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健康サポートプロジェクト 坂田純子

■健康運動コンサルタントです。 [専門] ●ウォーキングやランニング、健康体操、生活習慣病予防・呼吸器系・循環器系に有用性のある有酸素運動指導など。 ●自体重やツールを使い、しなやかな身体づくりをするボディメイクを提供。 ●アロマやキネシオロジー(整体)を活用したボディケア、脚の測定や診断・アドバイスなど ●健康コラム・エクササイズ監修

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フイールドノート・念願の一眼レフカメラ

  • ハクセキレイ
    大先輩から10年前の一眼レフカメラを「使ってないから使ってみる?」と譲り受けました。感謝感激、ありがたいことです。そんなことで念願の一眼レフカメラライフが始まりました。へたっぴですが、大先輩の思い出がいっぱい詰まったカメラで私も思い出づくり。野鳥や植物、色んな生き物や風景のフイールドノートです。

大阪マラソン2014

  • 2014
    大阪マラソン!2014年も応援していただいた皆様のおかげで完走できました。ありがとうございます。

BodyLuxグランドOPENしました。

  • 香川の和ちゃんから
    2014年6月4日(大安吉日)。皆様の多大なるご支援を賜り、新たな門出を迎えることができました。心から御礼申し上げます。 皆様から頂きましたお祝いをUpさせて戴きました。

フィットネススタジオBodyLux開所式

  • Photo
    江坂にフィットネススタジオBodyLuxをオープンします。2014年1月24日(金)は大安吉日。皆様のおかげで最高の日に開所式を開催することができました。

落語と健康体操のコラボ

  • 20130703173245
    2013年6月30日(日)落語家さんと健康サポートプロジェクトがコラボさせて頂きました。笑って動いてNK細胞活性。免疫力UP間違いなし!

大阪バラ祭り2013

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    毎週ランニングしている公園で開催されていた大阪ばら祭2013に行ってまいりました。 見ているだけで、幸せな気分になる「ばら」。とっても魅力的です。 こんなに種類が豊富で、形や香、色に個性があるのをはじめて知りました。 もう、「ばら」の虜。

天井がモデルになりました

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    ㈱デューク様がつくるスポーツサングラスL-BALANCEのモデルをつとめました。

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■東海道&中山道を走る旅 Feed

2020年9月25日 (金)

■【わたしが見つけた日本製】岐阜・御嵩町のソウルフード〝みたけとんちゃん〟

[私が見つけた日本製]:岐阜 御嶽町

●御嶽味噌を使った〝みたけとんちゃん〟

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中山道を走って見つけた〝みたけとんちゃん〟
甘辛い味噌で味付けをした豚のホルモン焼きのこと。
※韓国語で腸全般のことを〝とんちゃん〟というそうです。

〝みたけとんちゃん〟で使う味噌は「中鉄砲」という
希少価値の高い大豆からできた「みたけ味噌」で味付けがしてあります。


御嵩町は亜炭産業で栄えた町で
亜炭はかつて日本を支えたエネルギー源。
戦前・戦時中の重要物資であり、石炭の代用燃料とされていました。

亜炭鉱として栄えていた頃、炭鉱夫たちがスコップを鉄板代わりにし
〝みたけとんちゃん〟焼いて〝どぶろく〟とともに楽しんだそうです。


御嵩町は、新鮮な豚のホルモンが手に入りやすい環境で、
安価で栄養価も高いので、働く人達の重要なエネルギー源だったとか。
S43年に亜炭鉱は閉山してからも 御嵩町の郷土料理として今も愛されています。
(ちなみに広見線は亜炭鉱を運ぶトロッコ列車が走ったそうです)

彼方此方で亜炭が掘られていたことで、
陥没事故の心配もありますが、
亜炭のおかげで、こんな美味しい料理が残ったのはありがたいですね。

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スコップが鉄板代わりって面白い。
家で再現するのは難しいですが、味は間違いないです。
お酒かご飯との相性が良すぎ!

岐阜は史跡も歴史に名を残す先達もいっぱい。
杉原千畝さんや樋口季一郎さんゆかりの地でもあり、
記録しておきたい事が沢山ありすぎます。

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(スコップの写真は藤よしさんのHPから)

●株式会社 藤よし
http://www.fujiyosi.org


2020年9月23日 (水)

■走る旅:東海道&中山道〔26〕第50次 伏見宿~第49次 御嶽宿

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、伏見宿~御嶽宿(御嵩宿)
として一部を記録します。

■伏見宿~御嶽〔御嵩〕宿(5㎞)

