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健康サポートプロジェクト

合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。

エストロゲン子の美活ウォーキング

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2022年8月24日 (水)

■多くを知ること

年齢を重ねるたびに
何か1つ予定を入れると
他の予定を入れられなくなってきている。
沢山予定を詰め込みすぎてしまうと
それがストレスになってしまうのだ。

若かりし頃は1日にいくつも予定を詰め込み
それをこなすことが心地よい達成感と刺激になっていたものだが(笑)

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本日はオンラインセミナーを受講した。
開始時刻は夕方だったのだが
中途半端な時間なので
出かけることもできず…。
読書に時間をさくことにした。



ちょうど昨日8月23日は
77年前にソ連のスターリン指導のもと
57万5千人の人がシベリア抑留された日だった。

現在は露とウクライナの戦争のことで
77年前のことがとても身近に思えて
日本史の声の「シベリア抑留」の章をもう一度読むことに。

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シベリア抑留とは
武装解除した日本兵の家庭への復帰を保証した
ポツダム宣言第九項に違反する国家的な拉致。
シベリアだけではなく、カザフスタンなどにも抑留されていたそうだ。
しかも、中には民間人の連行もあったようだ。


8月15日が終戦の日と言われているが、
そこで終わったわけではなく
その後もソ連による日本への侵攻が続いていたという事は、最近のBLOGにも記録している。

たった77年前の事である。



話は変わるが…
シベリア抑留の章を読み
思い出したのが
小林多喜二の「蟹工船」という小説。

これはソ連とは関係なく1926年の日本。
北洋漁業の蟹工船の中で
実際に起きた事件が題材となった(と言われているが)フィクションの小説である。

小説は文字をスラスラ読み進められなく、
14年前に出張中の新幹線で漫画を読んでいた。
当時のBLOGには
〝読んでいて受け入れられない思想や背景ばかり〟
と記録している。

蟹工船のストーリーは、うる覚えだが
力のある人に労働力を搾取されるような
貧困・労働…そんなストーリーだったかと思う。

数年後にわかったのだが、
蟹工船はプロレタリア文学で
資本主義への批判を題材にした様だ。
14年前に読んだときは、
蟹工船の背景が
資本主義と言うより戦旗派的に思え
シベリア抑留みたいだな…と感じた。

しかし、あのころ受け入れられなかった感覚は
今も間違ってないな…と思える。

世の中には、自分の思想に合うもの、
全く合わないものが沢山ある。
書籍もそうだ。
しかし、合わない思想のものからは
色んな気付きを得ることが出来る。
多くを知り取捨選択することで自分の思想ができていくものだな…と再確認した。



蟹工船の漫画を読んだ頃を振り返ると
日本中のあちこちを出張で飛び回っていたようだ。
1日にいくつもの予定があってもこなせていた…。
シベリア抑留の章の読書は
そんなキラキラまぶしい日のことも思い出させてくれた。

■【大阪・本町】つながるカフェ「コンセントカフェ」

大阪・本町のコンセントカフェ
11月のイベントのチラシを置いていただきました。

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コロナ禍になってからというもの
チラシを置いたり貼ったりしてくださるお店は
ほとんど出会えない…というのに。
(そんなつぶやきを書いた昨日のBLOG記事→コミュニティありき


コンセントカフェは、

リアルなつながりも
ネットでのつながりも
大切にしてくださるコミュニティカフェです。

オーナーさんは、

〝世界は人でできている。
人と人を繋いだら世の中、
絶対に面白いに決まってる!って、
皆さんもそう思いませんか?
私は、そう思って、このお店を立ち上げました。〟
…と。
素敵。


コンセントカフェは2時間550円で
ご利用できる時間制のカフェ。
大阪の本町にあります。
つながりに行ってみてください。

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■コンセントカフェ
●HP: https://concentcafe.jp/
〒541-0056 大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目2-14 2F



また健康サポートプロジェクトの天井も
コンセントカフェ・オーナーたちとトークショーをするようです。
興味がございましたら
ぜひご参加くださいませ。


●トークショー関連天井のBLOG記事:★★★




2022年8月23日 (火)

