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健康サポートプロジェクト 坂田純子

■健康運動コンサルタントです。 [専門] ●ウォーキングやランニング、健康体操、生活習慣病予防・呼吸器系・循環器系に有用性のある有酸素運動指導など。 ●自体重やツールを使い、しなやかな身体づくりをするボディメイクを提供。 ●アロマやキネシオロジー(整体)を活用したボディケア、脚の測定や診断・アドバイスなど ●健康コラム・エクササイズ監修

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フイールドノート・念願の一眼レフカメラ

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    大先輩から10年前の一眼レフカメラを「使ってないから使ってみる?」と譲り受けました。感謝感激、ありがたいことです。そんなことで念願の一眼レフカメラライフが始まりました。へたっぴですが、大先輩の思い出がいっぱい詰まったカメラで私も思い出づくり。野鳥や植物、色んな生き物や風景のフイールドノートです。

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    江坂にフィットネススタジオBodyLuxをオープンします。2014年1月24日(金)は大安吉日。皆様のおかげで最高の日に開所式を開催することができました。

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    2013年6月30日(日)落語家さんと健康サポートプロジェクトがコラボさせて頂きました。笑って動いてNK細胞活性。免疫力UP間違いなし!

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2020年7月 7日 (火)

■人を呪わば穴二つ

夏なので、少しゾクッとするお話を…→…でもないか。

生霊(いきりょう)って聞いたことがありますか?
信じる信じないは人それぞれですが、私は『ある』と思います。

生霊の正体は、本人の守護霊に生きている自身の念が合体したもの。


特定の相手に執着し、
恨み、憎しみ、嫉妬、怒り、被害妄想、恋愛感情、支配欲、独占欲などの念を持っていると、その念が相手のところに行き、相手のエネルギーを奪っていきます。

これが生霊です。


昔から文献も多く、紫式部の『源氏物語』でも、
源氏の恋人の六条御息所が正妻である葵の上に嫉妬して生霊を飛ばし、
取り憑かれた葵の上が亡くなることが書かれていますし、
陰陽師は生霊を退治したりしていました。


では、生霊を飛ばした方はどうなるのか。。。それは…
人を呪わば穴二つ…という言葉があるように

(他人を呪い殺そうとして墓穴を掘れば、
その報いを受けて死ぬ自分の墓穴も掘らねばならないという意味)
生霊を飛ばし人を呪えば、自分も相当なダメージを受けることになります。
自分で自分を呪うということです。


執着したり、恨みを持ったり、嫉妬したりして、
その念が生霊となって飛んでいくことを考えると、
わりと簡単に飛んじゃうものなんです。そして、それが自分に返ってくるのなら、
心に鬼は持ちたくないもの。





コロナウィルスのせいでもないと思いますが、
今、世の中は陰の気をためやすい傾向にあるのか、
私も心に隙があるのか、恨みをかうようなことがあるのか、
嫉妬なのか、恋愛感情なのか、
生霊がやってきています。

祓いの詞を読んだり、塩水を浴びたりして、こまめに取ってはいるけれど、
お友達に、生霊が逃げる最強な『あるもの』をお願いしました。


こんなことを書くと、気持ち悪がられるかもしれません。
特別な力を持っているわけじゃないんですが、『居てはりますね(笑)』ってわかるんです。

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写真はこの前であった五百羅漢。
五百羅漢たちは、良いことも悪いことも
五百の両目で全てお見通しです。

そんなことをお寺の方に教えていただきました。


ネガティブになりやすい季節ですが、
心が健康でないと、身体も健康になりません。
身心一如です。

今日、七夕は「小暑」という二十四節気の節目。
新しい節目は心新たに生きましょう。

2020年7月 6日 (月)

■一日△食

一日に何食食べるかは、個人の自由であり、
それぞれに何を大切にし、
どんな生活をしているかにもよるので
ここで一日何食食べたらよいか…を推奨することはありません。