伏見宿から御嶽宿に向かって進みます。

みたけ宿は、地名は御嵩、宿名は御嶽と表記します。

蟹薬師の名で知られている願興寺(がんこうじ)の門前町として栄えました。
桃山時代に建てられ東美濃の正倉院と言われ1200年以上の歴史があります。

この記事を書いている今はコロナ過であり、
重要文化財の24体の仏像を拝観することはできないですが
コロナウィルスが無ければ、予約して拝観できる様です。

この旅では、寄ることができなかったので
また御嶽宿からスタートした時に立ち寄りたいなと宿題ができました。→願興寺HP




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くりの季節ですね。

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●比衣一里塚

日本橋から96番目(江戸から377㎞…私はあと江戸まで約350㎞)の一里塚です。
顔戸の一里塚ともいいます。

こんもり土が盛られていますが、遺構は残っていません。
綺麗に草刈りをされたあとですね。
この場に比衣一里塚があったようです。


一里塚は主要な街道に約3.9kmごとに築かれた土盛りで、
旅人の目印とされていました。

旅人は一里塚に到着ごとに、〝前に進んでるな…ここまで来たか…〟と感じていたんでしょうね。

私もマラソン大会の3~5㎞ごとに設けられるエイドの様に、
一里塚と宿場に到着したら給水を必ずするようにしています。


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可児川です。

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●御嶽神社御分霊


しばらく走るとプレハブの祠の中に石碑がいっぱい。
地図で確認しても御嶽神社分霊社はでてこないのですが、
どうも、今回の最後の神社になりそうなので、

旅の安全のご挨拶とお礼をさせていただきました。

※分霊とは祭神の霊をわけて、他の神社にまつること。その御霊(みたま)。

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●鬼の首塚

鬼の首塚…怖い名前。

鎌倉時代、鬼岩に住み着いていた不破の関(関ヶ原)生まれの関の太郎。

関の太郎は不思議な術が使え、鬼といって恐れられました。

市場で暴力をふるい、地頭が退治し首をはねました。
その首を桶に入れて京へ運ぶ途中、
この場で急に動かなくなったため埋めたそうです。
埋めた場所が「鬼の首塚」と伝えられています。


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鬼の首塚の横には正岡子規の歌碑。

〝草枕 むすぶまもなき うたたねの ゆめおどろかす 野路の夕立〟

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●秋葉神社灯篭


旅人に安全に行けよーと言っている様。
御嶽富士と並走しながら宿場に入ります。
いよいよ宿場らしくなってきます。

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●みたけ宿わいわい館

宿場に入りました。
みたけわいわい館には、御嵩町の特産品「みたけのええもん」や軽食があります。
残念ながら…この日は休みでした。

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●住所〒505-0116
岐阜県可児郡御嵩町御嵩1554番地1

●開館時間:午前9時から午後5時まで

●休館日:毎週水曜日

●HP→https://www.gifu-mitake.com/dining-shopping/waiwaikan/

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●中山道みたけ館・本陣跡



本陣跡には中山道みたけ館が建っていて郷土資料博物館と図書館になっている様です。
中には入りませんでしたが、伏見のラクダの絵がある様ですよ。

本陣1

脇本陣1
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家数66

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●庄家竹屋(しょうかたけや)

本陣職を務める野呂家から分家された竹屋。
明治10年ころの建物と推定され、街道を人や物資が往来し賑わいを見せていた頃の豪商でした。

造りはシンプルで質素…と言われていますが、
それが逆にゴージャスで、風格のある日本家屋の造りに存在感が見えました。
しびれましたよ。

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この羽織を着て商売していたのでしょうか。
かっこいいです。

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台所です。
食事していたんですね。

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中の間からの奥座敷。

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奥座敷から中庭。

 
暗さと明るさのコントラストのバランスが居心地よく
時間を忘れてお庭を眺めてしまうくらい落ち着きました。
おじいちゃんやおばあちゃんが出てきそうで
なんだか懐かしいなぁ。

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縁側です。
雑巾がけしたい!

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着物をかけて置くやつ…
漆塗りのが我が家にもありました。

用途がわからなかったんで捨ててしまいましたが、
着物を着る今になったら〝お宝捨てた。。。〟敗北感。
知らないって恐ろしいです。

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昔の電気の線。
これも古くて味わい深い。

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炊事場。

こーゆーのもあったなぁ…。懐かしいなぁ。

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機織り機。

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資源の再利用。

江戸時代は、つづらや文箱に古紙を貼って何度も使われました。
紙は何度でも使うというリサイクルの精神が竹屋さんにも残っていました。
リサイクルは生活の基本となっていたようです。

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中庭です。美しいですね。

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御嶽宿 柏屋

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タイムリミットで、御嵩駅にて終了です。
まとめて休みが取れれば一度で距離も伸ばせ先に進めるのですが、
日帰りで走っておりまして、
休みとはいえ家事は放棄できないので、走る距離は京都・滋賀を走っていた時より
伸ばせなくなりました。


寄り道なしで走れば、もう少し先に行けるのでしょうが、
二度とない…という気持ちで走ってますので、
キョロキョロ物見遊山三昧。なかなか進みません。

走っている場所が住んでいるところから、
どんどん遠くなるし、この先の計画をしっかり練っていかないとな…と思います。

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大阪と違って、電車の本数が非常に少ないです。
しかもここ御嵩駅は単線で終点です。

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時間も無いので、名古屋駅に出てそのまま新幹線で帰ろうと思ったら、
家族がご飯食べておいでと言ってくれたので、
名古屋に出たら必ず食べていた名古屋駅名鉄百貨店本館9階にある
ひつまぶし専門店・まるや本店へ。

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ちっちゃいやついただきました。

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コロナ禍で飲食店も大変でしょうが、まるやさんは大繁盛。
ソーシャルディスタンスを取りながら30分くらい並びました。
走った後だし、かなり待ったので、あおずけの後のごちそうは
すごく美味しく、今まで食べた〝まるやのひつまぶし〟の中で一番おいしかったです。


本来コロナウィルスが無ければ、この季節はウルトラマラソン100㎞を走っていた時期です。
今は感染拡大予防のため、どんな大会も開催されないのが残念ですね。


イベントなどの参加人数の規制は緩和されましたが、
仕事柄、まだまだ大勢でワイワイと走ることはできません。
(大勢でワイワイしている先生に子供さんを預けたくないだろうな。レッスンを受けるお客様も受けたくないだろうな。そういう方もいると思い行動しています。)

