■ハルビン朱の曠野
AIで壁打ちしたら、世界から数多くのキーワードをまとめてくれて、
瞬時に文章がスラスラ出てくるのだと思いますが、
私はまだまだ自分の頭の中にある言葉でこの記事を書いています。
すごく時間がかかって効率が悪いですが
言葉って、本当はとても大切で、重くて、繊細で。
言葉からもその人の気持ちが伝わってしまうほど呪術的で慎重なものだと思っています。
アウトプットするのに、時間がかかるものだと思うのです。
この記事は、何度も何度も手が止まり、何時間もかかりました。
数年前にウォーキングレッスンの扉を叩いて下さってから、
ずっとBodyLuxとお付き合いいただいているコミュニティ仲間が
クラウドファンディングをされたので応援させていただきました。
資金調達プロジェクトは、二十二年前にお父様が書いたご本を再出版し、次世代に伝えたいという願いです。

先日、返礼品のご本が届きました。
「ハルビン朱の曠野」です。
表紙を見た時に「こうや」の「こう」が今は使われない旧字というところが
既にページをめくる前に「忘れてはならないことがある」と訴えかけているような気がしました。
筆者であるお父様は、戦時中、8歳頃、中国残留孤児として戦争体験をされています。(翌年日本に戻られています)
8歳と言えば、脳の8歳臨界期といわれ、脳も体も成長し、動きや言語のモトが確立される頃。いわゆる物心がつく頃です。
そんな大切な成長期である子供が、惨禍に身を置かれたことは、私なんぞが想像できるものではないでしょう。
安心・安全にノビノビと暮らすのが子供としてあるべき姿であるのに、とてつもない辛い体験をされ、色んな感情や情動と共に、体にも当時の記憶が刻まれている体験が言葉となって伝わってきます。
…
平和という言葉は、誰でも口にする言葉です。
じゃ、何が平和でどうやったら平和でいられるのか
具体的に言葉や形にしてみろと言われると…ととても難しく
「平和」という念仏を唱えるだけになってしまいます。(私はなってしまっています)
戦後に生まれ、高度成長期の昭和、平成、令和と…
いわゆる平穏な時代を生きた自分は
平和とは何か?戦争とは何か?語る資格なんぞないですが、
「ハルビン朱の曠野」から、一生ついて回る答えの出ない禅問答の様な問いをいただいたような感覚です。
そして、最近何かとあきらめがちだった自分に
「あきらめず、歩み続ける」ことが
生きることだと背中を押してくれた気がします。