個人的なことを書くと、
以前は、有酸素運動の強度の高いクラスを担当することが多く

活動量が多かったせいか?一日三食+おやつまで食べれていましたが、


今はというと、強度の高いクラス担当も少なくなり、
昔に比べて活動量も少なくなった&歳をとってきたせいか、
正直、一日三食は食べれなくなっている現状です。


私は普段、身体を動かす仕事の時は一日二食。
コロナウィルスで仕事を自粛していた時は、
普段より動かなかったので、お腹が空かずに
一日一食生活でした。



最近、江戸時代の勉強をし始めて、
面白いことがわかってきました。

江戸時代に暮らす人は一日二食。

一日三食になったのは、それほど長い歴史を持つものではなく、
元禄あたりからなんだそうです。

江戸時代と現代では、生活様式も人の寿命も全く違うので
江戸時代にならえはできませんが、参考になることも多いです。

●一日三食のはじまり


■江戸の1657年の大火からの復興

1657年にあった江戸・明暦の大火。
それ以降、江戸の町を復興させるため、地方から多くの肉体労働者が江戸に入りました。
一日二食体制だと厳しく肉体を酷使する仕事の人々は体力がもたないので、
一日三食という習慣は労働者によってつくられました。


■菜種油の普及

江戸時代は食事の回数は基本二回。朝と夕…。
照明が無いので、日没後に食事を摂るという習慣はなかった。
菜種油が普及してからは、朝と夕の間にも食事を摂るようになり、夕方と言わず、日没後も食事が出来る様になりました。

●日常的な庶民の食事

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色んな説があって、お米が食べれるのは上級の武士からだという話もあり、庶民はアワやヒエだと言われますが、
ただいま学んでいる書物によると…


労働者のために一日三食になってからは、米を炊くのは一日一回。朝に炊く。
朝は温かい白米とみそ汁。
昼は午後からしっかり身体が動かせるようにおかずが付きで冷や飯とおかず一品、
夕食はご飯が固くなっているので茶漬けと漬物。
→永谷園・お茶漬けの素のパッケージは、江戸の食事にちなんでのことか…?

ちなみに、上方では米を炊くのは昼だった。
朝は粥にして食べることが多かった。

外食産業も一日三食の頃から栄え、
煎り大豆や小豆を入れた塩味の茶漬けの奈良茶飯という料理を出した店ができました。

裕福であれば、米を炊く回数は増えるし、おかずの品や種類も豊富になりました。
どんどん日本の経済力が向上したことにより、
一日二食から一日三食に変わり現代に至ります。

●個人的結論

一日二食から三食になったきっかけの1つとして、身体を使った労働という理由がありました。

身体を動かすために食べると言う事は、
昔からの自然なことだったと感じ取りました。

電気は身近なものになりましたし、
お米を炊くのも指一本。
無洗米なんてものもある…。


自分の脚が移動手段だった江戸時代でしたが、
現代は交通手段が便利になり、身体を動かすことが減りました。

身体を動かす職種は限られていますので、

自ら身体を動かすことは、食べることに等しいくらい大切なんだと思います。

さあ、私も一日三食食べるために、もう少し身体を使わないと…いけませんな。

2020年7月 5日 (日)

■初鳴き

今年初めての蝉の声。。。
聴きました。

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サクラ類の開花前線のように、セミの初鳴き前線のような
蝉の初鳴きをまとめた表を気象庁が出している様で。
びっくりしました。
表を見ると、今年は通年よりも何日か早いような気がしました。

こう蒸し暑い日が続くと、蝉も勘違いして土から出てくるのは当然かな。
蝉も出てきてしまうくらい、この梅雨は暑いんだと思います。

雨も降るので、じわじわ来る暑さに気が付きにくいですが、
季節は確実に夏に向かっています。
暑いのは現実なので、
熱中症対策として、水分補給などをしっかりされてくださいね。


(※熱中症は、高温多湿な環境に、私たちの身体が適応できないことで生じるさまざまな症状の総称です)



今日は、蝉の初鳴きを聴きながら
断捨離。

ワクワクしない・ときめかない…
そんなコトやモノを
ありがとうと感謝しつつ手放しております。

2020年7月 4日 (土)

■正しいお酒の飲み方七箇条

家族の誕生会で、おいしい日本酒をいただきました。
どれも、なかなか手に入らないお酒ばかりで、
贅沢をさせていただきました。

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おいしいお酒を囲んで、
笑顔で家族の新しい幕開けを過ごせたことに感謝です。
また新しい1年も、笑顔がいっぱいの歳になりますように。



