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健康サポートプロジェクト 坂田純子

■健康運動コンサルタントです。 [専門] ●ウォーキングやランニング、健康体操、生活習慣病予防・呼吸器系・循環器系に有用性のある有酸素運動指導など。 ●自体重やツールを使い、しなやかな身体づくりをするボディメイクを提供。 ●アロマやキネシオロジー(整体)を活用したボディケア、脚の測定や診断・アドバイスなど ●健康コラム・エクササイズ監修

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2021年12月31日 (金)

■【2021年大感謝祭】今年も干支の活学・2022年「壬寅」をよむ

安岡正篤先生曰く、
「人間は幾歳になっても「化して行く」ことが大事であります。
といっても、ただ化することはできない。
やはりそれだけの〝きっかけ〟が必要であるし、また化するだけの〝意味・信念・哲学〟を持たなければならない。
干支はその〝きっかけ〟をつくる上にまこと意義深いものがある。」とおっしゃいます。

干支は占いではなく、生命の発生・成長・収蔵の過程、あるいはエネルギーの変化の過程を時代に当てはめて解説したもので、先達が残してくれた歴史と経験の哲学。

年末年始に干支を読むことはもう十数年続いていることで、本格的に四柱推命を学びに通ったこともあります。(人の人生をよむためではなく、社会の風と波にうまく乗るための学びです。)

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そんなことで、今年も1年を振り返り、安岡正篤先生のご本を片手に来年の干支をよんで過ごしておりますよ。

去年の年末は、2021年「辛丑」をこう過ごそうと宣言していました。

〝牛歩・持久力(継続)・結ぶ〟のキーワード。
丑はゆっくりゆっくり着実に進む象徴。
また物事を変える意味。
なかなか進まずの伸び悩むが、昔からの努力や夢をあきらめず長期的に牛歩で進めば変わる。
できることで、ご縁を結び・つなげ・力を合わせて頑張っていこう。
コロナ対策は引き続き続けていくこと。

こんな2021年の見通しができた。
キーワードをもとに丑のようにどっしり動いていきたい。


よって、牛歩でマイペースを心がけ、出来ることを行っていきました。


コロナ禍によって制限されたことも沢山ありましたが、新しくできるようになったことも多かった様に感じます。
物事を変えるため…という事もありますが、10年の節目で事業を「法人化」しました。
2021年に動いてきたことが、未来に繋がると良いです。

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去年はコロナによって自粛させていただいたお礼参り。
今年は毎年恒例の大神神社へお礼参りさせていただきました。




さて、来年は干支(かんし)でいうと壬寅(みずのえ・とら)年。

1つずつよみながら、来年をどう過ごそうか思案する日でございます。

●壬(みずのえ)について(参考:安岡正篤先生「干支の活学」)


「壬」は十干の9番目にあたり、壬には3通りほどの意味があります。

1つ目の意味は、「壬」の字は、中の一が長く、胎児ならば大きくなってお腹が膨らんでいる姿を現し、妊娠の妊に通じると言われます。

2つめの意味は、「ひっ提げる」と言う意味があります。
いろいろな問題を持たねばならぬという事から人偏にすると任と言う字にもなります。
また荷を担うという意味も持ち、事を担当する、役目に就く、責任を持つという意味に用いられ、任命・任用という言葉も表しています。

3つ目の意味は、「へつらう」と言う意味です。
任は、意思が弱く人にへつらう人間のことを任人というように、軟弱な木でしなやかで弱いことにもつながり、人に最も注意を払わなければならない年だと言われます。

前年からの諸問題が一層増大して、そのために任務・仕事がますます惹起してくる。
したがってそれを立派に処理する、事に任ずる人が出て来なければいけない。
しかし、私心・私欲・野心を持つ人が出てくると見なければならないので注意が必要。

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「壬」は陰陽五行論では「水の兄(水の陽)」
大河の象徴。大きな水の流れ。
五行の「水」は静寂・堅守・停滞・冬の象徴。
「陽」は激しい・大きいといった意味。
よって「壬」は、厳冬、静謐、沈滞を表している。
冬の期間は草木があまり成長しない。

