電気とか、雷と相性がよく、影響を与える力がある〟
から、電気に乗せる言葉…伝えることを大切にすると良いよ!とアドバイスいただいたことがあります。

雷様だからか?ビビビ!ときました。
また会いに来ようと思います。



●醒井宿本陣

本陣は今は料亭だそうで…
解らずしまいで通り過ぎました。
これは、また醒井にゆっくり来なさいよ!と日本武尊や雷神様が言っている気がします。

本陣1、脇本陣1、旅籠11、家数138…と、
とても小さな宿場ですが、古い家屋が残り、水が流れ、緑豊かな原風景が残っています。
しかと目に焼き付けておきたい場。

今でも目を閉じれば、地蔵川のキラキラとした水面を思い出します。

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のちに望月義也さんの広重の木曽街道六十九次を購入し、
調べてみると…

醒井には「三水四石」と呼ばれる名勝があるそう…

・居醒の清水
・十王水
・西行水
日本武尊の…
・腰かけ石
・蟹石
・鞍掛石
・影向

次に訪れる機会をいただけるなら、名勝も見て回りたいです。

今回走った高宮からの28㎞は、
見どころがいっぱいあって一気に走るのは勿体ないです。


自分の走る目的が、距離を走り、早くゴールを目指すのであれば、
通り過ぎるのも良いですが


私の走る意味も目的もそうではない…



先達が生きた跡に触れ感謝し、気付き、感じ、受け取りたい。

そんなことを思います。

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醒井を抜けると、正面に伊吹山がドーン!
写真では伝わりませんが圧巻ですよ。
そして伊吹山の山麓まで自分の脚できたことに喜びを感じます。


この国道21号線を走れば楽だけれど、
風景だけ拝んだら、
先達が行き交った中山道へ戻る…


桝形になっている見附跡の坂を駆け上がります。
次は第60次柏原宿を目指します。

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2020年6月30日 (火)

■走る旅:東海道&中山道⑩ 鳥居本宿~番場宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。

高宮から鳥居本宿までの続きです。

鳥居本から番場宿へ向かいます。

■鳥居本宿~第62次 番場宿(5.5㎞)

●摺針峠

摺針峠は、大小2つの峠を越えます。

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望湖堂は、摺針峠の好展望地に設けた彦根藩の茶屋本陣。
ここへ上がっていくと琵琶湖が一望出来ます。
⑨の、天寧寺で長居してしまったので、先を急ぎますが、
なるべくなら外したくなかったスポットです。

高宮から柏原までは、見どころがたくさんあって、
取捨選択しないとなかなか前に進みません。


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山道に入ってきます。
梅雨の期間なので、ぬかるみもあります。
中山道を走るとき、シューズをどれにしようか考えてしまいます。

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木が日差しを遮って、体力の消耗を少しだけおさえてくれました。

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獣道のような…。
蜘蛛の巣もいっぱい。
道があっているか不安になります。

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山道になったり、ロードに出たり…

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高宮~柏原までのルートでは、
鳥居本から番場宿までの摺針峠が一番きつかったかな。


●摺針一里塚跡

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今は跡地の碑が立っていますが
昭和中期までは塚が残っていたそうです。
歴史的な地形や作りも、諸行無常ですね。


●摺針峠

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摺針という名は、弘法大師説によれば、
老婆が斧を摺って針にしていたことからつけられたようです。


●泰平水

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高速道路と隣り合わせで走ります。
当然ですが、自販機もお店も人の気配も…何もありません。


泰平水は、旅人の喉を潤していたんでしょうか。


●番場宿

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西番場。
番場宿の宿場町に入ってきました。
このあたりから、青龍滝と鎌刃城跡へ2㎞で行けますが、

山麓ふもとの扉が閉まっていました。


●番場宿資料館

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番場宿ぶらり旅というパンフレットをいただきました。
募金箱にお金を入れて一部いただきます。


●蓮華寺

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第14代執権・北条高時が事実上の実権を握る鎌倉幕府に対し、
楠木正成らとともに倒幕ののろしを挙げた第96代後醍醐天皇の軍に攻撃され
六波羅探題北方と北条仲時、一行432名が自殺した場。

中に入れば、432人のお墓に手を合わせられます。

…今回はすでに527体の五百羅漢に会っていて
ここで432人と会えば1000人か。。。とは言い訳で
悲しくて中に入れませんでした。

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山門前の血の川。
ここに血が川の様に流れたそうです。
山門前で手を合わせさせていただきました。


●第62次 番場宿本陣・問屋

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米原の港を経て琵琶湖の水運に通じる宿として山間に位置した宿場。
山間とあって寒いため、宿場町はどの宿場よりも短く小規模。
810mです。

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東番場の石碑。
1歩1歩東に向かっています。

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江戸時代の番場宿。

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今昔…。
交通網の発達や貿易によって、
時代とともに栄える地は変わっていきますね。

ここから醒井宿を目指します。

2020年6月29日 (月)

■走る旅:東海道&中山道 その⑨JR南彦根~高宮~鳥居本宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、

西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。
まずは、前回踏んだ高宮から鳥居本宿へ向かいます。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■JR南彦根駅(2.5㎞)~中山道 座・楽庵~天寧寺・五百羅漢~第63次 鳥居本宿(12㎞)

●JR南彦根~中山道 座・楽庵

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駅から座・楽庵までは2.5㎞程度。
楽庵からスタートします。


●ベンガラ格子

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ベンガラ格子は西の民家に多く、西側の中山道でよく見られます。
古き良き日本の風景です。