感染予防しながら、1人でも楽しんでできることはないかと考えて始めた中山道ランは、
不安な点もありますが、不安をクリアしながら経験値を上げるのがロールプレイングの様でとても楽しいし、
何が1番良かったかというと、家族の応援がすごい(笑)ということです。


大会があったときは、大会前になると調整でピリピリするし(記録を出したい大会の場合)
そのためにトレーニングをしたり、大会のために家を空けることや仕事を休むことも多かったので、家族は決して良くは思っていませんでした。



今は、ピリピリもしないし、大会で家も仕事も空けないから、
家族もこの旅ランに大賛成です。
何より、私が中山道を走ることが楽しいって言っているのも大きいです。


なので、コロナウィルスがスッキリしたら、またもとに戻るのか?
大会に出るのか?
そのためにトレーニングをするのか?
というと…疑問なところで、

元に戻るのかもしれないけれど、
どの方にも応援していたがけるような走り方をして行きたいと思っています。


もうすぐ木曽路。
走ることをこころから楽しみます。

【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

記事更新中→走る旅: http://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

2020年9月22日 (火)

■走る旅:東海道&中山道〔25〕第51次 太田宿~第50次 伏見宿

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、太田宿~伏見宿
として一部を記録します。

■太田宿~伏見宿(9㎞)

 ●太田宿の高札場

いよいよ太田宿に入ります。
高札場は、幕府からの掟を掲げた看板。
ルールを守りましょう!

太田宿の高札場は、今は道標のみで遺構がありません。

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太田宿の街並みです。

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●太田宿中山道会館

館内には江戸時代の街並みを再現した展示室があります。
喫茶があり、このあたりのお年寄りが楽しそうに集っていました。

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●エノキとヤドリギ


エノキに生息するヤドリギ。
エノキの枝に鳥の巣のような青々とした緑の小枝のかたまりが「ヤドリギ」

大地に根を張らずにまるで宙に浮いているようなその姿は、
エノキに寄生していると判っていても不思議な植物。

まるで、太田宿で一休みする旅人の様です。

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中山道会館では、お年寄りが作った手作りのものが販売されていました。
中山道で消費しようと決めたので、
わたしも1ついただきました。

リバーシブルバッグです。
着物を楽しむときに使わせていただきます。

購入額に合わせてクジが引けるイベント中で、
若あゆのお菓子が当たりました。

甘くてお餅が疲れた体に沁みてすごく美味しかったです。

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江戸時代を再現した展示室。

髪結い屋。
成人式の時、友達はふわふわした頭をこさえてもらってたのに、
わたしはなぜか日本髪でした。
すごく嫌だったんですが、今となれば貴重で自慢できること。

もう一度日本髪を結ってほしいくらいです。

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●太田宿本陣門


福田本陣跡。今は門だけが残ります。
皇女和宮様が徳川家茂に嫁ぐときにつくられたという門で、1861年ものです。
木曽のかけはし、太田の渡し、うとう峠の3つの難所を控えた宿場で栄えたそうです。

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脇本陣1
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家数118

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玄武ですかね。立派ですね。

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街並み。。。
レトロでノスタルジック。

どの宿も〝うだつ〟が立派です。

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旧太田脇本陣林家在宅 隠居家

中は開放され見学できます。わりと庶民的な造りでした。

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●御代桜

明治26年の造り酒屋です。

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●魚徳

岐阜市場から直送仕入れた新鮮な海の幸を豊富に使った魚徳オリジナル「海鮮丼」が味わえます。
太田宿で旅を終わるなら、食べて帰りたかったくらいです。

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●飛騨街道追分

法華経塚は、埋葬地(墓地 )の入口に建てられた石碑だったと言われています。
ここから少し東に行くと、飛騨高山へ向かう飛騨街道の追分があります。
飛騨高山への道標なんですね。

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●夢街道

障がいを持つ方が手作りしたものが販売されています。
お店の前に出て、〝わ!走ってる!!すごい!!がんばれー〟と応援してくださったので、
一番高いのを買いました(笑)

絞り染めの巾着です。

御嶽まで行くというと、〝熱中症に気を付けてね〟とヤクルトをいただきました。
ヤクルトと楽しいお話をありがとうございました。

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夢街道を過ぎると旧中山道は木曽川沿いです。

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岡本一平さん(漫画家)
岡本太郎さんの父親です。
この方の絵が大好きなんですが、この太田宿あたりが終焉の地だったんですね。

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●太田の渡し(今渡の渡し跡)

「木曽のかけはし、太田の渡し、うとう峠がなくばよい」と歌われた太田の渡し。

木曽川の急流で川底も深い太田の渡しは、難所の1つと言われてきました。

今は太田橋が架けられ難所ということは無かったですが、
確かに橋から川を眺めたら…川幅も広く流れもあり、ここを渡るのか!と思うとお尻がぞくぞくしました。
増水した日なんかは足止めを食らってしまいますね、

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●広法堂

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●恵土一里塚跡

ここから300m東に塚があったそうです。

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●播隆上人の名号碑

美濃は、槍ヶ岳開山の播隆上人の名号碑が沢山残っています。
播隆上人は自らの修行だけに生きた念仏行者ではなく、山を下り里に至っては念仏の布教につとめ、民衆とともに生きた方でした。
太田宿の林家で死去したという説もあり、美濃で念仏の布教をしたのでしょうか。
 