●壬を東洋の考え方で見ると…(参考:キネシオロジー)


壬に相当する季節は冬。
動物が冬眠するように、栄養と体力を温存させておきましょう。

膀胱を養生をすると良いと言われます。
特に、塩分の摂りすぎ注意。
骨・髪に病状が発症しやすい。
恐れる・驚く・栗(リツ)の感情に注意。

●寅(とら)について(参考:安岡正篤先生「干支の活学」)

「寅」は十二支の3番目で、生命の循環で言えば初めの位置に近く、誕生を表しています。

文字の意味は、豊穣を助ける螾(みみず)が土の中で活動し、春の芽吹きが始まった状態。
「寅」の字の真ん中は、手を合わせる、約束する、誓うの象形で、下の八は人を表しています。
寅畏(いんい)という語に寅が使われるように、意味は「つつしむ」ことであります。

また寅は演に通じ、進展を意味します。

助けることにもつながり、謹んで協力することを寅亮(いんりょう)ともいい、
転じて、同寅(どういん)と言えば同僚であり同僚の誼(よしみ)の事で、寅誼(いんぎ)と言います。
志を同じくするもの相約し、謹んで時務を進めなければなりません。

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「寅」は陰陽五行説では「木の陽」に分類されます。
季節は新しい芽が出る立春の2月。
物の芽が地面から出て引っ張り出して伸ばす。
五行の「木」は成長・発育・誕生・春の象徴。

●壬と寅の組み合わせについて(参考:四柱推命資料)


「壬」と「寅」の関係は、「水生木」の「相生」と呼ばれる組み合わせとなります。

「水は木を生ず」水が木を育てる。
つまり「壬」が「寅」を補完し強くする関係となります。

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寒さや冬の中でも芽吹くものがあり、冬が厳しいほど、生命力が溢れるように芽吹くことを表します。
冬が厳しくてめげそうになっても、〝必ず生まれる!大きく成長していくのだ!〟という事を頭に置きながら過ごそうと思います。

そして、人を見る目や人選はとても大切。
任せるべき人・信頼できる人にはしっかりと任せ、相互に協力しながら時務に当たることで発展させていきたいものです。

[さいごに]───────────────────

安岡正篤先生は、「時代の流れや、天変地異を読む時の基本は60年」とおっしゃいます。

60年前の壬寅は、昭和37年(1962年)。
その当時を振り返ってみると、薬害問題や火山の噴火(2件)・九州・西日本に豪雨で死者・不明227人の他、列車事故など。
大きな問題もあった一方、北陸トンネル開通やテレビ契約の件数が多数になったことや東京都、世界初の1000万都市になるなど、経済発展の「芽吹き」もありました。

平穏無事に…というわけにはいかないかもしれませんが、冬の後には必ず春が来ると、前を向いて過ごしたいと思います。

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楠公さんや正行さんのゆかりの場にもお礼参り。
今年の走り納めも無事終了。
今年も健脚で過ごせたことに感謝です。

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弟の手が加わった手打ちそば、最高に美味しかったです。
よき年越しです。

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コロナ禍二年目の冬。


関わってくださった皆様、
相変わらずお付き合いくださった皆様、

お客様、企業様、家族、友人…
本当にありがとうございます。

健やかな良い年をお迎えください。
新年のあいさつは喪中につき失礼させていただきます。

*☆*―――【感 謝】―――*☆*   

2021年12月13日 (月)

■[大阪史跡]堂島薬師堂 #健康歴史ウォーキング

本日も仕事前に『2022年開運街巡りウォーキング(残席わずか)の下見です。
ランニングで行ってまいりました。

普段見慣れていて気にとめない景観も、川の歴史を知ると、大阪がどのように発展していったのかがわかります。

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↑ 志じみばし跡

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↑蜆川に沿ってカーブしている道

蜆川(曽根崎川)はもうありません。
明治14年の「北の大火」で焼失し、瓦礫を川に捨てたことで埋め立てられ、今は北新地になっています。
そして、堂島川は今でもたっぷり水が流れています。