●古い道標

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●ルートを外れ彦根駅方面へ…天寧寺(てんねいじ)・五百羅漢

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中山道を外れて彦根方面へ、片道2.5㎞。

数日前にたまたま観た、
司馬遼太郎原作・映画『関ヶ原』の冒頭に使われた場所へ行きたくて
天寧寺へ行ってまいりました。

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映画・関ヶ原は、三献の茶のシーンから始まります。。。
以下

長浜城主であった豊臣秀吉は領内で鷹狩をしていて、喉が渇き、とあるお寺に立ち寄って茶が欲しいと言った。その時対応したのが幼名:佐吉。のちの石田三成である。

佐吉は、最初に大ぶりの茶碗にぬくめの茶をいっぱい煎れて差し出した。
秀吉は全部飲み干した後に〝もう一杯〟と頼んだ。

次に佐吉が差し出したのは少し小さめの茶碗に一杯目より熱めの茶を半分くらいの量で煎れ差し出した。

秀吉が試しに〝もう一杯〟と頼んだところ、3杯目は小ぶりの茶碗に舌が焼けるくらい熱い茶を差し出した。

この様に、『相手の様子を見ただけで、その人が求めるものを差し出す佐吉の機知』を秀吉は気に入り召し抱えることになった。

この2人の出会いが無ければ、関ヶ原の戦いはどうなっていたんでしょうね。
また違った歴史が生まれていたのかもしれない…なんて想像。

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お寺の方のお話によると、


〝五百人いれば色んな羅漢さんがいる。過去のあなたも、今のあなたも、人は誰にも言えないことや、こんな事してしまった…と言うことがあるかも知れない。
そんなあなたに羅漢さんが何か語りかけてくれるかも知れない。
ここは過去と今が出会って交差していく場。
過去の自分も、この世にいない人も、
自分の求める人に必ず会える場所。…〟



出会いの場ということもあり、
映画も現代と戦国時代が交差するシーンから始まっていました。


この寺は、井伊家ゆかりの寺で、
本当に秀吉と佐吉が出会った場ではないのですが、

監督がどうしてもここ秀吉と佐吉の出会いのシーンに使いたいと申し出られて通われたそうです。

この話を聞き『関ヶ原』をもう一度観たくなりました。


偶然観た映画・関ヶ原…
偶然これから通る中山道の近くにあった天寧寺。

関ヶ原の戦いの1600年も2020年も干支は庚子と同じ。
何か感じよと、五百羅漢達にここへ導かれた様な気がします。


ちなみに、三成と秀吉が出会った寺説は2つ。
長浜木之本町古橋・法華三珠院と、米原市朝日・大原観音寺。
この2つも機会があれば行ってみたいです。


(youtubeは2017年の映画)

お庭に井伊直弼供養塔があります。

お寺にまつわる井伊家の悲しいお話もあるのですが、
もともとはお母さまの供養に…ともうけられたとか。

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法堂と羅漢堂の間の庭からは、
彦根城と城下町が一望でき、

近江に住む人にとって、主要な場所だといえるでしょう。

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うっとりするくらい
素晴らしい眺望。
いつまでもここに居たくなってしまいます。

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羅漢堂裏にある布袋さま。

おへそに触ればへそくりができ、
扇に触れば福来り…
袋に触れば病気を封じる福徳円満の神様。

今回は五百羅漢にあやかったので、布袋さまにはご挨拶をして次を急ぎました。


●芭蕉昼寝塚・原八幡神社

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芭蕉が昼寝をしたんでしょうか。
私も昼寝をしたいくらい良い天気。


●小町塚、小町茶屋

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小野町です。

小野小町はここの出身とか、どうとか。。。
色んな説がありますね。

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お堂の中に石仏が集まってます。

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小町茶屋は明治までお茶屋さんがあったようです。
高宮から、ぐんとコンビニも減りましたし、
自販機もほとんどありませんから、
現在もお茶屋さんがあるとうれしいですけど、人はほとんど通らないでしょうね。

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はぁー!清々しい空。良い天気。


●合羽屋

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琵琶湖の南端にある鳥居本は天気が急変するといわれ、
合羽屋さんが多かった地でもあります。
伊吹山山麓近くだからでしょうか。

わたしも、いつ雨に降られても良いように、
レインウェアの上下を持参しました。
今日は、曇り予報だったのに
必要なさそうなくらい晴れましたので合羽の出番なさそうです。

合羽屋さんの看板。傘に見える(笑)

ゲゲゲの鬼太郎にこんな傘のお化けいたな。
なんだかかわいいな。


●さんあか(トイレあり)

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ほとんど誰とも会わない道のり。
今回、初めて会話したのが、さんあかの方。
『中山道を走っている』というと、ビックリされていました。

さんあかの由来は、
鳥居本名物の赤いもの。
「あかだま」「しぶがき」「すいか」なんだそうですよ。

この先、コンビニがほとんどないので、トイレを済ませておくと良いです。
助かりました。


●鳥居本脇本陣・第63次鳥居本宿

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本陣は1つ。→写真が撮れてませんでした。
脇本陣は2つ。
旅籠は35、家数は293。

昔はにぎわっていた町なんでしょうね。

駅周りは家が少し密集しますが、
交通(電車や車、バス)の発達によって、
昔は中山道沿いにあった屋敷もお店も、今はほとんどなくなりました。

人の都合のいい様に、栄える場所も変わっていきます。
当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが、
なんだか寂しいですね。