この1週間、雨が続くようですが、
梅雨の雨は、お米をおいしくするので、
長雨もいい面もあります。


とはいえ、九州地方が大雨で大変なことになっているので
これ以上被害が広がりませんようにと願います。




話は少し変わりますが、
今年は、田子ノ浦から富士山へ登って吉田口の神社まで…
というチャレンジを去年から計画し、
仲間と実行する予定でした。
このために1年間それぞれにトレーニングに励んできました。


しかし、新型コロナウィルスにて、
山小屋が使えないことや、
登山道を封鎖していることなどで

計画はおじゃんになりましたが(…というか未来へ延期)


一緒にチャレンジする予定だった仲間は、
ほかに、自分がチャレンジしたかったことに変更して、
トレーニングに励んでいます。


それぞれが、それぞれに、
チャレンジすることに向かって、がんばっていていい刺激を受けています。


私は、中山道を江戸まで走るチャレンジに変更しました。


チャレンジを変更したことは、良いこともありました。
新しいチャレンジは、新しい出会いを生み、
お互いに励ましあったり、コースの情報を共有したりという仲間と出会えました。
切磋琢磨しあっています。


全国で、それぞれがバラバラで活動していますので
日や曜日やコースが一緒になることはありませんが、
同じゴールを目指して
それぞれが歩かれています。
(私はただ1人走っていますが…スタートが一番遅かったので、追い付けません。happy01笑)


その中の人生の先輩が、
『もう二度とないという思いで歩いている』
と、言っていました。


素敵すぎて共感します。


わたしも一生に一度、こんなことはできないという思いで
1歩1歩前に進んでいます。

歴史背景を学びながら、五感を感じ、中山道を進みたい。
ということで、江戸時代についての勉強も欠かかさず進めています。

勉強で出会った、杉浦日向子さんの書籍。
江戸時代が背景のものばかりで面白いです。

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何冊か読み進めていますが、
その中の〝食・道・楽〟を読みました。
江戸や昔からの、食に対する考えや思いが書かれていて、とても興味深かったです。
お酒が飲めることって楽しみを増やすなぁ…と感じた本。


その中の、正しい酒の飲み方七箇条。

【正しいお酒の飲み方七箇条】

一、酒の神様に感謝しつつ呑む
二、今日も酒が飲めることに感謝しつつ吞む
三、酒がうまいと思える自分に感謝しつつ呑む
四、理屈をこねず臨機応変に吞む
五、吞みたい気分に内臓がついて来れなくなったときは、便所の神様に一礼して、謹んで軽く吐いてから、また吞む
六、呑みたい気分に身体がついて来られなくなったときは、ちょっと横になって、寝ながら吞む
七、明日もあるからではなく、今日という一日を満々と満たすべく、だらだらではなく、ていねいに、しっかり、充分に、呑む

(杉浦日向子の食・道・楽より)

なにに関しても、一生懸命に取り組むこと。

今日という一日を満々と満たすべく、
だらだらではなく、ていねいに、しっかり、充分に…


ですね。

『もう二度とないという思いで…』
チャレンジしますよ。

2020年7月 3日 (金)

■制限の中の…

超高速!参勤交代
土橋 章宏 監督作品。
Amazonプライムで視聴しました。

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3代将軍徳川家光の時から、参勤交代が始まって
妻子を江戸に住まわせ人質にし、

1年おきに参勤交代を命じ、
財力を削減させ地方大名家が力をつけないようにしていました。
ちょっとブラック企業っぽい徳川家ですね。



作品は、8代将軍徳川吉宗の時。
享保改革で、民や武士から厳しく締め上げた時代。


江戸の老中・松平信祝は、
福島県のいわき市にあった藩 湯長谷藩を厳しくしめあげるため、
参勤交代から戻ったばかりなのにまた直ぐに5日で江戸へくるように命じる。



Googleで距離を調べてもざっと200km以上あるから、
5日で江戸へ着くには1日40㎞以上は歩かないと無理ですね。


なので、街道の関所だけ大名行列して、
あとは近道で山を抜けて走り続け、トレイルランニング&街道ランにて江戸まで。


面白かったです。


江戸幕府は265年ほど続いていますが
結構ルールが沢山あって大変だったと思います。

でも、制限の中だからこそ奇想天外な自由や文化が生まれ、
戦が起こらずに江戸幕府が長く続いた秘訣の一つなのかな…

与えられた場で精いっぱい生きる江戸時代の人たち。素敵だと感じました。


兎にも角にも参勤交代は体力も財力も消耗しますね。
それをやっていた日本人はすごいなと感心。

江戸時代の人の持久力や体力、食事などを知りたいです。

今、中山道を走っているからこそ、興味深い作品でした。

2020年7月 2日 (木)