そんな蜆川と堂島川は、江戸時代、干しあがっていて、水が流れていなかったそう。

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↑堂島川にかかる渡辺橋

蜆川と堂島川を整備したのが河村瑞賢(かわむらずいけん)
広く掘り広げて水が流れるように整備しました。
掘った浚渫土(しゅんせつど:海底や河川の底を掘削することにより発生する、土砂やへどろ)は堂島に盛ったとか。

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蜆川と堂島川には推古天皇の時代から中洲がありましたが、中州に薬師堂が建っていました。
今の堂島アバンザのあたりです。
船で渡る時にも遠くから薬師堂が見えたことにちなみ、地名が「堂島」になったそうです。

今は中洲にはオフィスビルが立ち並び、薬師堂はキラキラ光るミラーボールのように変わりました。

しかし、お堂の中には今でも薬師如来像(病気を治すということで古くから信仰があります)、弘法大師像、地蔵菩薩像がいらっしゃいます。

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↑合掌した形のモニュメント。蝋燭をお供えします。

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古地図を片手に…。
昔の景観から、川と共に町ができ、経済も学問も発展していったことが読み解け、今昔を比較するととても面白いです。

2021年9月15日 (水)

■[大阪スポット]適塾:今も昔もたいして変わらず。大切なことは同じ。

調べたかったことを調べておりました。
天然痘と種痘についてや、HPVワクチン薬害の歴史や経緯などです。

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〇天然痘と種痘について:

ワクチンの世界初は、天然痘撲滅のために開発された牛痘(ぎゅうとう)でした。

1769年にイギリスでエドワード・ジェンナーが雌牛からとった牛痘を使って人類初のワクチン開発に成功したことにより誕生しました。

そして、牛痘接種が全世界で進んだことにより、1980年WHOが「天然痘は全世界で撲滅した」と宣言しました。
ワクチンの語源はラテン語のvacca(ワッカ:雌牛)よりきているとか。

※次に、私が知りたい事は、この時、どれくらい世界で牛痘接種が進んでいたのか?
日本でも歴史的な人物が感染症で沢山亡くなっていますが、当時どれくらいの国民に浸透していたのか?という疑問。→次の課題ができました。


日本でワクチン接種が本格化したのは嘉永2年(1849年)。
鎖国真っただ中のことでした。
ワクチン接種を進めたのは、大阪・適塾の蘭学者、緒方洪庵(1810~1863年)と洪庵を中心とする民間蘭学者の仲間たち。

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読者の皆様は、ワクチンって、何かご存じでしょうか?

定義上だけで言えば「病原体(ウィルス)から作り、これを人体や動物体に接種し体内に抗体に生じさせ予防する薬品」と言われます。


実は、ジェンナーが牛痘を開発し、海外から日本に入ってくる前、緒方洪庵よりも早く、福岡県の藩医・緒方春朔が原始的な毒を以て毒を制す方法で感染予防をしていました。
「患者のカサブタを鼻から吸う」という日本独自のワクチンです。

人のウイルス(人痘)を使う方法は、獲得免疫が上がり、なんとまさにワクチンの定義にピッタンコな方法ですね。
のちに牛痘を普及させる洪庵も、牛痘を手に入れるまで人痘を使った様ですよ。

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〇HPVワクチンについて:

話は変わりますが、HPVワクチンは、子宮頸がん予防のためのワクチンですが、子宮頸がんの原因となるハイリスクのウイルス15種類のうち、16型と18型にしか効果がないという説があります。


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見えない未知のウィルス対策のために、ワクチンを接種するということも大切だと思いますが、それで安心してしまうのではなく、「もしかしたら…完全には効かないかもしれない」という事も頭に入れておくことも大事だと思います。
過去の歴史がそれを教えてくれています。