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いよいよ伏見でしょうか。
伏見郵便局を改造したカフェ。

めっちゃレトロでいい感じ。
着物で訪問したいです。

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●伏見宿とラクダ

あちこちにラクダの絵があります。
オランダ商人が幕府にラクダを献上しますが、幕府は受け取りを拒否。
ラクダは興行師の手に渡り、3日間伏見の松屋に滞在したそうです。

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●伏見宿本陣

今は遺構はのこらず、道標のみですが、
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の宿場でした。

他の宿より90年余り遅れ中山道の中では一遅れて宿場になった地。

山城の伏見には似つかぬわびしき村なり…と蜀山人(しょくさんじん)は記述しましたが、
電車も国道も通り、暮らしやすそうでした。

伏見宿には女郎塚…といって身寄りのない飯盛女を供養する塚があります。

旅籠などの宿泊施設ではで遊女を雇い入れる行為は法律で禁じられていましたが、宿でご飯を盛る飯盛女は黙認されていたようです、飯を盛って遊女のような存在の方です。

そこへはなんとなくいかないほうが良いかなと行っていませんが、
そのような存在の方が多くいたということ。
当時の女性の役割と現代の女性との違いを感じながら、伏見宿を後にしました。

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次はいよいよ御嶽(御嵩)宿です。

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【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

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2020年9月21日 (月)

■走る旅:東海道&中山道〔24〕第52次 鵜沼宿~第51次 太田宿 その④

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、
鵜沼宿~太田宿その④として一部を記録します。

■名鉄鵜沼宿駅~鵜沼宿~太田宿(10㎞)その③

その① 鵜沼宿脇本陣 坂井家 その②鵜沼宿町屋館 ~その③うとう峠 続きです。



●岩屋観音堂と日本ラインロマンチック街道と取組一里塚

うとう峠を越え、第51次 太田宿を目指します。

峠を越えると目の前に広がるのが木曽川です。
エメラルドグリーンをさらに乳褐色にした様な濁流がゴウゴウと音をたてています。

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中山道である国道207号線を右は木曽川、左はJR高山線。
並走するように走ると、旧中山道と国道の分岐があります。
分岐を山の方へ登っていくと、大きな岩の中に祠を置いた〝岩屋観音堂〟が現れ息をのみます。

大きな岩はスマホのカメラにはおさまらないくらい。

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観音堂前は木曽川。
景色は大迫力。
雨の後は怖いくらいだろうな。

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観音前の景色。
…〇〇会。
岐阜出身の政治家さんの団体ですかね。

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観音堂を越えると、高山線がすぐ横で、再び国道207号線に合流します。

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207号線はトラックや車がビュンビュン走り、さほど見どころも無いので、
取組一里塚を越えたら、中山道のルートを外れ
〝日本ラインロマンチック街道〟を走ると心に決め、一里塚目指して走ります。


取組一里塚付近に到着したところ、
何も見当たらないので、
グーグルマップを立ち上げ、現在地と一里塚の位置を確認する。
確かに現在地付近にあるはず…

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あたりを探してガックリ!

簡素な標柱と、取組一里塚の小さな看板。
よく見つけられたな…と思うくらいわかりにくかったです。
一里塚は、一里ごとに設けられた塚で、道中の距離の目安になります。

無事、取組一里塚を見つけたので、〝日本ラインロマンチック街道〟を走ることに。

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このあたりの木曽川の風景がヨーロッパのライン川に似ているとして
川沿いの堤防を
〝日本ラインロマンチック街道〟と呼び、
全長4㎞、木曽川の壮大な景色を見ながら走ることができます。

中山道とは並行となり、完全にルートはそれてしまいますが、
うとう峠で会ったオッちゃんが
「ロマンチック街道は行った方が良い」と教えてくださったのに背中を押されました。

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どこまでも木曽川でした。。。
風や川の音を感じ、すごく気持ちよかった。

ロマンチック街道が終わると、国道の中山道と合流し、
中濃大橋の高架をくぐると桝形の道に出ます。

太田宿の高札場を見つけ、いよいと太田宿…とホッとします。
江戸時代の旅人も参勤交代の大名たちも、
同じようにホッとしていたのかな…と思います。


●太田宿高札場

高札場は、幕府が出した掟を掲げた場。

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鵜沼宿駅からスタートして、おおよそ10㎞でしたが、
峠あり川ありで、自然が作る風景をじっくり楽しめるコースでした。
東海道は新幹線も通り、どんどん新しくなっていった一方、
中山道は裏街道になるので、わりと旧道や宿場が残っていて面白いです。


その①、その②、その③、その④とレポートが多くなりましたが、
いよいよ次は、太田宿~伏見宿までを記録しますね。

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【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

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2020年9月20日 (日)

■走る旅:東海道&中山道〔23〕第52次 鵜沼宿~第51次 太田宿 その③

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、
鵜沼宿~太田宿その③として一部を記録します。

■名鉄鵜沼宿駅~鵜沼宿~太田宿(10㎞)その③

その① 鵜沼宿脇本陣 坂井家 その②鵜沼宿町屋館続きです。

天王坂を越え、合戸上ノ池を通過すると、
いよいようとう峠です。

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天王坂。
結構急な坂道。

走っていると、車で通り過ぎる方がちょっとびっくりする。

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●合戸上ノ池

江戸時代から農業用水として利用されてきました。

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合戸上ノ池を過ぎると、うとう峠。
「木曽のかけはし、太田の渡し、うとう峠がなくばよい」とうたわれた難所の1つ。