■冒険

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コロナウィルスの自粛期間にSNS上で投稿された
7日間ブックカバーチャレンジ。

7日間ブックカバーチャレンジとは
1週間毎日ブックカバーを投稿する。

本の説明はなし、
毎日、自分以外のだれかにバトンを渡す…というもの。


コロナウィルスは、悪いことだけでもなく、
ブックカバーチャレンジをきっかけに

「再会しましょう」という流れになり、
バトンをつなげてくれたH君と6年ぶりの再会をしました。



類は友を呼ぶとはいいますが、
自分が身を置くステージが変われば、
お付き合いをする人間関係も変わります。


ずっとお付き合いする人が変わらないということは、
自分が成長をやめてしまったか、
お付き合いする人が成長をやめてしまったのか。
お互いが同じスピードで成長しているか。

日々、真剣に生き成長をし続けているからこそ、
その時の自分の周波数や、ステージにあった方々が周囲にいる。


もちろん、ステージが変わっても
ずっとお付き合いが続く人間関係もあり、
それは、お互いに好きなことが同じだったり、
好奇心や向上心を刺激しあえるような切磋琢磨な関係。
(もしくは依存する人と依存される人の相互依存関係)




この6年という歳月で、お互いスタジオを持ち
だいぶんステージや環境も変わりました。

酸いも甘いも経験した彼の話は、
経験した人からしか出ない言葉であふれ、
説得力があり、うなることばかり。
素敵に成長し続けてるなぁ…とビシビシ刺激になりました。


6年という歳月を経て再会できたのは
2人の周波数なのか、ステージが交差したのかはわからないけれど、
数時間、あれこれを話せたことに感謝です。

お互い成長し続けよう。
そうすればまた会えるから。




お互いの会話の中で最後印象に残った言葉。


〝知らないときは怖いものなしで、冒険できたけど
知らないことを知ったら冒険ができなくなった。
だから、海外に出ようかな(笑)〟


そうそう。
未知の世界に冒険してみないと
世界は広がらないね。

ほんまに、刺激的な時間をありがとう!

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お土産にくれた、おススメサンドイッチ。
めちゃおいしかった!

2020年7月 1日 (水)

■走る旅:東海道&中山道⑫ 醒井~柏原宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。


江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。


番場宿~醒井宿からの続きです。

■醒井宿~第60次 柏原宿(5.5㎞)

●醒井宿

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醒井宿は日本武尊伝説が残り、
中山道と並行して流れる清流には、珍しい動植物が生息していて、
醒井に足を踏み入れた時は、
まるで小さな楽園を見つけた様な感覚になりました。


数百年前、中山道を旅した先達も同じような感じになったのかと想像するだけで
心の中でポップコーンがパチパチはじける様でした。

小さな楽園を後にし、次に向かうは第60次 柏原宿です。
いよいよ60番台、近江最後の宿場。



●見附跡・桝形


醒井宿の東西には見附と呼ばれる番所が設けられたそう。

見附までは876m。
小さくて短い宿場でした。

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桝形です。
よく、城郭で見られる桝形虎口のようです。

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坂を駆け上がると伊吹山が綺麗に見えます。
どっしりしていて、何もものを言わずとし、
何かに気付かせ、
厳しくも優しくもある、
神様ですね。


●一色一里塚跡

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もう塚の名残はありません。
ここから一里、また先を行きましょう。



●天野川源流菖蒲池跡地

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今は涸れていますが、ここを源流とする水は天野川の水源だったようです。


●旧中山道

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山道に入ったり道路に出たり…です。

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動物除けの柵を開いて進みます。


●古い道標

薬師道道標です。

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漢字、ひらがな・変体仮名の3体で書かれています。
享保2年・1717年のもの。