一番大切なのは、本来自分が持っている自然免疫が機能できる様、しっかり予防対策をしておくことではないでしょうか。


緒方洪庵は、牛痘の貢献他、日本にコレラが流行したとき、治療にあたりながら、治療手引書『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』を発刊し、感染予防に尽力しました。

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〈虎狼痢治準(ころりちじゅん)』の発刊後、さまざまな洋書が訳され江戸幕府が発刊した書物より〉

「身体と衣服を清潔に保つ」
「室内の空気循環をよくする」
「適度な運動と節度ある食生活」
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など、コレラ予防も、現在の風邪予防対策と何ら変わりはないですね…

うがい手洗い、お風呂に入って清潔に。
そして換気をしっかりして、
汗ばむ程度の適度な運動(きつすぎるのは逆効果)と栄養しっかり心がけましょう。

2021年8月18日 (水)

■令和に想う江戸の暮らし④ 浴衣と風呂敷の語源

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着付け教室でした。
着付けが難しい身幅の広い浴衣と、結ぶのに硬いと言われる博多帯を、風呂敷に包んで持参しました。

盆踊り臭がプンプンしていますが、
大好きな浴衣の柄と帯なので着こなせるようになりたいのですshine

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今日は先生に、着付け他、浴衣と風呂敷の語源を教えていただきました。

●浴衣の語源と江戸時代のお風呂


室町時代の終わり頃に入浴を楽しむ目的で作られた「湯屋」(お風呂屋さん)が登場します。

入浴時に身につける肌着として使われていた「湯帷子(ゆかたびら)」が浴衣の始まり。

その後、江戸時代に入ると湯屋の数も増え、浴衣は湯上がりに身につける着物としてその役割を変え、その後は外出時にも着られる着物となっていったとか。

ちなみに江戸初期のお風呂は、浴槽ではなく蒸し風呂。
つまり、サウナのようなスタイルで〝体を清める〟意味合いだったそうで、ここからは勝手な解釈ですが、今…よくサウナに入ったら「整った」と言いますが、昔からサウナは身体を清めて整える場所だったんですね。

以前、江戸時代のお風呂を見せていただいた時、サウナみたいな形をしていたのを思い出し、今日学んだ事とつながりました。

●風呂敷の語源


お風呂に入る時、布に必要な物を入れて持ち歩き、広げることで自分の場所を確保し、敷いて身づくろいをしたり、入浴後には足を拭いたりしていたそうです。これが風呂敷の語源。

着付け教室で、着物を風呂敷に包み、その上で私も当時の湯屋のようなことをしていましたから…納得でした。

日常で当たり前に使っている言葉。
その語源を意識することは無いけれど、語源を知ることで、言葉が生まれた背景が理解でき、世界が広がったなぁ。

頭の中が整いました!

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江戸時代の湯屋です。町民も入れる時代のわりと新しい造りです。
大阪は床が石敷き。よく転んでいたそうです。

サウナの様な蒸し風呂は江戸初期。
この入り口をかがんで入ったもようです。
湯帷子(ゆかたびら)を着て身を清めました。
(※一昨年前に見学したくらしの今昔館)

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脱衣所に風呂敷を広げて身づくろいしていたんですね。
わりと新しい造りなので、盗難防止の脱衣箱があります。
その昔は無かったようで、風呂敷に衣類をくるんでおいたそう。

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のちに、湯をはり湯船になります。すいふろ(水風呂)と言います。
↑この写真は湯をはるタイプのお風呂です。
湯屋で沸かすお湯の温度は50度と、かなり熱め。心臓に悪そう。

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最後にかけ湯をいただいて、あがるとか。

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湯屋の壁には引き札。今で言う広告です。

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お風呂は、はじめは大名や侍しか入れなかったようですが、
後に町民も入れるようになっていきました。

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ちなみに、これが町民の湯をはるタイプのお風呂。
丸見えです。大きな板を置いて丸見えにならないように目隠ししていました。