うとうは山と山の間の窪地をさすそうです。
また、「疎」気味の悪い…という意味もある様です。

昔は道も難所で、山賊が旅人を狙っていたとも説があります。
今は道も整備され、歩きやすいのでしょうが、
たしかに山と山の間で、うっそうとしていました。

雨の日は路面がツルツルして滑りやすく、
浸水する場所もある様で、通行禁止になります。
マムシもよく出るそうですよ。

もりの本屋さん(図書館)を過ぎるといよいよ峠です。

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●うとう峠一里塚


各務原市内に既存する唯一の一里塚。
片側しか写真に収められていませんが、
南と北と2つあります。
南塚は戦時中に陸軍の兵舎が建てられ、半分以上崩れているそうです。

一里塚は、道中一里ごとに立てられました。




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足元は雨の後のでせいか少し滑りますが、走れないことはありません。

西からだと峠は下り坂なので、足元には充分気を付ける必要があります。

紙の地図と道標に従い、峠を下ったところで
スマホアプリの地図を確認してみると、ルートから外れていることに気付きました。
ふたたび、スマホアプリが差すルートの分岐まで走って戻ることに。


しかし、何故に道標や紙の地図がスマホアプリ地図と違うんだろうか…?
分岐でどちらが正しいか考えていたら…
地元の人に〝どこ行きたいの?〟と声をかけられました。


旧中山道のうとう峠を越えたいことを伝えると、
ルートは、私が下った方が旧中山道で、
スマホアプリの方ではないということ。


改めて気付かされたのは、
スマホアプリだからといって鵜呑みにするのは良くない
必ず紙地図を用意し、道標や目印と合わせながら進むこと。情報が多すぎるのも選択し辛いことを知っておくこと。
デジタルとアナログの両方を準備する大切さを学びました。


地元の方に、大阪から来たことを伝えると、
(コロナウィルス)で怖がられると思いましたが
逆に大歓迎されたのが背中を押されている様でうれしかったです。

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途中まで一緒に行こうということで、
ワンちゃんと3人で話しながら歩きました。

美江寺宿では、お友達と走ることができましたが、
中山道を走り始めて、地元の方と話しながら歩いたのは初めてです。

1人もいいけれど、やはり誰かと話すって、やっぱり楽しい。
対面って改めて贅沢なことなんだな…と感じました。

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ワンちゃんたちとも分岐でお別れ。

〝最近イノシシの夫婦が良く出没するから、気を付けてな〟
と、イノシシに出会ったらどう対処すればよいか教えてもらっていたら、

また他の地元の方に声をかけられました。

〝峠越えるから、一緒に行こう〟と。

山のあれこれや、近くの観光スポットのことなどを話しながら、
うっとおしい峠どころか、楽しい峠越えとなりました。

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最後は木曽川の手前のトンネルを抜けて峠越え終了です。

このトンネルは増水すると水に浸かるんで、
雨の日の通行不可は、大納得でした。

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トンネルを越えると木曽川が広がります。

昔は栄えていて飲食店も多かったそうですが、今は廃墟となっています。

しかも、トンネル越えたら川のほとり迄行けたそうですが、
今は水害が多く、整備もされてないので遠くから眺めるくらいだとか…。

〝もう一度中山道ブームが来たらにぎやかになりますかね〟
というと、オッちゃんは嬉しそうに笑っていました。

地元の人しか知らない情報は、ガイドブックにも書いていないし、
こうやって旅先で人と話すことって、旅を楽しくしてくれます。

まだまだ対面コミュニケーションにはお互い気を使いますが、
対面は、ネットの画面からでは伝わらないその人の気やオーラを感じることができるので
やっぱり好きだな。

オッちゃんはストックを大きく振って、私は手を大きく振ってお別れしました。
もう会うことは無いかもしれませんが、親切にしていただきありがとうございました。
一期一会ですね。

さぁ、次はいよいよ太田に入りますよ。
その④に続きます。

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【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

記事更新中→走る旅: http://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

2020年9月18日 (金)

■走る旅:東海道&中山道〔22〕第52次 鵜沼宿~第51次 太田宿 その②

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

Photo_2
〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、
鵜沼宿~太田宿その②として一部を記録します。

■名鉄鵜沼宿駅~鵜沼宿~太田宿(10㎞)その②

その①・鵜沼宿脇本陣 坂井家 の続きです。
うとう峠に入るまでの記録です。


●鵜沼宿町屋館

脇本陣坂井家のすぐ近くにある町屋館。
江戸時代は「絹屋」の屋号で旅籠を営んでいた武藤家です。
平成18年に修復し、平成20年から公開され
鵜沼宿の歴史資料や展示品を見ることができます。

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箱階段。
レトロでかっこいいです。
かなり急で段差が大きいですね。

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ラジオとテレビ。

懐かしいです。
我が家にもありました。
ラジオの上に父が大切にしていた戦艦ヤマトの置物があって、
触って落として怒られてました。

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木製で、チャンネルを合わせるのはリモコンでなく、
つまみを回して合わせるレトロテレビ。
静電気ビリビリなんですよね。
平成生まれにはわからないだろうな。