■コミュニティありき

2年前にリズミックウォーキングのクラスに
参加してくださった方に再会できた。

マスク姿という事もあったが、
雰囲気も少し変わっていらっしゃって
直ぐに気付けなかった。
2年と言う歳月は
昔と比べて時間の流れが早いのかもしれない。

コロナ禍が背中を押すように、
社会のシステムもずいぶん変わった。
ひとつ取り上げるのならば、オンライン化である。

オンライン化は便利ではあるが
問題点は情報通信機器が使えないと
情報を得られず、知識や機会、貧富の差など
情報格差が出てくるという事である。

デジタルディバイド:
情報格差ともいい、情報通信技術を利用して恩恵を受けるものと、
利用できずに恩恵を受け取れない者との間に生ずる知識・機会・貧富などの格差。


話は変わるが、11月に開催するイベントチラシを
置いていただこうとお願いするのだが、
今、ほとんどの店舗がチラシを置くことや
自分の店以外のポスターを貼ることをやめている。

こうなったら、これまでチラシやポスターから情報を得ていた人は
情報を得れないし、オンラインを使えなければ
情報が行き届きにくくなり、
身近な人からしか情報を得ることができなくなってきているのだ。

デジタルディバイドについて調べてみると
情報に貧しい傾向は、
「60歳以上、所得が200万円未満、女性、地域は東北や北信越、町・村にお住まいの方」
これらのキーワードが高く
情報を得たいことは

●自分や家族の健康
●生活上での悩みや不安

これらが多いそうだ。

問題を解決するのがコミュニティへの所属なのである。

社会問題を解決してくれるのがコミュニティであり、
イベント開催は、コミュニティがある上で
コミュニティのオフライン交流会と言う付随のものになってくるのだと思う。
イベント開催はコミュニティありきなのである。

そんなことで、11月開催のイベントは弊社のコミュニティ所属の方や
私から情報を受け取れる方以外に広げていくのは
難しい…と感じるとともに、
さらに目の前に人たちを大切にしていこうと思った。

情報を受け取ってくださり、
ネットや口頭でお申込みしてくださっている方々に感謝。

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今日のお疲れさん

2022年8月22日 (月)

■高いには…訳がある

ようやく連載原稿の撮影や執筆を終え、
次は資格試験の小論文や問題集に取りかかる。

そんな中でも
日々のジョギングやウォーキングや
読書の時間がシッカリもてている。

それは、コロナがやってきたころから
TVをつけなくなったことが大きく影響しているかと思う。

見たい番組がなくても
TVをBGMの様につけていたころは
時々手を止めてはTVを眺めてしまっていた。

TVの無い静かな今は、
気が散ることも無いので
集中でき生産性がUPする。

気が散らない…というのは、
時間に余裕ができることだなと感じる。

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話は変わるが、弾丸の東京の旅は
行きも帰りもグリーン車を使わせていただいた。

ざわざわしていないし、
割と空いているし、
仕事や読書に集中できるし…
座席もゆったり広いので
疲れていたらグッスリ眠れる。

料金は普通席や指定席よりも高いが
お金を払って静かで
気が散らない快適な空間を買っているのだと感じた。
高いには訳があるのだ。

これまでも、
座席の混雑で空いていない時や
疲れすぎていてゆっくり帰りたいときは
グリーン車を使ったことはあるが
度々は使わない。

しかし、最近は昔みたいに頻繁に出張もないし
新幹線の旅もコロナ前よりしていない。

たまにの旅だからこそ
グリーン車にグレードアップしてみるのもいいと思った。
なにし、集中できるので
これからちょっと癖になりそうだ。

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行きは読書に集中したが
帰りは飲みと食べと寝る…に集中。

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おまけ

新幹線の改札内で販売されている
中之島ビーフサンド。

これも高いけれど、カツがフワフワで
ソースがジュワーっとしていて

めちゃめちゃ美味しい。
手がこんでいるのが味に染み出ている。
高いにはやっぱり何か理由がある。


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これもまた癖になりそうなのである。

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■松陰神社@東京 (2022.8月21日)

東京都世田谷区にある松陰神社。

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前に参拝したのはいつだったのだろうか…と
BLOGを見返してみると
2008年の10月のことだった。

関連記事①2008年「松陰神社」
関連記事②2008年「松陰語録」
関連記事③2008年「吉田松陰について」

靖国神社へ行った脚で
14年ぶりに松陰神社へ立ち寄らせていただいた。

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故郷・福井の橋本左内先生も
吉田松陰先生と同じ「安政の大獄」で刑死していることや
松陰先生の松下村塾と
母が営んでいた学習塾が重なり
昔から勝手に松陰先生に親しみを感じていた。