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大名のトイレ。

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町民のトイレ。
この写真には、扉がありますが、町民が使うトイレには、だいたい扉が無いらしい…。
丸見えです。

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日本のことについて学べば、また別で学んだ日本の事と繋がって、どんどん世界が広がっていく。
まるで、脳のシナプスの様で面白いです。

今日学んだ着付けを復習して、難しい身幅大きめのサイズの浴衣や、結びにくい博多帯をうまく自装できる様になりたいです。

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帰りは、中山道を前進するためのトレーニング。
お教室の近くの公園で、速歩を10000歩し、またまた歩いて近くの駅まで帰りました。

今朝の大雨後で、キノコがニョキニョキ。
私の自装の成長もニョキニョキと伸びますようにbud

2021年6月23日 (水)

■今は昔

大阪城公園の木下大サーカス。
今週末あたりから少し賑わうのかな。

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サーカスのテントを見ながら、
子供の頃にお父さんに連れて行ってもらったサーカスにドキドキワクワクしたなぁ…なんて回顧する。

あの頃は「キグレサーカス」…
空中ブランコにうっとりし、
バイクが円形のドームの中を爆音でグルグル走るやつは、うるさかった。
キグレサーカスは、1942年創業で約70年の歴史を持つ老舗サーカス団で、
今はもう倒産してしまって無いのだけれど、子供の私を夢の世界に連れて行ってくれた。

今は、おばはんになってしまったけれど、今でも夢の世界に行けるんだろうか…
それとも…
もう眼(まなこ)は、雲ってしまったのだろうか…。
穢れなき心はまだあるのだろうか…。

サーカスを見てみたいな…と思った今日の人生。

エンタメ業界もコロナで大変やりにくく、パフォーマーさんたちも大変だと思います。
心が動いて感動しても歓声を届けられないのが残念だけど、
サーカス、観に行ってみよう!

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2021年6月13日 (日)

■東京五輪

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昭和レトロ
(20世紀記念切手)
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懐かしい切手をみーつけた。

当時の公式ポスターのアレンジ切手だそう。

1964年(昭和39年)アジアで初となる第18回オリンピックが東京で開催された。

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日本選手は金メダル16個、銀メダル8個を獲得するなど大活躍した。

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絵柄が全部懐かしいと思ったら、立派な昭和の達人だわよ。


しかし…

これが、通ってしまうって。
不平等すぎるなって。

多様性を認めるのは素晴らしいことなのだけれど、
もう何でもOKの感じは、ご時世なのでしょうか。

トイレ然り、お風呂屋さん然り。
もうすぐ「女性専用」なんて言葉も無くなっちゃうんでしょうかね。
弊社のスタジオも、女性専用なので気になるところです。
ある程度の枠や垣根は、これまで通り守られてほしいものですが。。。

「多様性」とか「誰もが認められる」とか、声を荒げている方ほど差別しているように見えてしまいます。

東京五輪から、競技が見れるんでしょうか。どうなんだ、IOC。
女子も男子も、
頑張れ!

2021年5月21日 (金)

■大好きな空間、物体、この位置、この地点

〝きもの番長〟bookをパラパラと見ていたら、昭和レトロな喫茶店でクリームソーダが飲みたくなった。

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もちろん、クリームソーダは身体に悪そうなエメラルドグリーンのアレ!

すごく好きだった喫茶店の1つに、小樽の「さかい家」がある。

大林宣彦監督の〝はるか、ノスタルジィ〟のロケ地だった場所。
2006年に札幌へ出張に行った帰りに、ふらりと立ち寄っていた。

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絵は、これまた好きな野口久光さんの。

今もあるのかな?…なんて思って調べてみたら、前のお店は閉めてしまって、経営者が変わり、今は「くぼ家」になっているとか。
レトロな店内の様子は、そのままだとかで…。
また行ける機会があるかも!とワクワクした。

「一期一会」という言葉は、人との出会いや別れに使われがちだけど、時間も空間も季節も、自分の肉体も、物も…なにもかもを含んでいる。

人は生きている限り自分の中に時間が流れ続けていて、じゃあまたね!って、次に会える未来の約束ができるが、
むしろ失われていくのは空間であり物体で、この位置、この地点の方。