ちなみに我が家は町内で1番最初にテレビが来た家で、
近所の子供が集まってテレビを見に来たそうです。

懐かしくて涙が出そうです。

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あったあった!こんな冷蔵庫。
すごくうるさいんですよね。

この冷蔵庫ができるまでは、氷で生ものを保存していましたから、
三種の神器と言われた冷蔵庫は、食を豊かにし、
女性の家事の救世主だったんでしょうね。

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足踏みミシン。
これも我が家にありました。

捨ててしまいましたが、テーブルにモデルチェンジさせたら

今でも充分使えてオシャレですね。

昔は古臭くて嫌でしたが、
今になって見たら、骨とう品で貴重なお宝です。

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離れです。
美しいですね。

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縁側から見て、
奥が「栂の間」、手前が「桑の間」です。

和風な衝立も、今では見なくなってしまいました。

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縁側です。
おじいちゃん、おばあちゃんの家にいるような感覚。

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お茶でも出てきたら、縁側で昼寝しそうな勢いです。
町屋館も、時間を忘れて落ち着いてしまいそう…

まだ全然旅をスタートさせていないというのに…(笑)

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開館時間 : 午前9時~午後5時
休館日 : 毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、
祝日の翌日(土曜日・日曜日、祝日の場合はその翌日)、12月28日~1月4日
入場料 : 無料
所在地 : 各務原市鵜沼西町1丁目116番地3
電話 : 058-379-5055
アクセス : JR高山本線 「鵜沼」駅下車 徒歩20分、
名鉄各務原線 「新鵜沼」駅下車 徒歩20分、「鵜沼宿」駅下車 徒歩15分


●高札場

町屋館を後に…東に向かって走ります。
高札場発見!
幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを
木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のことです。
鵜沼の宿場でルールを守りましょう的な掲示板です。


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●これよりうとう峠


木曽の架け橋、太田の渡し、うとう峠がなくば良い

とうたわれた難所の一つ。
天王坂を越え、いよいよ〝うとう峠〟に入ります。

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●鵜沼東町ふれあいセンター


高札場だったところだそうです。

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●東の見附

宿内の防御と街道と宿場の境界を示すため、
西と東に必ず見附(みつけ)があります。
現在は看板のみで遺構を見ることはできません。

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●赤坂の地蔵尊


旅人や住人をお守りくださるお地蔵様です。
手を合わせて挨拶させていただきました。

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これから天王坂を駆け上っていきます。

左は愛宕山。
住宅地の向こうには、
今までいた、脇本陣や町屋館、二ノ宮神社が見えます。

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さぁ!いよいようとう峠ですよ。

【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

記事更新中→走る旅: http://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

■走る旅:東海道&中山道〔21〕第52次 鵜沼宿~第51次 太田宿 その①

※リアルタイムのログではありません。数日前のログになります。

Photo_2
〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もあるので、このログ上では、
69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして
名鉄鵜沼宿駅~第52宿 鵜沼宿~第51宿 太田宿~第50宿 伏見宿~第49宿 御嶽宿~名鉄広見線 御嵩駅 24㎞走ってきました。

レポートの容量が多いので、
24kmの道中のうち、
鵜沼宿~太田宿その①として一部を記録します。

■名鉄鵜沼宿駅~鵜沼宿~太田宿(10㎞)その①

●名鉄鵜沼宿駅

今回から新幹線を活用し、スタート地点に向かいます。

新幹線はガラガラの座席で〝JRの経営状況は大丈夫だろうか…〟と心配してしまいますが、半面…空いている新幹線は心地よく、リッチな気分で名古屋まで。

名古屋からは名鉄線に乗り換え、名鉄鵜沼宿駅へ。

鵜沼宿駅に着くまでの道中、
車窓から外の景色を見ながら、
〝よくここまで走ってきたもんだ…〟と感心。
自分で自分を褒めてあげたくなりました。


さて!鵜沼宿駅からスタートします。

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●二ノ宮神社

まずは、旅の安全祈願。
スタート地点に近い二ノ宮神社にて。

〝今日もよろしくおねがいします。安全に旅を楽しめますよう…〟にと。

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急な階段を登っていくと古墳があります。

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古墳の上に建つのが二ノ宮神社です。
誰が眠っているのかはわかりませんが、
古墳の上に神社があるって、とても不思議です。

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こちらは、古墳の蓋。

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●菊川酒造

二ノ宮神社前、菊川酒造。

松尾芭蕉の更科紀行の中で歌われている俳句
「ふぐ汁も 喰えば喰はせよ 菊の酒」
に因んで菊川と命名したそう。

菊川酒造のお酒は、長良川の軟水を利用して造ってるのだとか。

秋のお月見は菊の季節。

菊を日本酒に浮かべてお月見したいです。
そのお酒が菊川酒造の〝菊川〟なら、なおのことよろしいでしょうな。

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●鵜沼宿脇本陣・坂井家

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鵜沼宿は本陣が1軒、桜井家。
脇本陣が1軒。坂井家と野口家が交替で務め問屋も兼ねていました。

宿場は、濃尾地震で倒壊してしまったけれど、
「鵜沼宿家並絵図」を参考にし2010年に復元。

(管理人のおっちゃんは太田宿を少し参考にした…とか説明してましたが。)

