
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
写真は、高2か高3の時のスキー合宿で、
担任のしんちゃん先生とクラスの女子全員と記念撮影したもの。
同窓会にも行けずだったし、卒業してからお会いして無いけれど、
おおらかで、いつもニコニコしていらっしゃったことを思い出します。
しんちゃんの一番の思い出は…
「じゅんち!髪が綺麗やから、卒業しても絶対に染めたりパーマかけたりするなよ」
って言ってくださったこと。
若い頃、髪を染めたりパーマかけたりするたび、しんちゃんの言葉を思い出して
「あいたたた…」となっていました。
今はカラーもパーマもやめてるので、先生の言いつけをちゃんと守っていますよ。
マーチングバンドを指揮する姿がイキイキしてメッチャかっこよかったな。
写真を見返すと、しんちゃんが若いこと!
誰にも若い頃があり、花時があって…
しかし、若さは必ず衰えていくし、
生老病死の四苦からは逃れることはできません。
自分の思い出や人生で関わった方が天国へと旅立っていくたびに、
我も必ず生老病死を迎えるのだと、考えてしまいますが…
心を明るく持って、楽しく老いてゆきたい。先生、わたし…できますかね…。
しんちゃん先生、天国でも楽器を演奏しているのかな。
ほんま、いい先生だったな。
ありがとうございました。
昔から、自分の脚で、行きたいところへ行って、知らなかった風景や経験に出会う…感じる…思う…。
これは、昔から人が求めてきたこと。
古事記・日本書紀。
更級日記、蜻蛉日記、東海道中膝栗毛…などなど。
そして今読んでいるセブンサミッツの1つ、アジア最高峰のあの山での出来事を小説にした「空へ Into Thin Air」(→これは悲劇な結末のストーリーだけど)。
などにも、旅での「こと」が記されています。
「先生!高知へ行ってきました!!」と、いつもレッスンを受講してくださっている80代のお客様からお土産をいただきました。
探し回ってもなかなか無くて、残りの1つを見つけてくださった様です。
そして、思い出話を聴かせていただきました。
人生100年時代。
いつまでも、〝出会う、感じる、思う〟ができますように。
今日もサポートさせていただきましょう。
仕事の前に読んだ本。
「白洲正子のきもの」

はぁ…とためいきが出るくらい、白洲正子さんの素敵な着物を沢山拝見させていただきました。
ここしばらく執筆活動が忙しく、着物に袖を通す機会がありませんでしたが、
読書でパシッとスイッチが入ってしまい、帰宅後 久しぶりに着物を着てみました。
青の大島紬に、昨日買ったピンクの名古屋帯でお太鼓を作って合わせてみる。
それはそれで良いのですが…帯揚げに帯締めに…なんだか重い。
もっとカジュアルに着ていたい。
今朝読んだ白洲正子さんのご本によると、ふだん帯は半幅帯にしてらくに着ていた様です。
その一文を読んで、私の心もらくになりました。
お太鼓をほどき、ピンクの半幅帯でカルタ結びで合わせてみたら、すごく動きやすい。
がんばっちゃうと続かないから。
張り切って着物を着るのではなく、意識しないで着たい。
サラッと普段着を選ぶ様に…。
何でもそうかもね!
運動も、かしこまって準備したり、張り切ってするよりも、
らくに楽しくできるものが続きますね。
テクテクと歩いてミナミへ。
お友達との約束の日。
10代の頃から、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のアルフレードとトト少年のように、自分よりも数十歳、年齢の離れたお友達と過ごす時間も大切にしたいと心がけています。
今日ご一緒したお友達は、20歳以上年の離れたお友達です。
私が大阪に引っ越してきてから、ずっとずっと長いお付き合いです。
お買い物に行ってきました。
世代を超え、趣味を超え、住んでいる地域や環境が全く違うと、新しい知識や知恵、気付きを与えてくれます。
自分じゃ、絶対行かないだろうな…という場所へ行ったり、考えもつかない意見が聞けたり。
おそらく、私が歳の離れたお友達と同じ年代になるころには、今とは社会の仕組みがガラッと変わっていると思うので、生き方はイコールではないかもしれないけれど、本当に勉強になります。
自分の世界に無いお店…ハンドメイドの材料が沢山販売されていました。
一緒に選んでいただいて、名古屋帯を2本ゲットしました。
このようなモノにも会えました。
お友達おすすめの全国から集めたうまいもんの店で、アイスにかけても美味しい小豆島のお醤油と、そのまんま食べても美味しい佐賀のお味噌を購入しました。
楽しいひととき過ぎて、質問したい事を忘れて帰ってきました。
…というか、ほとんど話を聴いていた(笑)
またお会いできる日を楽しみに。
これは、昭和初期のラジオ体操普及のパンフレット文です。
ラジオ体操は、福祉の増進と国民の経済生活の安定を目的として1928年(昭和3年)『国民保険体操』として開始されました。
これが初代ラジオ体操です。
※国民保険体操の動画をYouTubeで見つけました。
すごい…めっちゃシンプルや…。
見た事、やった事が無かったので、やってみました。
大東亜戦争後、初代ラジオ体操はGHQにて廃止されました。
ラジオ体操は、日本全体に流れるラジオに合わせ、一斉に身体を動かすという行為や、国旗掲揚・国歌斉唱と、ラジオ体操が連続して進行されたことが、国家の一体性を象徴するものとして捉えられました。
しかし、すぐ(昭和21年)二代目ラジオ体操が再開されることになります。
戦後間もないという時期的なことや体操の内容が浸透しないなど、様々な問題があり、中止となります。
そして、1950年(昭和25年)国民の60%がラジオ体操の復活を望み、世論に押し出されたことにより、1951年(昭和26年)に、ラジオ体操第一(今も行われているラジオ体操)が制定されました。
さらに1952年(昭和27年)には「職場の人々」を対象としたラジオ体操第2が制定ました。
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ラジオ体操は、中断があったり内容が変わったりしても、長きにわたる歴史があったのですね。
ある伝統文化を普及する先生が
「100年続いたら伝統文化になるよ。エアロビックダンスもそうなるといいね。」
と言葉をかけてくださったことがありましたが、→そうなったらいいけれど。
考えてみたら、ラジオ体操は、日本の伝統文化の1つになりそうです。
「いつでも、どこでも、誰でもできるもの」そして「健康・づくり」は、時代を超えても大切なこと。
そして、〝いつまでも健康でありたい〟という願望は、どの時代も普遍であります。
私も運動指導をするものとして、「特別な設備や技術がなくても」、
「いつでも、どこでも、誰でもできる」ように…
そんな指導させていただくことを、これからも大切にしていきたいです。