2008年に参拝した時も
大ファンのスターに会いに行くような気持ちで
ワクワクしながら参拝した記憶がまだ色濃い。

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松陰神社の御祭神は、吉田寅次郎藤原矩方命(よしだとらじろう ふじわらののりかたのみこと)。
もちろん吉田松陰先生である。

幕末の動乱に大活躍した
松下村塾で学んだ松陰の弟子たち高杉晋作をはじめ、
久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、伊藤博文、山県有朋‥‥
有名な人物がいっぱい。

松陰は29歳という若さでこの世を去るが
その志は弟子たちに受け継がれ、
明治維新の原動力となったのは有名である。

個人的に…
松陰先生の一番すごいところは
全国を自分の目で見て、
自分の脚で回りながら学んでいたこと。

欧米列強の存在を知り、
日本の将来に強い危機感を覚え、
日本全国の遊学を決意。
九州を皮切りに北は青森・南は長崎まで。
5年で歩いた距離は、なんと!13,000kmだったそうだ。
これは、私の中山道を走る旅にも刺激を与えた。

吉田松陰先生のおかげで今がある。
そんな感謝と、
自分の目で見ること。
自分の頭で考えること。
自分の脚で学びに行くこと。
そんなことを松陰先生に誓った日だった。

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二十一回猛士の限定お守り。

二十一回猛士とは:
吉田松陰の姓である「吉田」から来ている。
「吉」の字を分解すると「十一」と「口」になり
「田」の字を分解すると「口」と「十」になる。
組み立て直すと「十一」と「十」
あわせて「二十一」
「口」と「口」をあわせて「回」になる。
実家の姓である「杉」の字を分解し
「十」「八」「彡(三)」の三つの数字に見立て
足すと「二十一」になる。

「猛士」は松陰の通称が寅次郎であり
「寅=虎」虎は猛であることから猛士となった。
…よく考えられている。
けれど、人に説明すると相手は寝てしまいそうだ…。

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松下村塾。
いつか山口県の萩の松下村塾にも行ってみたい。

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松陰先生からお言葉を頂戴した。
「自分を切磋琢磨せよ。」と。

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ゆるキャラ「しょーいんくん」
松陰商店街でゲット。

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2022年8月21日 (日)

■靖国神社(2022.8月21日)

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靖国神社には、
日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争などで
国家防衛のために尊い生命を捧げられた方々の御霊(みたま)が祀られている他、
坂本龍馬や・吉田松陰・高杉晋作、
わが故郷の藩士であった橋本左内など、
歴史的にも著名な幕末の志士達も祀られている。

「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」
であるという一点に共通し、
その数は246万6千余柱に及ぶそうだ。

そして、祖父達も靖国に祀られている。

戦歿者(せんぼつしゃ)と私たちは
どこかで繋がっていて、
英霊のみなさまのおかげで

今の自分があり、
日本に暮らすことができていると思えば

ここは誰でも参拝して良い神社なのだ。



靖国参拝が問題になったのは、
私が中学生のころ1985年の夏あたりからだったかと思う。

日本の総理大臣が靖国参拝すると他国から批判を受け
TVや新聞がこぞって取り上げる。
それが頭に刷り込まれ、
恥ずかしながら…
靖国神社に参拝するのは配慮がなんだと
勘違いしていた時もあった。

しかし、今は気軽に足を運んでいる。
何より一番!祖父達が祀られているのだから
自分にとっては参拝するのはあたりまえ。

その上、日本の歴史を学べば
誰もが参拝してよい神社だということがわかる。


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2022年8月21日。

靖国神社で正式参拝(昇殿参拝)するのを目的に弾丸で東京へ。
また安倍晋三先生の四十九日前に手を合わせたいこともあった。
(きっと安倍さんの魂も靖国神社へ
お参りにいらっしゃっているのではないか?という想いから)

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正式参拝は、本殿の奥にある
「霊璽簿保安殿(れいじぼ:御祭神のお名前が書かれてある)
に近づくことができ、英霊の皆様のそばで参拝ができ有難い。

また、静かで何とも言えない清らかな空間である。

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御祭神の遺品が展示される遊就館は、
何度訪ねても情報量が多く時間がなくなるのだが、
日本の歴史を知ることが出来る。
ここに訪ねたことが無い方はぜひに足を運んでみて欲しい。

