※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回は、ようやく帰ってきました!
厳冬期や緊急事態宣言などの社会情勢の理由で、8か月寝かした中山道を走る旅。
3泊4日で4つの峠を越え、約120㎞前進できまして、もうすぐ関東平野に抜けます。
しかし、今回の旅が終わった瞬間に大阪には緊急事態宣言が出まして、
またまた旅はSTOPします。
思うようにならない、そんな先を急がない旅に最初はイラついておりましたが、次第にドラマティックで良いかと思うように。
さて、2020年11月16日の奈良井宿のつづきから書きましょう。
40㎞のレポートは長くなりますので、何分割かしながら旅を振り返ります。
■ルート:
奈良井宿駅~贄川宿~本山宿~塩尻駅~塩尻宿~塩尻峠~富士見展望台~下諏訪駅(40km)
塩尻宿からの続きです。
永井坂という長い坂をダラダラのぼり、1050mの塩尻峠へと向かいます。
ちなみに、東海道の海抜最高地点は箱根越えの標高846mですが、中山道は木曽路の登りから碓氷峠迄1000m越えの峠が打ち続きます。
今回は、下諏訪と佐久平でホッとできる以外は、ほとんどアップダウンが続き、
この日スタートした奈良井宿から数えると4つの峠を越える予定です。
塩尻峠は、4つのうちの最初の峠。
東海道の方が距離が短く、江戸時代は川の洪水などの水害で足止めを食らうという以外は難所が無く、多くの大名行列は東海道を選び江戸に向かいましたが、
なぜに距離の長い難所の多い中山道を行くのか…と言いますと、
大名同士の面倒くさい挨拶をしなくて済むことや、旅の日数の予定が組みやすいこと。
私の場合は、山や自然が好きなこともありますが
東海道に比べ、宿場も旧街道も健在で残っているところが多いからなのです。
なかなか手ごわい峠の始まりですが、昔ながらの日本の良き風景に出会うために
がんばってまいりましょう。
林の中へと入っていきます。
●牛馬守護神跡・新茶屋立場跡
多くの牛や馬でさえ、塩尻峠越えは大変だったようですね。
●犬飼清水碑
公家の愛犬が苦しんでいた時に、ここの清水を飲んだら元気になったとか。
私もザックから水を取り出して一口いただきました。
少し元気に!
水は生き物にとって、とても大切なものですね。
覗いてみましたが、今は夏場でなのか…枯れてます。残念!
この先どんどん道が狭くなっていきます。
車一台通れるか通れないかくらいの幅になっていきます。
しかし、塩尻峠はロード率多いので足元は安心です。
ダラダラと登りが続いております。
もうだいぶん動き続けていることもあり、そろそろ脚に来きてます…。
●東山一里塚
戦後北塚が破壊されて、南塚だけが残っております。
一里塚を振り返って見ました。
昔の旅人やお侍さんは、あのこんもりした麓で一休みでもしていたんでしょうか。
生き倒れた親子を供養するお地蔵様だそうです。
ここ、凄くビックリしました。
100m先に林の中にボンヤリと人影がある…と思ったら、お地蔵さまでした。
(*´Д`)はぁ~ホッとした。
思わず手を合わせさせていただきました。
●塩尻峠茶屋本陣
塩尻峠には、ひと気が無かったそうで、小休所が置かれたそうですよ。
ここを抜けると、もうすぐ峠のピークです。
●分間延絵図
●塩尻峠・富士見展望台
ピークです。
ここから先は一気に下ります。
その前に、富士見展望台へ行ってみましょう。
「富士山は見えるかなー」
夏場で木がわさわさしていて、富士山の部分がちょうど見えないけれど、ちょっとだけ見えている様な気もする…。(右上の葉っぱの下)
あれ、駒ヶ岳かなぁ…。富士山かなぁ…。
八ヶ岳が綺麗に見えています。
そういえば、数年前に横岳の林道でケガしたことが…。
横岳でケガして、佐久平の病院へ行ったけれど、
展望台から、あの時の動きを目で追ってみると、病院へ行くのも大変な距離。
長野は果てしない…
あの時の学び。
県外でケガをすると、あとが大変。
山でケガをすると、あとが大変。
この先も、気を付けて先を行きましょう。
反対側の展望台も行ってみる。
御嶽山が見えてるよ。
なんだか、こうやってボーっと山を眺めて、現代人をサボるのもいいなーと思いました。
小半刻景色を見渡して閑雅を楽しむ。
ああ、いけないいけない。
時間に間に合わなくなるので、急ぎましょう。
ひたすら下っていくと、どんどん諏訪湖が近くなってきました。
街まであと少しです。
下り坂途中では、ミツバチたちが働いておりました。
お友達の中に、最近、山麓に畑を作り野菜を育て始めた方がいて、
「次はミツバチを飼おうかな…」って言っていたのですが、
その時は、あまり野菜とミツバチが繋がってなかったけれど、
ここへ来てその言葉の理由がわかりました。
キュウリなど、ミツバチがいないと、受粉できないんですよね。
畑をやりだすと、今度はミツバチが飼いたくなるそうです。
人の言葉の裏側には、ちゃんとした意図があるのだぁ…と思いました。
写真は、お友達の夢へのイメージトレーニングの素材として撮影しておきました。
●石船観音
どんどん下ってきましたよ。
この先下諏訪です。
●今井茶屋本陣
●今井番所跡
峠の茶屋と同じで、峠にひと気が無いので、
諏訪側にも小休所が置かれたそうです。
塩尻宿から下諏訪宿まで、意外と距離が長い(約10㎞ほど)ので、間の宿は必要ですね。
●横河川
下諏訪の街へ降りてきました。
中山道は河原沿い、
そして細い路地に入り宿場へと続きます。
私は今日は下諏訪まで。
下諏訪から上諏訪へ行く電車の時間が迫っていて、
このあたりは半泣き状態で駆け抜けました。
荷物が重いうえ、すでに40㎞以上進んでいるので…だいぶん身体を酷使している。
両親に「強い体に生んでくれてありがとう!」と感謝したいです。
すっかり影も長く…
下諏訪駅には5分前に到着!
時間に間に合った。
約束にも間に合った。
初日は40㎞。
今日の旅が無事に終了です。
このあと、お友達と打ち合わせをして、明日へと備えますよ。
慣れた関西の山と違って、慣れない土地での峠越えはとても心細かったのですが、峠を越えるたびに、旅が終りに近づいていくんだな…という寂しさの気持ちも出てきました。
「峠を越える…」
私たちは昔から度々、このような言葉を使うことがあります。
山道を登り切った地点を通過すること。
上り道から下り道へと転じること。
増加・強化の勢いであったものが一転し、下降・下落・弱体化。鎮静化の方向へ向かう様子。
私の人生の峠はまだ先なのか、
それとももう峠は越えてしまったのか…
自分ではよくわかりません。
しかし、峠のピークがこの先だったとしても、ピークを越えて下っているとしても、人生の道だからこそ、1歩1歩丁寧に前進していきたいと、塩尻峠を越えながら思いました。
●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●冬場は防寒対策を行いましょう。
●中山道は思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。