先日の安藤忠雄さんの講演会で、
大阪の人は普段好き勝手言ってバラバラでも、
いざの時には一致団結して力を合わせる。。。という話の下りで


大川の桜並木は、大阪に住み人が協力してお金を出し合って植えた…。
寄付したら、名前を彫るシステムで、
寄付して名前を彫ってもらったら、お墓はいらないな…と。
大阪に人って面白い!(happy02みんな爆笑)


寄付した人の名前を彫ったのは、石なのか何なのかわからないけれど
こうやって石に名前を彫ったら、何百年も残るかな。



●街道並び松

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江戸時代の人は、松並木のことを並び松と言っていたそうです。

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この松の木が作る木陰がとても心地がいい。
松の寿命は300年。
この先も続くと良いです。

未来への子供に、原風景を残せるのは、現代を生きる私たちでしかないですね。

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●自現境川

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水の流れを見ると、心癒されます。
その場にとどまらない、清らかさ。

時は流れている
風は流れている
水は流れている

常に変化する…それを世の常とし、物事を考え向かい合っていきたいです。



●柏原一里塚

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この一里塚は素晴らしいです。
…と思ったら平成15年に復元したものだそうです。

ほんまに諸行無常。
よく目に焼き付けておこう。


祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響あり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯、春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

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宿場に入ってきたかー!



●旅籠屋

旅籠屋とは一般の旅行客が宿泊した場所。
1泊2食付きが基本だそうです。

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立派ですね。


●年寄

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武家で、政務にあずかる重臣。
室町幕府の評定衆・引付衆、江戸幕府の老中、大名の家老など。


●薬師道道標

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薬師道への案内がここにもありましたね。



●艾屋

伊吹山山麓にある柏原宿。
どっしりとした姿を拝見できる宿場。

伊吹山は胆吹山とも書きます。
古語で呼吸のことを息吹(いぶき)と言います。
絶えず風や雲を息吹き、山からおろしている伊吹山。
古代人の山岳信仰は、山からおろしてくる風を神の息吹としていました。

だからか伊吹山山麓の柏原は、薬草が多く、
伊吹山のヨモギで作ったモグサが名産。

伊吹山へ走りに行った後に、毎回薬草風呂に入って帰っていましたが、
柏原の存在で、薬草風呂と伊吹山の繋がりをようやく理解しました。

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柏原宿にあるモグサ屋は、今はあまり残っていないが、どこも亀屋の屋号。
互いに足を引っ張らないと言う近江商人の優しさや配慮を感じます。
屋号の亀屋は、鶴は千年、亀は万年。
亀の長寿と言うおめでたいイメージにあやかってかな。
何を隠そう我が健康事業のマークも、そんな理由で鶴亀を使わせていただいています。

宝永六年(1709年)のころ、市川団十郎が伊吹モグサの狂言をしてから、モグサが全国へと広がった様ですが、元祖亀屋の七兵衛さんの時代はまだ周知されてなく、
自分の足で西に北に東へと天秤棒をかついて売り歩き宣伝。
利益が出ると吉原遊郭へ行って散財。

↑遊郭の女性に、これから毎晩モグサの歌をお客の宴で歌うように頼んだと。
コマソン♬ですね。

すごい商人魂。

人間らしい。今でもドラマでありそう…

街道は、人との暮らしと共にあり、人情味に溢れ、
先人の人生を少し垣間見れ、実に面白いですね。




●柏原宿歴史館・喫茶柏

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レトロで素敵な街並み。柏原宿と書いてありますが、本陣まではあと1㎞くらいあります。

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1917年に染料の商いで財をなした松浦氏が建てたもの。
平成10年に改装し、今は資料館として残ります。
中には貴重な歴史資料が残ります。

ただし、月曜日が休みとなっていて
私が訪れたのはちょうど月曜だったので、また宿題をいただきました。

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喫茶柏。
歴史資料館の中にあります。


ここのヤイトうどんを目的に来ましたが、
前日、インターネットで調べてみたら休館日ということを知り、ガックリ。

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ヤイトうどんはこんな感じ。

とろろ昆布を艾に見立てて、紅ショウガを火に見立てて、
アツアツでふぅふぅして食べるやつ。
残念でした(笑)