●鳥居本駅

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真っ赤な屋根がレトロでかわいいですね。


●赤玉信教丸本店

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お腹が痛いときに飲む薬。
赤玉…

田舎の実家の薬箱にも赤玉が必ず常備してありました。
懐かしいな。


●またおいでやす彦根市碑

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またおいでやす…
旅人が3人、行き交っていますね。



●旧中山道…で摺針峠へ…

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水に浸かっている場所もあり、
梅雨時期の旧中山道は足元が悪いです。
しかし、先を急ぎます。

峠。
山道を行きます…

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…獣道みたい(笑)
蜘蛛の巣もいっぱい。

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気分はしのびの者。
石田三成に仕えた初芽で走っていますよ。

番場宿へ向かってもう少し。
がんばります。

2020年6月24日 (水)

■走る旅:東海道&中山道 その⑧愛知川宿~高宮宿~JR南彦根駅

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、

西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。

今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅。

守山駅→守山宿~からスタートし、
愛知川宿までやってきました。


ここから高宮宿めざして出発です。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■愛知川宿~高宮宿(8㎞)~JR南彦根駅(2.5㎞)

武佐宿~愛知川宿からの続きです。



いよいよ近江商人発祥の宿場町。
伊藤忠兵衛さんの在宅がある地です。


※伊藤忠兵衛は15歳で繊維卸業で身を起こし、のちに大阪で呉服屋の丸紅と神戸に貿易を行う伊藤忠商事を設立。
日本を代表する商社を作った方です。



近江商人とは、近江国(滋賀県)に本宅(本店・本家)を置き、
他国へ行商して歩いた商人の総称で、
近江商人の経営哲学にもなっている「三方よし」はとても有名。
~商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる…という考え方~


江戸時代、橋を渡るにはお金が必要でしたが、
近江商人が資金を出し無賃橋をかけ、
沢山の商人や旅人が利用しました。

商売人が渡る人のことを思い「人の流れを作った」ことに、
とても共感したルートです。



●愛知川宿からスタート

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さぁスタートです!

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飛び出し坊やは中日ドラゴンズ風。

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●千住寺前

この辺りは江州音頭発祥の地とか。
江州音頭とは、江戸末期に関東で流行した踊りで、
近江商人によって全国に伝えられ、

大阪で河内音頭が誕生したそう。

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江州音頭は千樹寺の法要で踊られたそうで
昔はお経に音程をつけて踊ったのが江州音頭の始まりです。
千樹寺の法要から、ほかに絵日傘踊りと扇踊りが誕生したようです。

絵日傘踊りといえば、幼少期に日本舞踊をやっていて絵日傘をクルクル回して
ワッショイしながら踊った記憶があります。
踊りは母に教えてもらいました。

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飛び出しガールは、アニメ「けいおん!」バージョン。

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●玉屋

高野瀬東交差点の少し先にも、けいおん!飛び出しガール。


玉屋という中華そば屋さん。
お出汁の匂いがたまらなくて、ここで走るのを終わりたくなりました。



出汁の匂いに夢中になっていて…
玉屋の前が伊藤忠兵衛記念館だったのに、
見落としてしまいました(笑)

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●八幡神社前の石畑一里塚

昔はここに一里塚があったようです。

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石畑一里塚は、愛知川宿と高宮宿の間の宿でした。
茶屋が置かれていたとか。

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●豊郷小学校

アニメけいおん!のモデルになった校舎。
けいおん!好きにとっては聖地です。→私は見たことありませんが…

昭和12年に建てられたとか。
伊藤忠兵衛商店の専務が私財をなげうちつくったそう。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計。

※ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、歴史的建築物をたくさん設計しましたが
関西では関西学院大学も。

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●葛籠松並木道

出町からは葛籠松並木道。

葛籠は、『つづら』と読みます。

ケヤキと松の並木道が日影になって気持ちいい。
東海道や中山道など、街道にはところどころ並木道があります。
旅人の道中を快適にするよう日差しや冷風を遮るために
各地につくられたよう。

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●おいでやす彦根市碑

麻の原料を背負った女性。
すげがさの旅人。
近江商人。
並んでますね。

高宮宿あたりは、高宮布の機織りが栄えて、
とてもたくさんの人が宿場を利用したそうです。

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●むちんばし

犬上川にかかる、むちんばし。



〝むちんばし はし 銭いらず〟


無料で渡れます。
近江商人が布の売買で財をなし、かけた橋。

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犬上川の無賃橋を渡れば高宮宿。

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宿場は目の前、歩き疲れた旅人や大名が、
お金を払わずにさっさと宿に向かえることを考えると、
むちん橋は社会貢献ですね。

近江商人の作った橋は、三方よし!