思い出の場所や瞬間は〝一期一会〟

このコロナ禍で、それぞれの好きだった場所が、どれだけ無くなったんだろうか…。

そう思うと、中山道も再開したいけれど、早く、身近な大好きな空間、物体、この位置、この地点を感じに行きたいな。

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(写真は、2006年6月の小樽一人旅にて:さかい家)

2021年4月29日 (木)

■[2021.4.29 昭和の日]報恩感謝

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ただの野ざらし日記 
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「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」という事で、先人たちの御霊に感謝の気持ちをささげたい日。


大東亜戦争では、多くの日本の先人達が命を失いました。
そして、戦後、日本の高度経済成長を支えたのも我々の先人達。

自分の今日の生活は、尊き命や努力の上に成り立っていることを忘れたくないと思います。

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梅田

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ミナミ

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阿倍野

私は、高度経済成長の中で生まれた人間なので、戦前・戦中の昭和は、話を聞いたことしかないけれど…
自分が歩んだ昭和を振り返っただけでも、色々進化していて凄いなぁ…と感動してしまう。

車も電化製品もトイレもお風呂も…進化したなぁ…。
「これからはβやで!」と勧められて買ったベータビデオデッキにMD(ミニディスク)
あれは、どこへ行ったんやろう。
ピンクレディはケイちゃん派やったな。

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ウルトラマンはセブン派やったな。

緊急事態宣言前に、人生の大先輩と話していたら
「1960年代、〇イミーは頭が良くなると教えられた」と聴いて、
ビックリした事があった。

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 昭和、ありがたいことに、平和ボケでボーッと過ごしてしまったけれど、楽しかったな!
 
コロナ禍で気落ちする今日ではありますが、昔を想えば、今も乗り越えられないことはないのだろう…。
将来にワクワクと思いを馳せ、できることを実践躬行していこー。

先人の皆様、ありがとうございます。

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コツコツ集めている昭和レトログラス。

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毎年ゴールデンウィークに、五穀豊穣を祈って舞楽を神社に奉納していた。そのときの練習カセットテープとMD。


2021年2月22日 (月)

■特別な価値

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  特別な価値
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まだ緊急事態宣言下ではあるが、色々思う事があり、計画していた家族旅行を実行。

愛犬と一緒にゆっくり宿泊ができる事や、故郷にお金を落とせるということもあり、福井県の芦原温泉〝月香〟さんへ。

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電車でもおとなしい愛犬。

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福井は雪が残ってるよ。

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月香さん。愛犬とゆっくり宿泊ができるお宿。




芦原温泉駅に到着し、今の街の様子を見て ちょっぴり呆然…。
記憶が、元気だった20年前で止まっているので仕方ないが、温泉街はもうだいぶん廃れていた。
廃れていく過程をすっ飛ばして 廃れた風景を見るって、結構ショックなもので…旅行する前は、まさかこんなショックな気持ちになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。


火事で無くなった旅館や、経営悪化で廃墟になっている旅館。
また歴史そっちのけで安っぽい看板に変わってしまった老舗旅館など。
その上、コロナときているから、温泉街はあきらかに厳しい。

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館内も愛犬と一緒に歩けるのはすごくいい。

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サービスでレンタルできるお散歩バッグ。

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ワンちゃん変身グッズ。撮影ブースもあるよ。


そんな寂れた温泉街の中でも、月香さんは、愛犬と一緒に過ごせる旅の時間を提供してくれる事に特化していて、愛犬家にとって嬉しいサービスをめいいっぱい提供してくれている。

頑張っている姿を見て、私もあちらこちらに〝心づけ〟を弾ませてきた。

今は、国内旅行と言えばネットや旅行会社が窓口になり、すでにサービス料が含まれているので、基本的には現場で〝心づけ(サービス料)〟を渡す必要が無いとされといるが、今の厳しい社会だからこそ、どんな業種にも〝心づけ〟は あったらいいなぁ…と思ってしまう。

まぁ、それはさておき…

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250畳のドッグラン。

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外のドッグラン。ローマ字のブロックが1つ足りない。



250畳のドッグランdogで走りまわる愛犬は笑っていたし、旅館内を歩くのも楽しそうだったし、ワンちゃん用の懐石料理も美味しそうにペロリとたいらげていて、むちゃくちゃかわいかった。

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ワンちゃん用懐石。

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待て!