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先を進んで、見つけた私の好きな言葉。
安岡正篤先生もよく本の中で語り掛けてくれた
天台宗の開祖・最澄が説いた言葉です。柏原宿までの道中に成菩提院があったのですが、最澄が薬師如来を安置して健立しました。それにちなんでの言葉ですかね。


「一燈照隅」

まず自分がいる場所を明るく照らせる人間になろう。
おのおのがそれぞれ一燈となって、一隅を照らすことをしよう。

この言葉には続きがあって「万燈照国」が続きます。
1人1人が一隅を照らすことで万となって国が輝く…。


大切にしたい言葉です。

沢山の人を輝かせるなんてことはできませんが、
せめて対面、関わる方には、このような精神で居たいです。

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なんだか懐かしい風景。
コンクリートジャングルに飽きてきたのかな…(笑)このような風景に惹かれます。

とどまらずに、
コンクリートジャングルと、
本当のジャングルの間で
揺らいでいるのが
心地いです。


●高札場

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幕府から住民や旅人に告知するおきてを置いた場所。


●柏原宿本陣

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本陣1・脇本陣1・旅籠22・家数344と、
非常に小さな宿場ですが、
冬場は雪も積もり、長距離を歩くのも大変なので、
醒井宿から5㎞地点においてくれる宿場の存在は
旅人たちにとって、きっとありがたかったですね。

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皇女・和宮親子…お泊りになられたようです。
名前は知っていたけれど、生涯は良く知りませんでした。

仁孝天皇の皇女8番目の娘として京都に生まれ、
6歳の時、11歳年上の有栖川宮熾仁親王と婚約したけれど、

幕府は、和宮を将軍徳川家茂の正室に迎え入れたいとの願書を朝廷に上奏。
孝明天皇は幕府が攘夷実行することを条件にこれを受諾。。。

16歳の和宮は御所を出て中山道経由で江戸へ。
花嫁行列は50mにおよんだそう。
御所から出た翌月に江戸へ到着…

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当時の女性にとって、恋愛結婚のような自由はなかったのですね。

和宮親子がどのような心境で江戸に向かわれたのか?
その1ヵ月を中山道でどのように過ごされたのか?
興味があります。

またこの先も和宮親子の足跡に出会えるでしょう。

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広重の絵。
艾屋・亀屋前。→先ほど紹介した艾屋。今は空き地となっている場所ですね。

亀屋では茶屋も兼業していたそうで、
艾は当時治療薬だったそうです。
人足が持つ荷物は艾なのかな。


●三丁目キッチン

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柏原駅の前にあります。
オムライスとシフォンケーキが一押しだそうで、

電車の時間までに食べれるな…とシフォンケーキをいただきました。

この日はじめて飲んだコーヒーが体中に染み渡っていったのと、
シフォンケーキのふわふわした優しさが、
今日もお疲れさまでした!と語り掛けてくれている様でした。
とにかくおいしかった。


●柏原駅

電車は1時間に2本しかありません。

私より中山道の先を歩く人生の先輩が、
あらかじめ
電車情報を教えてくれていました。
調べて行ってよかったです。
Nさん、ありがとうございます。

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駅から伊吹山がドーン!
走って行けそうです。

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今回の走る旅も、いろんなことに気付き、
1歩1歩自信がついてきています。

ありがたい。

■走る旅:東海道&中山道⑪ 番場宿~醒井宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。


江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。


鳥居本から番場宿からの続きです。

■番場宿~第61次 醒井宿(4km)

●番場宿

山を切ったり削ったりして道を作った切り通しの番場宿は山間にあるので
810mととても短かい宿場町でした。

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番場宿を後にして、醒井(醒ヶ井)へ向かいます。

醒井への道中は、とても心がワクワクしました。
司馬遼太郎さんの『街道をゆく~近江散歩~』の言葉を借りるのであれば

〝胸の中でシャボン玉が舞い上がっていくようにうれしくなる〟

そんな気分でした。
こうやってログをタイピングして振り返ってるだけでもウットリしています(笑)