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●むちん地蔵

橋を渡ったところに、むちん地蔵。

昭和後期になって架橋時に埋めた地蔵が発掘されたとか。

新しい祠で、橋を見守ってくれています。

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古き良き街並み。

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●第64次・高宮宿

到着。

周りには脇陣もあり、立派です。

高宮宿の宿内家数は835軒、うち本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠23軒で
宿内人口は3,560人。
多賀神社の宿場としてもにぎわったそう。

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●多賀大社一の鳥居

高さ11mと大きい。

〝伊勢へ七度、熊野に三度、お多賀さんには月参り…〟


多くの人が高宮宿に訪れていたんでしょうね。

多賀大社へも足を運びたいけれど、

お多賀さんまではこの奥の参道を片道約4㎞。
往復したら8㎞…。

この時点で38㎞走っていますから、無理ですね。


多賀大社は、伊邪那岐命(イザナギ)伊邪那美命(イザナミ)がいらっしゃいます。
またお参りに来ようと思います。

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●座・楽庵

喫茶&ギャラリー。大学生さんが運営しているそうです。

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●高宮神社

南彦根駅に向かうときの最後の神社。

高宮神社で旅のお礼を…。
木花之佐久夜毘賣命(このはなのさくやびめ)がいらっしゃいました。

この旅をありがとうございました。
またいろんなことガンバって、ゆとりができたら走らせていただこう。
感謝。

2020年6月23日 (火)

■走る旅:東海道&中山道 その⑦武佐宿~愛知川宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540 km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、

西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。

今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅。

守山駅→守山宿~からスタートし、
20㎞先にある武佐宿までやってきました。

ここから愛知川めざして出発です。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■武佐宿~愛知川宿(9㎞)

竜王・義経元服池から武佐宿までの続きです。

●武佐宿

武佐宿は、健脚な旅人の1泊目の宿として利用されたそうです。

昔は、京都から武佐宿まで、おおよそ46㎞くらい。

1泊目が46㎞先って…
昔の人はよく自分の脚を使ったんですね。

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武佐宿の宿場町に入ります。

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●旧八幡警察署


レトロで浪漫漂います。
明治19年に建築されたそうです。

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●武佐宿本陣

大きくてカメラにおさめきれないので門だけ撮って

写真を撮るのをあきらめた武佐宿本陣跡。
今は武佐町会館となっています。

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●牟佐神社(むさじんじゃ)


これも「むさ」と読みます。
武佐宿あたりは、寺院が多いです。

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●延命地蔵

民家の敷地内?に、延命地蔵。

ご自由にお入りください…とありましたが、入り口が蜘蛛の巣でいっぱいで、

蜘蛛の家を壊すのはもうしわけないので、
外からおまいりさせていただきました。

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安土町のマンホールは、永楽通宝銭柄です。
信長が用いた刀のツバにも永楽通宝銭がデザインされているとか。

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さすが!安土町の飛び出し坊やはお侍さんです。

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●奥石神社

とても大きいです。
参道が長い。
隣の老蘇の森は、ほととぎすの名所。

老蘇の森と名のついた鎮守の森は100年たっても壮年期の樹木のようで
森が生きていました。
もう一度訪れたいです。

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東海道新幹線の高架の下をくぐるかくぐらないか3回くらい迷っていったり来たり。
くぐりました。

くぐると西国33か所巡り・第三十二番の観音正寺の道標があります。
思わずそちらへ直進してしまいそうですが、
東海道本線沿いに進みます。

新幹線と並走できます。

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●古い道標

観音寺山のほうへ折れて、山筋を走ったり、大通りに出たり。

街に出るまでの山筋に清水鼻の名水の井戸みたいなのがありましたが、
蓋が閉まっていて、使われてなさそうな感じでした。
使われていたらごめんなさい。

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●近江の千両天秤

ガソリンスタンドのこの像のあたりで、中山道旧道に入ります。


近江の千両天秤という言葉は、
天秤棒一本で千両を稼ぎだす商魂のことで、
近江の中山道から、日本を代表する老舗企業が続々輩出されたそうで…。
今は静かな中山道ですが、目を閉じると昔の賑やかさが見えそう。

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●石塚一里塚跡

江戸から123里(483㎞)です。
東海道と中山道の距離が違うので、距離詐欺に合いそうです(笑)

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●片山半兵衛さんの家

茶屋本陣を務め、玄関先に馬をつなぐ輪が残っています。

かやぶき屋根のお家は風情がありますね。

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この先、かやぶき屋根の民家が続きますが、
今も人が住んでいそうな感じでした。

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●郵便局の跡地…だったかな。

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●大郡神社


東郷平八郎さんが書いたようです。
確か、京都三条大橋の土下座像の台座も東郷平八郎さんが書いてましたね。

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すごく参道が長いです。

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●市田邸

丸棒の屋号を持ち、呉服を商う近江商人。

明治天皇小休止所。

明治11年明治天皇が北陸東海巡幸の際、10月12日高宮円照寺を発し、
愛知川・竹平で休まれた後、
市田太郎兵衛邸で小休し、武佐に向かわれたとか。

帰りも同邸で休まれたそう。

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明治の建物とは思えないくらい、おしゃれで洋風。

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さて、愛知川を渡ります。
にらみ灯篭と呼ばれ、愛知川対岸にある灯篭と対で、
にらみ合っていたように見えたのでにらみ灯籠と呼ばれています。

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●にらみ灯篭

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●愛知川

増水すると人の命を奪うので人取川と言われました。
渇水期は徒歩渡りできるそうなんですが、御幸橋を渡るのが無難です。

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●御幸橋

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愛知川を渡ると、愛知川の宿場町です。

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街灯が近江商人の列。

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●明治天皇の碑

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●竹平

市田太郎兵衛邸で小休される前に休んだ竹平ですね。

料亭です…
入りたいな。

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愛知川のマンホールはびんてまりです。

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瓶の中にてまりが入っているかわいい置物。
縁起物でお値段も高いです。

どこも営業時間外なのか、お休みなのか、見れませんでした。
愛知川の駅まで行くと見れるようです。


ここで雨がぱらついてきたので、ザックにカバーをかけ一服。

お天気も一期一会ですね。
東と西の近江では、空の顔色もコロコロ変わって面白い。

人の心もそうですが、
空もいつもお天気がいいわけではありません。
私が天気に合わせていくように、
自分以外の誰かに合わせるのも、お天気に対応するよう、天気の様に自然に合わせられるといいですね。雨が降るから傘を持つ。かんかん照りになるから帽子をかぶる感じで。