今は、一般公開されていて、当時の宿の様子が見れます。

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〝うだつ〟が立派な造りです。

うだつとは、隣家との延焼防止のために建てられた防火壁のこと。

昔は、町屋が隣り合ってギュウギュウに建てられていて、
隣家からの火事が燃え移るのを防ぐために〝うだつ〟が造られていました。
江戸時代中期頃になると、装飾的な意味合いなったそうです。

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『うだつがあがらない』
と言いますが、
うだつを上げるためには、それなりに費用が必要で
〝生活や地位が向上しない状態〟を昔から〝うだつが上がらない〟と言っていた様です。

うだつはあげときたいですな…。

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入り口にドーンと瓢箪。
中山道69次が名入りで並んでいます。

だいぶん遠くまで走ってきた気がしましたが、
2列程度を走破しただけ…


あと4列残ってると思うと気が遠くなりますが、
楽しいので、ゆっくりゆっくり根詰めずにマイペースで進みます。

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台所…。
かまどが並んでますね。

昔むかし、我が家にも土間やかまどがあったので、
とても懐かしいです。

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アルコール消毒し、誰が見学したのかわかる様に名簿を書き、
ランニングシューズを脱いで、中へ入らせていただきます。

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上段の間は撮影禁止。

お部屋が並んでいますね。
奥座敷まで、とてもきれいです。
各部屋で、寝泊まりされていたと思うと、
脳内は江戸時代にタイムスリップです。

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縁側とお庭。
日本家屋の造りって、絵の様で美しいです。

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こちらは、お風呂。
沸かしたお湯は手で運んだようですよ。

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トイレです。

昔から、身体を清めるお風呂と、汚物を排出するトイレが分かれていたって…
日本って、ほんまに衛生的。

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こちらは、もう一つのお風呂。
偉い人が入るお風呂です。

水戸黄門に出演する由美かおるの〝かげろうおギン〟が入浴するような湯船ですね。

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もう一つのトイレ。
藩主が使っていたのでしょう。
蓋を開けると、下に箱があって
随行する御典医が主人の健康状態を確認していたようです。

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お庭も綺麗です。春夏秋冬それぞれ違う色を出してくれるのでしょう。

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復元ということで、築10年程度の新しい建物でしたが、
美しくシンプルで、改めて日本家屋は素敵だなと思いました。

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松尾芭蕉の句碑もあります。
芭蕉は、のざらし紀行の貞享2年(1685)から

更科紀行に旅立つ貞享5年(1688)まで
3度、坂井家を訪れ句を詠みました。

鵜沼宿が大好きだったんでしょうね。

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●汲溜の水泡たつや蝉の声
●ふく志るも喰へは喰せよきく乃酒
●おくられつ送りつ果ハ木曽の秋
●はらなかやものにもつかす啼くひはり

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開館時間 : 午前9時~午後5時
休館日 : 毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)
祝日の翌日(土曜日・日曜日、祝日の場合はその翌日)、12月28日~1月4日
入場料 : 無料
所在地 : 各務原市鵜沼西町1丁目137番地
電話 : 058-379-5055
アクセス :
JR高山本線 「鵜沼」駅下車 徒歩20分
名鉄各務原線 「新鵜沼」駅下車 徒歩20分、「鵜沼宿」駅下車 徒歩15分

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坂井家の管理の方から
「歩く人は多いけれど、中山道を走って走破する人はあまり見かけない。よく来たね!」
「今日は1番乗りだし、幸先良いよ!」
と、応援&大歓迎の言葉をいただきました。

コロナ禍において、まだまだ対面コミュニケーションに気を使うことも多く、
何が正解なのかもわからなくなっている社会ですが、
自分なりの回答を見つけ、ワクワクしながら前に進みたいです。

今回の旅も残したいことが多く、まだ御嵩宿方向へほとんど向かってないけれど、
ひとまず、その①のレポートを終了します。

つづきはまた。

【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

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2020年9月 7日 (月)

■【Column⑹ 走る旅:東海道&中山道】大名が中山道を選ぶ理由

Column⑹では、日本には沢山の街道があったのに、
〝なぜ中山道を使ったんだろう?〟ということ書いてみようと思います。

■なぜ(。´・ω・)? 中山道を使うのか?


Photo

おおよそ、参勤交代は五街道を辿って参勤していました。

■幕末期における往還路の内訳は次の通り

〇東海道…146家
〇日光・奥州道中…78家
〇中山道…30家
〇甲州道中…3家


五街道のうち、東海道と中山道はスタートとゴールが同じです。

そして、東海道の方が中山道よりも距離が短く難所も少ないので、
たくさんの大名は東海道を利用していました。


しかも、中山道を利用したと言われる30家のうちは、
中山道の途中に三国街道や北国街道を使って合流した大名もいるので、
京都三条大橋から日本橋までの中山道を辿ってくる大名はほとんどいなかったそうです。
しかも中山道は起伏も多く1000mを越える峠もいくつかあり、とても大変ときています。

では、なぜ?そんな大変な中山道を選んだのでしょう。

それは、東海道は海や川が多く、河川の氾濫で川を渡れないこともあり、
足止めを食らい旅行日程が読めなくなる時もあったからだそうです。

足止めされれば、費用もかさむし、到着予定も遅れてしまう。
中山道を使う大名は、そういうことを避けたかったのではないか?という説があります。

また、東海道は多くの大名が利用したこともあって、
自分よりも格上の大名と出くわしてしまったとき、あいさつ(土下座)をしなければならないのも避けたかったのでは…とも言われています。
ちなみに、着物の柄なんかで、格付けは一目見てわかったんだそうですよ。
(着物についての情報は呉服屋さんに教えていただきました。)