遊就館の最後の部屋には安倍先生のコーナーも。
靖国神社へ参拝された時の写真や書が展示されていた。

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日本国のために尊い命を捧げてくださった英霊の皆様と同じように、
安倍先生の写真やゆかりの書が展示されていてありがたかった。

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感謝…安倍晋三先生、ありがとうございました。

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寂然不動(じゃくねんふどう)
煩悩を去って心静かに何事にも動じない(揺るぎない)の意

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そのうえ、偶然にも
日本の軍事史・艦内神社研究家の先生が
いらっしゃっていて
お声を掛けさせていただいたのも

とてもありがたかった。

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靖国神社をあとに、
一の鳥居をくぐりながら

祖父達を誇らしく思うと共に
戦後育ててくれた祖父(戦歿した祖父の兄弟)と祖母に感謝した。

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2022年8月20日 (土)

■[新作動画のお知らせ]デュアルタスクトレーニング!ウォーキングでからだと脳の若がえり

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お盆が過ぎたら急に涼しくなってきましたね。
気温の差に体調など崩しませんように!

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さて、新作動画をアップしました。
テーマは「ウォーキングでからだと脳の若がえり」

ウォーキングでからだも脳も若返らせましょう。
デュアルタスクトレーニングの紹介です。

2:47あたりからは、
画面の前でデュアルタスクトレーニングができます。
一緒に若返りませんか?

では、今日も良い1歩を。

ちょっとサイズ設定をミスりました。
見にくいかとおもいますが、お許しを。

2022年8月19日 (金)

■夏目漱石「こころ」再読了

中学生の頃だったか?

読書感想文の課題図書の中に
夏目漱石の「こころ」があり、
ひらがなの「こころ」に優しさを感じ
手に取った覚えがある。

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予想外でタイトルに反し小説の内容がズシッと重く
「人間は他者には語れない罪や罪悪感を抱えて生きていくものなのか…」と
読み終えた時、後味が悪くて
感想文の筆がなかなか走らなかった記憶がある。

大人になって自分の脚で各地の色んな場所を走り、
「乃木希典陸軍大将」のことを知った。

そういえば「こころ」に
乃木大将のことが出て来たなぁ…なんて
先日読み返してみることになった。



小説「こころ」は
明治時代の末期が背景となっており
三部構成になっている。


上:先生と私
中:両親と私
下:先生の遺書


中身をザクっと書くならば、
「欲やエゴで人は裏切る。
信じていた人に裏切られるが、
自分も誰かを裏切っている…。
罪悪感と命…。」
そんなことが書かれていたように感じた。



さて、乃木希典大将の話題に戻るが、

学生時代に「こころ」読んだときは
明治天皇の崩御の翌日に
夫婦で殉死した乃木大将のことが全く理解できなかった。

そして、乃木大将の殉死を受け、
先生も自殺してしまう意味が
それ以上に理解できなかった。

しかし、映画「二百三高地」を観たり、
明治天皇伏見桃山陵の隣に寄り添うように存在する
乃木神社へ行ったあとに「こころ」を読むと、
なぜか?少しだけ理解できたかの様に思う。

(二百三高地:当時の記事→★★★

(明治天皇伏見桃山陵→乃木神社:当時の記事→★★★
(北九州:西南戦争で率いた歩兵第十四連隊の石碑→★★★

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乃木大将が
西南戦争で軍旗を奪われたことを気にされていたり
日露戦争で多くの命が犠牲になったのに自分は生きている…
という罪悪感と

自分(先生)が裏切ったことで自殺してしまった友人(K)。
なのに自分は生きている…
という罪悪感を乃木大将に投影し
「罪のこころ」を終りにしたかったのではないか…という推測だ。

自分で命を絶つのは良くない事であるが、
明治の末期は何事も命がけで生きていたことがわかる。
そして、今の時代は責任をとって切腹するようなことは無いけれど
そのぶん人を裏切っても
罪の意識を感じなくなっているのかもしれないと
時代の違いと義理人情の軽さを感じた。