●桜楓並木道

この並木道は、春は桜が咲き、
花びらがヒラヒラ舞い落ちる様子が見られるんでしょうね。


並木道は東海道や中山道のあちこちにあったようですが、
杉は1000年、松は300年の寿命。
松くい虫や排気ガスなどによってどんどん木の命も短くなっている様で、
今はほとんど残っていないそう。

確か桜は100年くらいの寿命だったと思うので、
きっと代々植え替えてくださっている人がいらっしゃるのでしょう。
ありがたいです。

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並木道は、旅の道中を快適にするよう
夏の日差しと冬の冷風を遮るため
幕府が街道への植樹を奨励して生まれたもの。

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並木道を走ると、近江の広い空から降ってくる強い太陽の光をカバーしてくれ
ここだけ温度が違うのではないか?と思うくらい涼しいです。

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もちろん人も少なく視界も悪いので、こんな看板も!
『Hマン出るぞ』
気を付けましょう!


●久礼一里塚碑

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久礼は〝くれ〟と読みます。
一里塚は旅行者の目印として一里ごとに植えられていますから、
宿場まで一里ですね。3.927㎞ほどです。
がんばりましょう。

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用水です。
水が流れていると、心が穏やかになります。
隣に流れる天野川からの水ですかね。

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関ヶ原まで高速道路では14㎞。
中山道を走っても、おおよそ同じ距離かな。

京都から滋賀へ。そしてもうすぐ滋賀から岐阜に入りますよ。


●西行水・泡子塚

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東国への旅の途中に西行法師が、
ここにあった茶店に立ち寄ってお茶を飲み、
法師が飲み残したお茶の泡を飲んだ茶店の娘が不思議なことに懐妊し男の子を出産。

帰路にこの話を聞いた西行が「もしわが子なら元の泡に返れ」と念じると、
子はたちまち消えて元の泡になったことから泡子塚を作ったそうです。



●地蔵川

白い梅のような花を咲かせる梅花藻がいっぱい。
ハリヨというお魚も生息します。

鍾乳洞から流れる水は1年じゅう15度を保たれています。
梅花藻もハリヨも冷たい清流でか生息できないそうです。

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●十王水

民家裏の山麓から沸きでる水。

醒ヶ井も山間にあるので、水がとてもきれいです。

水が綺麗なのは、山が綺麗なんでしょうね。
このあたりの山は人があまり入らなさそうですもの。

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●梅花藻

梅花藻は、キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草の水草。
水温が年間を通して14℃前後の清水に群生する多年草の水草。
5月中旬〜9月頃にかけて梅の花に似た小さな花をつけ
梅雨明け頃〜8月下旬。

これからが見ごろなんですね。

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可憐な花を咲かせて、清流でゆらゆら揺れています。

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これはハリヨではなさそうですが、お魚も生きてますね。
水が透明で澄んでいて…
ため息が出るような美しい宿場。


●ヤマキ醤油

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創業100年。醒井の清流でできたお醤油です。

ちかくに清流を見ながら食事ができるお店もあるので、
またゆっくり訪れたい場所です。

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●居醒の清水の日本武尊像

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この像の下に居醒の清水があります。

日本武尊が伊吹山にあらぶる神を退治に行って
気を失って下山し…って、
気を失ったのにどうやって下山するのだ?と突っ込みたくなりますが、

ここの水で覚醒し、気を取り戻したという話…


●加茂神社

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お祀りされている神様は、別雷神。
雷様ですね。

だからか?天雨・治水の神、農業の神として信仰されています。
ご利益は、農業の守護・雨乞い・開運・厄除け。

何だったか忘れたけれど、
〝電信とか電気とか、雷と相性がよく、影響を与える力がある〟
から、電気に乗せる言葉…伝えることを大切にすると良いよ!とアドバイスいただいたことがあります。

雷様だからか?ビビビ!ときました。
また会いに来ようと思います。



●醒井宿本陣

本陣は今は料亭だそうで…
解らずしまいで通り過ぎました。
これは、また醒井にゆっくり来なさいよ!と日本武尊や雷神様が言っている気がします。

本陣1、脇本陣1、旅籠11、家数138…と、
とても小さな宿場ですが、古い家屋が残り、水が流れ、緑豊かな原風景が残っています。
しかと目に焼き付けておきたい場。

今でも目を閉じれば、地蔵川のキラキラとした水面を思い出します。

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のちに望月義也さんの広重の木曽街道六十九次を購入し、
調べてみると…