■距離が長くても中山道

東海道よりも中山道は距離が長くても、足止めされにくかったので旅行の日程が組みやすかった…。

今は、江戸時代よりも交通の手段も路面も良くなっているはずなのに、
現代人の私がお天気等に(コロナウィルスの状況)躊躇し、なかなか旅を進められずにいました。

このColumnを自分でまとめていたら、江戸時代の大名が耳元でこう囁いた気が…。

〝半沢直樹じゃないし、今はだれにも土下座しなくていいやろ。江戸時代より大変でないで~〟

これは、背中を押してもらった感じですかね(笑)

とはいえ、社会の状況と相談し、台風や雨は回避しながら、
マイペースでゆっくり進めていこうと思います。

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2020年8月29日 (土)

■【走る旅:東海道&中山道】わたしが見つけた日本製 「神田明神前 天野屋」

[東京: 神田明神前 天野屋]

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神田さんへおまいりしたら、天野屋さんで甘酒でしょ!
江戸時代に造られ、今も現役。


甘酒屋さんで甘酒が飲みたかった!


生憎、お休み中だったため、
甘酒と江戸味噌と柴崎納豆をpcネットで購入。

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甘酒は日本のヨーグルト。
冬の飲み物と思われがちだけど江戸時代では栄養価が高いことから夏は夏バテ防止に。
1年中親しまれてた飲み物。

夏の疲れが溜まりやすい時期にも
いただいて、1年間元気でいたいと思います。

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江戸味噌と柴崎納豆を混ぜて江戸時代のおつまみをこさえてみましたが、
スーパーで買う納豆と食感が全く違う。

大粒で柔らかくて食べ応えあり。

江戸味噌は、じんわりと寝かせた麹の香りが鼻から抜けます。
とても美味しかった。
いつかはお店で甘酒をいただきたいな。

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◎天野屋



東京都千代田区外神田2-18-15 
☎ 03-3251-7911 
10:00~18:00(祭日は~17:00)
日曜休(12~3月無休)
JRお茶の水駅より徒歩3分
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2020年8月26日 (水)

■【Column⑸走る旅:東海道&中山道】中山道と参勤交代

参勤交代って何?
なぜ行われたんだろう?
というテーマに沿ってまとめてみました。

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■参勤交代はなぜ行われたのだろう?

■参勤交代とは

参勤交代は、1635年(寛永12年)3代将軍徳川家光のときに、武家諸法度によって制度が定められました。

※武家諸法度とは1615年に2代将軍徳川秀忠のときに定められ、大名を統制するために将軍が変るたびに出されたもの。


参勤交代の目的は、

将軍への服属(服従し従属すること)を江戸参勤という形で諸大名に示させることです。

〝大名は、江戸と領地を交代して住むことを定める。毎年4月中に江戸に参勤すること〟

江戸と国元を往復する参勤交代は、殿様の病気などの正当な理由がない限り、参勤しないと幕府への反逆とみなされ、ある意味、公務でした。



■参勤交代の影響

路あるところに人が流れ、消費し街の経済が潤う。
今も昔も変わらないことですが、
旅行者をはじめ、数十人から数百人単位の大名が行列しながらの参勤交代も、街道の賑わいに大きく貢献し、通行する街道や宿場には多くのお金を落としました。

しかし一方で、大名は費用(交通費や人件費など)がかさみ財政が圧迫されました。
江戸から遠いとされる西の大名ほど参勤交代にかかる費用がかさみ、
お金のない大名は、幕府にはむかう力が持てず、勢力を抑えるのに効果的だったといえましょう。

わたしも、今走りながら、中山道を旅しておりますが、
西から東へ前に進めば進むほど交通費などの費用がかさんでいます。

参勤交代を行った大名たちは往復し、それが毎年ですから大変でしたね。
国元の大名に仕える民も、大変だったのではないかな。

■コロナ禍において

路あるところに人が流れ、人が動くことで経済が潤っていくと思っています。

古い時代は街道沿いが栄え、
それが今では高速道路や新幹線ができ栄えている。

今も昔も人が行き来する交通と経済は切っても切り離せない関係ではありますね。


コロナ禍の今、移動が制限されることは仕方ないことですが、
人が動かなくなれば、身体ももちろん経済も不健康になる。
早く安心して人が行き来できるような社会になってほしいものです。


わたしの旅も、現時点においては移動は感染予防につとめ、人に接触しないようお店を利用することが少なく、旅先で見つけたモノをインターネットで購入するというなんだか寂しい形です。

ネットショッピングは移動せずに情報が得られ、
モノも購入できるという便利な文明の利器ではありますが、

実際に旅先で、お店の人に地元のあれこれを聞いて、人と生でやり取りができると、
〝見て聞いて、触れて、嗅いで味わって…〟
人間に備わっている五感がフルに刺激され、感性が研ぎ澄まされる。
これは、インターネットでは得られないことなのではないでしょうか。

早く安心して移動でき、サービスやモノが購入できる日が来るように祈る毎日です。

〝人が動くことで経済が活性化するのは、今も昔も変わらなこと。〟

わたしも、走る旅を通し消費し、
日本のいいところを発見し、旅のお気に入りを見つけていきたいです。(2020年8月26日)

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