「合わせてあげている」とか「人に合わすの嫌い」などの慢心じゃなくて…。
人は人の間で生きてますから、時には苦手な人もいるし、自分以外の誰かに合わせる時もあります。

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●第65次の愛知川宿

とうちゃーく。

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広重画は愛知川を渡っていますね。絵にはむちんばし橋銭いらず…の道標。
昔は橋を渡るのにお金が必要だったそうですよ。

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隣にある黒ポストは、明治4年のものと古く、ポストとして機能しています。

近江商人の町。
なかなかおもしろかったです。

■走る旅:東海道&中山道 その⑥義経元服池~武佐宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540 km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので、順番通りにはいきませんが、
西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。

今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅。

守山駅→守山宿~からスタートし、
10㎞先にある竜王町の義経元服池までやってきました。

ここから武佐宿めざして出発です。
今回40㎞の旅の中で、一番ワクワクした区間でしたよ。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■義経元服池~武佐宿(10㎞)

●竜王町道の駅・かがみの里前にある義経元服池

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牛若丸は鞍馬山から陸奥国平泉へ向かう東下りの鏡の宿という場で
元服池の水を汲んできて、前髪を落として義経と名乗ったそう。

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●鏡神社

元服池から東へ進んでいくと、鏡神社があります。

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義経が参拝する際に烏帽子をかけた松。

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祓戸ノ神。
穢れ(気が枯れる。怒・苦・憂・悲・怖→病気を引き起こす感情)を祓う神として、
神社境内の入口付近に祀られることが多い。いろんな神社にあります。
本殿へ行く前に、祓戸でお清め。

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奥にある、新羅国王子天日槍(あめのひほこ)をまつる本殿は、室町時代に建てられました。

【鏡神社の御祭神】
●天日槍尊(あめのひぼこのみこと)  
わが国に渡来文化や技術を育み広めた祖神(おやがみ)

●天津彦根命(あまつひこねのみこと)  
国造りの大神にて産業開発や農耕商業繁栄の祖神(おやがみ)

●天目一箇神(あめのまひとつのかみ)  
天津彦根命の御子にて金属加工や鍛冶など匠の神
の三柱が本殿に祭られている。(古事記、日本書紀に記される神々にて主祭神の納める日鏡から地名を「鏡」とした)

【鏡神社の御利益】
三柱の神々は、町おこし、国つくりなど行政文化の発展、諸産業の技術向上、農耕商工業繁盛など、諸々の生業(なりわい)繁栄にご利益があるとされる。
また、平安時代の武将 源義経が当地で元服して源氏の再興と武運長久を祈願したことから武術学業の向上、開運成就、家系繁栄にも御利益がある。

なるほど!こんなに豪華な神様がいらっしゃれば、近江は商いが盛んだったことに納得です。

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明神系の反った鳥居。中国系の鳥居です。
鏡神社でお参りをしたら、『勇気』をいただいたような感覚。

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●鏡の宿本陣

鏡神社からすぐ先に鏡の宿・本陣跡があります。


色んなガイドブックで見ると、お隣の家が映り込んでいるので
まだ建物があるのかな…と思っていたら空き地でした。

守山宿から武佐宿までは14㎞と長いので、途中で鏡の宿がもうけられました。
ここで参勤交代のお侍さんや旅人が疲れを癒していたのですね。
途中でもうけられた陣なのに、
たくさんあって結構立派だったんだなぁ…と想像できます。

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●源義経が宿泊した館跡

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●旅籠

旅籠とは、旅人を宿泊させ、食事を提供することを業とする日本の家のこと。
昔は、交通手段が自分の脚や動物の脚だったんで、
旅籠のような宿泊所はとても必要な場所だったんだろうな。

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こちらも旅籠跡。

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●古い道標

古い道標とけっこう出会います。

上を見てると見落としてしまいそう。

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下を向いて歩こう(笑)
これも見落としそう…

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西横関から日野川にかけては滋賀ならではの風景。田園が広がります。

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ほっこりするなぁ。

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いのしし防止のゲートを開けて入ります。

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ちょっと怖い。道あるのか?合っているのか?

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国道8号線沿いに出ましたが、国道にはいきません。
中山道は、迂回します。

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日野川を横に…。

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ほんま道が正解なのか不安になります

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●横関渡し場跡 内・武佐

正解でした!

横関渡し場跡が残っています。
旅人よ!ベンチに座って、一服していたのかー。

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絵師安藤広重(のち歌川広重)はあえて、東横関村を武佐としたようです。


絵の通り、平常旅人はこの川を船で渡り水量が減ると川に杭を打って止めた
ふたつの船の上を橋にして渡っていたようです。

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東横関から近江八幡までも、滋賀ならではの風景。
故郷福井に似ています。

金色に輝く麦畑が一面に広がります。

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綺麗!

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田植えが終わって、これから育つ稲。
どこまでも広い!滋賀!!