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はやくたべたい…

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ワンちゃん用朝ご飯。

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いただきます!

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ちなみに、私たちの分の懐石料理も、旅館で出る食事メニューのランクをはるかに超えていた。
中居さんはみな愛犬家らしく、うちの子に優しく声をかけてとても良くしてくれた。

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楽しい♬

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廃れた温泉街を見てショックな気持ちも残るが、
なにより 愛犬が笑って過ごせたのが一番嬉しく、記憶に残る旅となった。
2日間興奮状態で、今愛犬は馴染みのある布団でぐっすり眠っている。

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時代が変わりピークを過ぎると産業は衰退していくが、その中で新たに特別な価値を創造しホスピタリティと共に提供する事の大切さを学んだ…。



●ワンちゃんと泊まれる宿 月香
〒910-4105 福井県あわら市舟津9−8


2021年2月16日 (火)

■ 自分新聞 大スクープ『宝物が見つかる』

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 自分新聞 大スクープ
 『宝物が見つかる』
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先日は、自分にとって特別な日だった。
そんな特別な日のタイミングで、弟からの連絡。

〝おめでとう!整理してたら見つかったから、また郵送するわ〟と、私が生まれた時から使っていた母子手帳の全ページの画像を送ってくれた。

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!!!

思わず画像を見た瞬間、エンジェル・フォールの様にドドドと涙と声が出た。

Photo

もうすっかり無くしたと思っていた。

自分の出生時刻に興味を持つ頃は、物心ついたころ。
そのころには既に母は天国へいってしまった後で、祖母に「私って何時に生まれたの?」聞いてみたりしたけれど、「〇〇時頃だったと思う…」というあいまいな情報しか得ることができなかった。

仕方ない。
兄弟が3人いて、祖母も孫育てに忙しい真っ最中だったから覚えていられない。
数十年かけて 正確な自分の出生時刻がわかったことは、感動で心が震える。

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毎年正月に、干支をよんで、1年こういう風に生きようという計をたてるのだが、一昨年に、少し掘り下げて勉強してみたいと四柱推命を学びに行った事がある。

四柱推命は、生年・月・日・時の 四柱を元に様々な運勢をよみといていくのだが、出生時刻はとても大切で 時刻がないと「時柱」が出ない。

自分自身を表すのは「日柱」なので、出生時刻がわからなくても〝まぁいいか…〟とも思うのだが、ピースが足りずに、何十年も完成できないパズルの様な気がして ちょっと寂しい気がしていた。

しかし、もう四柱推命の「時柱」のパズルピースはどうでもいいと思った。
なぜなら、送られてきた画像を1枚1枚見ると、私が発育発達していく過程や 検診や予防接種の記録が詳細に書かれている。

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母が、育児をしながら書いた筆跡や文から、あたたかい愛を感じることができたからだ。
不思議な感覚…目の前に母はいないけれど、自分の身体を介して母の体温を感じた気がする。
母子手帳もどんどんデジタル化しているから、データが残れば紛失の心配も無くなるのだろうが、やはりアナログの文字って、本当にあたたかいな…と思った。

※ちなみに、今朝この感動を人生の大先輩に聴いてもらったら「私の時はまだ母子手帳は無くて、家で生まれた」…って。「母子手帳」が配布され始めたのは1948年からだそう。

そんな時代に生んでくれてありがとう!
そして、弟よ!本当にありがとう。

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↑ J・ピアジェ 久々に目を通しました。