■【ウォーキングスポット】松陰神社@東京・世田谷
一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、
一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う
少しの事でも毎日積み重ねれば大きなものとなり、
少しの事でも先延ばしにすれば大きなものを失う。
松陰先生のお言葉で、更新が滞っていたInstagramを更新することに。
先日松陰神社で引いたおみくじの一番下には松陰先生マメ知識が掲載されていて
1年2ヵ月の野山獄収監のとき、約600冊の本を読んだと書いてあった...。
それは1日に1冊半を読んでいたことに!!
インプットもアウトプットもチリも積もれば山…
そんなことでBLOGにも転載します。
以下
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松陰神社のなりたちは、
吉田松陰先生は安政6年10月27日
安政の大獄にて30歳の若さで刑死されました。
その4年後、松下村塾で学んだ松陰の弟子たち高杉晋作・伊藤博文らによって世田谷若林の地に改葬され
明治15年11月21日門下の人々が相謀り
社を築いて御霊を祀り今に至るようです。
東京都世田谷区にある松陰神社。
●〒154-0023 東京都 世田谷区 若林4-35-1
御祭神は、
もちろん吉田松陰先生。
若くしてこの世を去りましたが
その志は弟子たちに受け継がれ、
明治維新の原動力となったのは有名ですね。
ゲンコが好きなエピソードは
松陰先生が全国を自分の目で見て、
自分の脚で回りながら学んでいたこと。
欧米列強の存在を知り、
日本の将来に強い危機感を覚え、
日本全国の遊学…
九州を皮切りに北は青森・南は長崎まで。
5年で歩いた距離は、なんと!13,000kmだったそうよ。
これは、私の中山道を走る旅にも刺激を与えました。
虎は死して皮を留め
人は死して名を残す…(十訓抄)
松陰先生(虎之助)は令和の今も
皮(大和魂)や名を残してくださっています。
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