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でかい楠木発見。
一里塚なんだろうか…と思ったけれど、違いました。

※一里塚(いちりづか)とは:
旅行者の目印として大きな道路(街道)の側に1里(約3.927キロメートル)毎に設置した塚(土盛り)のこと。

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●伊庭家の楠木

近くに寄って案内板を見たら、伊庭家の楠木とか。


伊庭貞剛(いばていごう)の生家。
別子銅山の環境問題に取り組み、住友中興の祖と言われた人。
周りは、いばeco広場。

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●近江鉄道・武佐駅

ロマンあふれる駅舎です。

宿場町の雰囲気にぴったりです。

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●愛宕灯篭と高札場

愛宕灯篭の横は、高札場だそうです。

宿場町なので、いろんなおきてが書かれていたんですね。

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●古い道標

伊勢や八日市にもつながっているようです。
「熊野に三度、伊勢に七度、愛宕さんには月参り」の
参道なんでしょうね。

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●旅籠屋(はたごや)

旅人が宿泊した旅館。
町内にたった1つだけ残っているんですって。

ちなみに、武佐宿あたりは、武佐小学校卒業生がいたるところに手作りの案内板を出してくれているので、街を走行していても楽しいです。

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●武佐宿道標

東京まで、あと460㎞。→たぶんもっと距離あるだろうけれど…

第66次武佐宿です。

(写真は第67番となっているのは何だろう…東海道五拾三次と中山道六拾七次の違いかな。)

近くに本陣もありますが、カメラにおさめきれないくらい横長で、
あきらめました。

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武佐宿は、象が通った道。
8代将軍徳川吉宗に献上する象を、長崎から江戸へ運ぶ途中、
武佐宿で1泊したそう。

象も献上されるのに、この長い道のりを大変だっただろうな。
で、吉宗は象を飼っていたんだろうか…

享保13年(1728)6月7日、広南(いまのベトナム)から、中国の貿易商鄭大成が長崎に、牡牝(オスメス)2頭の象をつれてきた。
牡は7才、牝は5才であったが、牝は上陸3ヶ月後の9月11日に死亡した。
牡は長崎の十善寺にて飼育され、翌年の5月に江戸将軍家に献上されることになった。

『通航一覧』より


この旅をスタートさせたときは、あんまり興味のなかったことにも、
少しずつ気付くようになって、
なぜだろう?なんなんだろう?と疑問がわくようになりました。


最初は一里塚前を通っても気にもとまらなかったけれど、
ある時「一里塚って何だろう?」と疑問がわき、
意味を知ったら、一里塚を気にしながら走行するようになった。


最初は前に進むことばかり考えて、未来ばかり見ていたけれど
未知の場所だから、今に集中しないと前に進めないことも分かった。
未来ばかり見ているときって、今に集中していない時なのかもしれません。
あくまで個人的な思考です。


〝私たちが生きる場所は、過去にも未来にもありません。
いつだって「今ここ」にしかないのです。〟


中山道を走行するのは、禅なんだなぁ…と感じます。
気付きを感謝です。

2020年6月22日 (月)

■走る旅:東海道&中山道 その⑤守山駅~守山宿~竜王町・義経元服池

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を二週間程度で歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、

西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。


「京発ち守山泊まり」と言われ、京都からおおよそ31㎞の守山宿は、
女性の1泊目の宿として利用されたそうです。
今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅、出発です。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■守山駅(約2㎞)~守山宿~竜王町・義経元服池(約10㎞)

南草津~守山宿までの続きです。

JR守山駅から2㎞ほどで中山道に合流します。

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ほたる橋を渡ると、すぐ中山道。

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前回は益須寺(やすでら)跡まで行きましたので、
吉身西交差点から中山道に入ります。


●吉身西交差点からスタート

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東近江が飛び出し坊やのルーツらしく、
いたるところに色んな飛び出し坊やが
飛び出そうとしています。

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このあたりの中山道は狭く、結構車も飛ばしてくるので、
注意して走行しなければなりません。

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慈眼寺前。

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●中山道・高札場所

高札場所とは、おきてを板に書いてかかげたやぐらのことだそうです。


家は直線に並列せずに一戸毎に段違いの稲妻型の道路。
これはこのあたりの治安を守る工夫だったとか。

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●益須寺(やすでら)

前回はここまで来ました。

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●野洲川橋

野洲川を渡ります。

野洲川を渡ると寒さが増すそうです。
野洲川の東では雪でも、西では雨になる…。

これは、伊吹山の存在があるからなんでしょうかね。

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野洲川橋から東海道本線と三上山。
ここから三上山(近江富士)に行ってしまいそうになります(笑)

野洲川は、琵琶湖へと続きます。
三上山麓を過ぎると天井川となり、
八つの洲に分かれるので八洲川とも呼ばれたそうです。

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●十輪院と常夜灯

朝だから明るいですが、このあたりは夜になると真っ暗なんでしょうね。
昔は、灯篭のあかりが頼りですね。


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●十輪院前の石仏群


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●玉の春・宇野勝酒造


うーん。飲みたい!