醒井には「三水四石」と呼ばれる名勝があるそう…

・居醒の清水
・十王水
・西行水
日本武尊の…
・腰かけ石
・蟹石
・鞍掛石
・影向

次に訪れる機会をいただけるなら、名勝も見て回りたいです。

今回走った高宮からの28㎞は、
見どころがいっぱいあって一気に走るのは勿体ないです。


自分の走る目的が、距離を走り、早くゴールを目指すのであれば、
通り過ぎるのも良いですが


私の走る意味も目的もそうではない…



先達が生きた跡に触れ感謝し、気付き、感じ、受け取りたい。

そんなことを思います。

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醒井を抜けると、正面に伊吹山がドーン!
写真では伝わりませんが圧巻ですよ。
そして伊吹山の山麓まで自分の脚できたことに喜びを感じます。


この国道21号線を走れば楽だけれど、
風景だけ拝んだら、
先達が行き交った中山道へ戻る…


桝形になっている見附跡の坂を駆け上がります。
次は第60次柏原宿を目指します。

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2020年6月30日 (火)

■青春

2月開催だったか3月開催だったか…
数か月前に申し込んでいた安藤忠雄さんの特別講演会。

『人生100年、豊かに生きる』

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コロナウィルスの影響で延期になっていましたが、
ようやくお話を聴きに行けました。

司馬遼太郎記念館主催ということもあり、
大阪の移り変わりや建築物の歴史をとてもおもしろ楽しくお話してくださって、
時間の流れはまるで浦島太郎の物語の様な感。


気が付いたらもう時間だ…みたいな。


浦島太郎の話では、竜宮城で乙姫からもらった玉手箱を開けたら
あっという間にお爺さんになってしまいましたが、

人生100年時代と言われる昨今、
気が付いたらあっという間に
歳をとっていて、

やりたいこと
成し遂げたいこと
大切にしたいことが、
何も実行できなかった…という風にならないようにしたいものです。


安藤忠雄さんのお話は、
今後の人生をどういう風に生きていきたいか?のヒントがいっぱいでした。


兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1)にある
安藤忠雄さんの青春のシンボル・青いリンゴ。

青春のシンボルのお話で
サミュエル・ウルマンの「青春」が心にゴーンbellと響りました。

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サミュエル・ウルマン
「青春」

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥(あくた)になる。
60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心。
おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓(えきてい:宿駅から次の宿駅へ人や馬をかえて送ること)が心にある。人から神から美・希望・嘉悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき
20歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り
80歳であろうと人は青春にして己む。


冒険しよう。
チャレンジしよう。
青春しよう。

80になっても、100になっても、青いリンゴで居たい。


みなさんは、青春しますか?
どんな冒険をしますか?



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むかし、司馬遼太郎記念館の近くに住んでいたのでよく通ったなぁ。
引っ越してからは全く行ってなかったので、懐かしかった。

司馬遼太郎記念館は安藤忠雄さん設計です。
安藤さんの設計と言えば…近代的ではあるけれど、
緑が多くてホッとします。

写真は司馬さんの書斎です。
緑に囲まれた書斎でゆっくりされていたのでしょうか。

幼少期は母が読んだ本に囲まれていたせいか、
ここへ来て古い本に包まれているとすごく安心感あります。

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司馬さんがこれを手に取りなさい!と言ってくれました。

街道をゆくシリーズ。壱岐・対馬の旅は読みました。

今度はこの2冊。

・近江散歩、奈良散歩
・越前の諸道

近江は、つい先日走った場所のことが書かれてあり、
越前は生まれ育った街のことが書かれてあります。

動けば新しい出会いがあるとは言いますが、
今日も動いて良き出会いができました。

感謝。

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■シオノギ健康通信7月号の健康体操を監修しました

シオノギ健康通信2020年7月号が発行されました。
テーマは『健康な睡眠で免疫力アップ』

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ウィルスに打ち勝つ免疫力を得るにはどうしたらいいか❓ …
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私は、タオルを使って圧をかけ筋肉をリラックスさせる体操を監修&モデルとして登場させていただいています。

お手に取られた方は、是非ご覧くださいませ。

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