最後に、上の章「先生と私」のなかで
先生が言っていた言葉が響く。


〝かつてはその人の膝の前にひざまづいたという記憶が
今度はその人の頭の上に足を乗せさせようとするのです…。〟

今、こういうことは頻繁にあるのかもしれない。

■夏の果てに_。我思うゆえに我あり。

〝暑い暑い…〟が合言葉になっていた頃は
このまま夏が果てしなく続くような気がした。

祖母が昔から
〝お盆を過ぎたら涼しくなるよ〟と言っていたように
玄関のドアを開けたら涼しい秋の風が吹き
いつの間にか、蝉の大合唱も聞こえなくなっている。

今年のお盆過ぎも、祖母の言っていたとおりである。

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ウォーキングに出かけ
ふと空を見上げると
夏の積雲と秋の巻積雲が混在しているのを見つけた。

隣り合う季節の空の中に
二つの季節の雲がある空のことを
「行き合いの空」と言うそうだ。

炎暑の中、いつも太陽に向かって
元気に咲いていた向日葵も
今はもう頭を垂れている。

まるで成熟期から更年期に入った
女性のようにも見えてしまうのは私だけだろうか。

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そろそろ森山直太朗さんの出番です。
いや、井上陽水&玉置浩二かな。

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吉田松陰は留魂禄の中で

〝人の一生はその長い短いによらず
春夏秋冬のようなものだ。
誰もが自分の人生で花をつけ
実をつけている。
また種となって誰かが受け継いでいく限り
自分の春夏秋冬は循環する〟

___と言う。

夏の果てに見る向日葵からは、
生涯は短くても
花をつけ、実をつけ、種をつけ、
命を未来に繋げていく大切さを学ぶことが出来る。

また季節が過ぎシャンと立っていられない姿からは
からだの老いを受け入れていく大切さを学ぶ。

まさに「夏の果て」は今の自分自身か___。

どんな種をつけているのか
何を循環させていくのか…。

こんなことを考えるようになったのも
夏の果てと今の自分が重なるからであろう。

めぐる季節の中に
我思うゆえに我あり。

2022年8月18日 (木)

■食事は感謝

近々昇段参拝するので、
玉串の捧げ方など作法について再確認していた。

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他に目にとまったのが「食事」の礼儀作法。
小さい頃に教えていただき
身についていることが書かれていた。

特に母が他界した後は、叔母が会うたびにしつけをした。
叔母にとっては妹がこの世にいなくなり
責任感があったのか?
箸や茶碗の持ち方や、紐の結び方など
かなり厳しく教わったのを覚えている。
今となれば、とてもありがたい。



小さい頃、食事は「感謝」だと教えられた。

①お米の中1粒1粒に神様がいる。自然の恵み・命に感謝すること。
②食べ物の背景に居る育てる人・働いている人に感謝すること。
この2つである。



我が家は仏教なので、
食事の前には手を合わせて「いただきます」
食後には「ごちそうさまでした」と必ずいうし、

習い事などで神社の神事に関わる時は
食前食後には本居宣長の和歌を唱えていた。

食前の和歌には〝天照大神〟(すべての生命に命を与えてくれる神)
食後の和歌には〝豊受大神〟(働きに関わる神)
の名前が入っている。

「いただきます」と「ごちそうさま」は
「感謝」をして食事をしなさい…ということなのだ。



話は変わるが、
「いただきます」「ごちそうさまでした」を言わない人や
大量の食べ物を残す人は苦手だ。

自分の価値観を押し付けるわけではないが、
もしかして日本の礼儀作法を知らないのかも?と、
嫌われてもいいから大好きな友達には思い切って注意する。
逆に恨まれそうな知人には黙っているけれど…。

一緒に外食に行って、
定食のお米に箸をつけない人には
「最初からお米いりませんといった方がいいよ」
バイキングで食べきれない程お皿に盛って結局食べない人には
「食べれるだけにして、足らなかったら盛りに行けば」という。
だって、食べ物を粗末にすることイコール
育てた人や動植物たちを粗末にするということだ。

煩いなーと思われているかもしれないが、
食事には「感謝の心」や「思いやり」が詰まっていて
人間関係や人の和と同じこと。

そもそも感謝をしない人や、
やってもらって当たり前の人は、
命や人の働きのことすら気にしないんだろうけど。

食事というものは「その人となり」が出る。

食事の礼儀作法のページを読みながら、
小さい頃、叔母が厳しくしつけたことは
本当に本当にありがたかったな…と目を細めた。