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●蓮照寺

お寺の前に貼ってある言葉は、
夏至であった昨日、自分が書いたBLOG記事にリンクしていて、

おもわず頷いてしまった。

〝慢心によって鬼になり、信心によって人となる〟
夏は慢心になりやすいので、気を付けよう。

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●唯心寺

藁ぶき屋根の唯心寺。

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唯心寺②藁ぶき。
おもむきがあります。

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●背比べ地蔵

小さいほうの地蔵と子供の背を比べて我が子の発育を祈ったとか。

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●行畑

左、朝鮮人街道。

右、中山道。

中山道と朝鮮人街道の分岐は人が行きかう地点という意味で
行合(ゆきあい)、中畑(なかばたけ)を合体させて
行畑(ゆきはた)という地名。

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朝鮮人街道のほうへ行くと、JR野洲駅ですが、
武佐宿めざしで走ります。

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飛び出し坊やの絵のタッチが変わりましたね。

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道が細いので、車に注意です。

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●さくらばさまこども幼稚園

桜生(さくらばさま)地区。幼稚園前なので、飛び出し坊やもたくさん。

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さくらばさまこども…
ばあさまとこどもの幼稚園みたい。

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●桜生史跡公園

甲山古墳と円山古墳、天王山古墳があります。

中山道はその横を通ります。

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●篠原神社

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●家棟川と隧道(ずいどう)だった場所

かつての様子が手前の写真。

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さらに進んで…
常夜灯。
このあたりも家棟川だったみたいです。

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●西池篠原堤

かなり古い池だそう。
反対側を走行しているので見えない。
ガイドマップによると、この斜面から落ちる人が多いとか。

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間違って国道を走行してしまいそうですが、中山道へ。

この区間は、案内があるところと無いところがあって、
難易度が高いです。

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●平宗盛の再終焉地

東池を過ぎたら、中山道をそれて山のほうへ…

ひっそりと源義経に討伐された平宗盛の再終焉地があります。

平宗盛は、源平合戦敗軍の将として鎌倉で源の頼朝に会った後
もうあと少しで京都…というこの地で処刑されました。

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お写真とってもいいですか?と聞いたら、いいよ!って。
手を合わせました。

首は京都へ…
胴はここにまつられているそうです。

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平清盛と子供の清宗を処刑した時の首を洗った池。

この塚の隣にあった池かな。
カエルも鳴かなくなってしまったという言い伝えが。

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●道の駅かかみの里市場

平宗盛の再終焉地を過ぎると、道の駅かがみの里市場です。

地元の野菜や手作りパンが売られています。
レストランもありましたが、時間が早すぎて営業していませんでした。
ここはお食事処&トイレスポットです。
ありがたいです。

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●源義経元服池

道の駅かがみの里市場を先に進んで陸橋を市場と逆側に渡ったら、

かがみの里市場のほうへ戻ります。
源義経元服池があります。

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牛若丸は鞍馬山から陸奥国平泉へ向かう

東下りの鏡の宿という場で
この池の水を汲んできて、前髪を落として義経と名乗ったそう。

竜王あたりは、源義経にまつわる史跡がこの先もたくさんです。

40㎞の旅、まだまだ10㎞地点です。
ゆっくりゆっくりログしていきたいと思います。


一歩一歩前に進む…
自分の体を使って、感覚が生まれる。
目・耳・鼻・口・肌にこれまで以上に意識を向ける。

時間帯によって
空の色も天気も
街の光も木々の緑や流れる川の色も違って見える。

目を開いて視覚をフルに使う。

この瞬間、世界は輝いてるよー…ほんまありがたい。

感覚を使って、いろんなことを感じると、
自分はすでに、これまでとは違う新しい人生を生きている。。。人は常に新しくなっている。
そんなメッセージを受けました。
諸行無常です。

よき旅です。感謝。

2020年6月19日 (金)

■【走る旅】東海道&中山道 その④:南草津~守山宿~守山駅

■走る旅:京都三条大橋~髭茶屋追分~大津宿~膳所~草津宿~守山宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は江戸から京都までの135里34町余(約540km)を11泊12日で歩いていたそうです。


出張や用事に合わせるので、順番通りにはいきませんが、
西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。


京都三条大橋から旧東海道を走って、いよいよ中山道に入ります。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■南草津~守山宿(9.1㎞)~守山駅(2㎞)

瀬田唐橋を渡り…南草津までの続きです。

●矢倉橋

矢倉橋で新草津川(もう一本奥に旧草津川があります)を渡ります。

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南草津駅あたりを超え、草津駅までは、商店街や街並みがいい感じです。

古着屋さんにかわいい着物があって、その横におばあちゃんが座っていて、
ほっこりな感じに引き寄せられ店に入りたかった。

草津駅近くにある太田酒造は、京都の山のお師匠さんのおススメ酒屋。
ここで一杯飲めなかったのが心残りです。
太田酒造は、江戸城を築城した、太田道灌に繋がるそうで「道灌」という酒も造っていたそうです。

(この日のマイルールは、店に入らないと決めていたんで、
全国的に県の往来解除になったら、また来ようと思います)

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●古い道標

右東海道…という石造り道標。

天明7年(1787年)と記されていて、道標の中では一番古いものだそうです。

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●草津宿・本陣

草津宿は、中山道と東海道が合流する大規模な宿場町で、
最盛期には100軒を超える旅籠があったようです。

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草津宿。
このあたりで、参勤交代の大名や一般行者の旅人や牛が休んでいたのかな。

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籠の中の人。
天井からさがる紐をしっかり握りしめ、揺れに耐えてますね。
茶屋の中にはくつろぐ人。

人が行き交う街だったんですね。

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これは、行きかう人のイメージ?

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●草津宿が東海道と中山道の分かれ道

右東海道みち
左中山道

右に行ったら太平洋側で、五十三次です。
左に行ったら、山の中です。

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中山道の中間点に用事があるので、分岐から中山道に入ります。

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●高札場
レプリカだそうで、何が書いてあるのかよくわかりません。
治安を守るための細かいルールが書かれてあるそうですが。

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すんごく小さなトンネルをくぐる中山道。
ルートがあっているのか不安になります。

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●疫病の神様・牛頭天王信仰の大宝神社

大宝公園のなかに、松尾芭蕉の歌碑があります。

「へそむらのまだ麦青し春のくれ」

ずっと旅をしてきたが、ここ綣村(へそむら)の麦はまだ青い。
種まきが遅れたのか、春も暮れようとしているのに。

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北陸を旅してきた後に詠んだ句とか。

私の記憶では、春が暮れようとする頃の北陸は、もう麦が金色に輝いていたと思う。
五月くらいにこの地の麦畑が見たいです。

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栗東駅周辺は綣(へそ)という地名というのも、面白い。
変わった地名。

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●今里一里塚

一里塚(いちりづか)は、旅行者の目印として大きな道路(街道)の側に1里(約3.927キロメートル)毎に設置した塚(土盛り)のこと。


128里…
東京日本橋まではあと502.691㎞。

ゆっくり行きましょう。

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●守山宿本陣

いよいよ今回のゴール守山宿。

京都三条大橋からは32㎞程度です。

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旅籠が30軒、
本陣2件、
脇本陣1件と、にぎやかな宿場町だったようで、

今も、インスタ映えなスイーツが食べれるカフェやおしゃれなお店が並びます。
今回映えなお店に入れなかったのが心残り。

飛び出し坊やのトビタ君発祥の地だそうでグッズがいっぱい販売されています。

次の機会だな!お店によろう。

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守山宿から駅までは2㎞程度で、
ゲンジボタルの生息地を通ってJR守山駅に着けます。
(約33㎞・いろいろ回ったんで36㎞)


このゲンジボタルは水戸津川蛍と言われ天然記念物で、
明治35年からは天皇陛下に献上されているとか。
夜に来ると、ロマンティックなんでしょうね。

宿場町、残していきたいです。


自分の脚でいろんな土地を踏ませていただくと、
日本は素晴らしいところがいっぱいだと

あらためて国土の良さを実感できます。

すごくよい時間を過ごさせていただきました。
感謝。

●守山から竜王へと続く→☆☆☆

京都三条大橋~髭茶追分
髭茶追分~膳所
膳所~南草津
●南草津~守山

※更新準備中

■【走る旅】東海道&中山道 その③:膳所~南草津

■走る旅:京都三条大橋~髭茶屋追分~大津宿~膳所~草津宿~守山宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&
中山道69次。

江戸時代の人は江戸から京都までの135里34町余(約540km)を歩いていたそうです。



出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。


京都三条大橋から旧東海道を走って、いよいよ中山道手前まで。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■膳所~南草津(9.1㎞)

●瀬田の大橋

いよいよ瀬田川を渡ります。

ビワイチの終起点でもある瀬田唐橋です。

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全長223.7mです。

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ネギ帽子みたいな形の擬宝珠を備えたデザインが「唐風」だから唐橋といわれるという説。

瀬田の橋を征する者は天下を征するといわれ、
何度も戦火に巻き込まれたんだそうです。


昔、藤原秀郷(ふじわらひでさと・佐藤太)が橋を渡ろうとしたときに、
瀬田川の龍が三上山の大ムカデに困っているから退治してほしいと頼まれたそう。


個人的な感覚ですが、何度も戦火に巻き込まれてもずっと残り続けている唐橋は、
瀬田川の龍が守ってくれているのかもしれません。

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琵琶湖の向こうに見えるは比良山系。
ああ、山に行きたい(笑)

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●建部神社

瀬田唐橋を渡るとすぐに建部神社(たけべじんじゃ)

ここは日本武尊を建部大神として祀っています。
ルートからは少しそれますが、割と近いので、強いパワーを感じに行くのもよいですよね。

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●ねこ

旧東海道に戻ると、ねこ。

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●月輪一里塚

ねこから2㎞くらいで、月輪一里塚・131里。
1里が3.92727㎞なので、131をかけると。。。

この先日本橋まで514.473㎞なのか。。。気が遠い。
母を訪ねて三千里のマルコは偉いなぁ。

一里塚とは、旅人の目印として、大きな道路の側に1里(3.92727㎞)毎に設置した土盛りの塚のこと。
木を植えたり、標識を立てたりしています。

月輪一里塚というだけあって、
近くに月輪寺という寺があります。


ここで終われば、すぐJR瀬田駅です。が、がんばって走ります。

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●弁天池

月輪一里塚から3㎞走ると、弁天池。

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江戸時代の盗賊・日本左衛門が逃げ隠れして、橋の向こうの弁天島に住んでいたとか。

島は弁財天がまつられています。

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逢坂山を下りた時も感じましたが、
大津に入った瞬間、空が開けるというか、視野が広くなるというか、

解放感いっぱいになります。
弁天池と空を見ると、何もかも手放して開放された気持ちになります。

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●平清宗の首塚

弁天池から1㎞。

平清宗の首塚があります。
平清盛の孫で、源平合戦で都落ちし、壇ノ浦合戦でとらえられ
首を切られた。

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遠藤さんという人の敷地らしいので、塀の外から覗きます。

おそらく、大津から草津のあたりが一番寺社仏閣が多いし、
何といっても近江商人の街で、いろんなお店や工場の跡もあるので、
もっとゆっくり立ち寄りたい区間でした。
50m~100mおきに史跡があるけど、
走っているから、予習していった10分の1も止まれませんでした。歩きにこよう!


いよいよ次は中山道に入ります。

●南草津から守山へと続く→☆☆☆

京都三条大橋~髭茶追分
髭茶追分~膳所
●膳所~南草津
南草津~守山

※更新準備中