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健康サポートプロジェクト

合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。

エストロゲン子の美活ウォーキング

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2022年12月12日

2022年12月12日 (月)

■エストロゲン子・子宮筋腫に悩まされて㉞ 2022.12.11術後3日目[医療の発達にあやかる]

2022.12.11 術後3日目[医療の発達にあやかる]

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痛み止めの点滴をやめたので、またまた夜中にチクチクお腹が痛み眠れません。

午前2時にロキソニンをいただいて、2時間ほど眠ることができました。

薬はありがたいのですが、開腹跡20㎝以上の傷の痛みを麻痺させてしまうロキソニンは、なるべく飲みたくありません。
なので自分の中でルールを作り、八ヶ岳で膝を割った時の痛さを目安に「あの時の痛さを超えたらロキソニンをいただこう」と決めました。
→結局、八ヶ岳の怪我の痛さ以上を超えることは無かったです。


よく周囲に「マラソン大会で良い成績を出したいから…。」「体が痛いのでロキソニンを飲んでトレーニングする…。」とロキソニンを飲んで走る事に挑む方がチラホラといました。

価値観の違いだし、自分の人生観を人に押し付けるのはよくありませんが…
そういう方をお見掛けするたびに内心では「自分の体のことをもう少し考えて。」と思っていました。

だって開腹手術したばかりの強い痛みを消すくらいの鎮痛剤ですから、胃粘膜への負担や腸内環境など内臓への影響の方が心配だと思うのです。



「開腹手術後は腸閉塞に気を付けて便通を良くしましょう…。」とのことですが、なかなか便通がありません。
マグミット(便を柔らかくして腹圧を掛けずに排出しやすくする薬)をすすめていただき飲みました。
お通じを良くするマグミットと腸内環境が心配なロキソニンを一緒に飲んでいいのか?なんだか矛盾している気がしたのです。

ナースさんに「一緒に飲んでいると便は出にくくないですか?」と質問したら「大丈夫」とのことで、飲みましたが…。なんて面倒くさい患者だと思われたでしょうが、
自分の体に入れるものなので、ちゃんと考えて納得してから行動したいのです。

しかし、抗生剤をはじめロキソニンやマグミットなど…ありがたいものですね。
医療や薬が発達する前の手術はもっと辛くて痛かったんじゃないかと思います。

なるべく薬の恩恵に頼らず、退院後は食事と自己免疫でなんとかしたいな。
自己免疫は最強の薬です。





ようやく寝返りをうつのも少し怖く無くなって来ました。
朝方、腸の動きが活発になってきたのか?ガスも連発。

初日隣にいたおばあちゃんは豪快なガスの音を連発させていたけれど、私は音も無く…しょぼい溜息の様なガス。

術後から毎日のように「ガスは出ましたか?」とナースさんに聞かれていたので、早く報告したくてしたくて…まるでお母さんに褒められるのをワクワクして待つ子供の様でした。





起き上がりは咳き込みます。

全身麻酔手術時、器官挿管と言って、口からチューブを入れて麻酔ガスや酸素を送る器具を装着されるのですが、そのチューブが突っ込まれていたせいで、ずっと喉が痛くてイガイガして咳き込んだり、むせたり。


〝咳とくしゃみは、お腹押さえながらするとましですよ〟とナースさんが教えてくださり、お腹を押さえながらするのですが、やっぱり腹筋が崩壊しそう。
腹圧は何て大切なのだろう。
咳もくしゃみもゲップも嘔吐も排便も呼吸も…みんなみーんな腹筋を使ってるんだなぁ…と改めて思いました。



連日自分で身体を拭いて着替えて。
体拭きに来たナースさんが、窓辺で立って着替えている私を見てビックリされていました。

自分でできるって、喜ばしいことです。

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この日から朝も昼も夜も食事はすべて完食。

心配して応援してくれた友達に「手術終わりました」の報告メッセージをする力もありました。
報告した友達の数は、そんなに多くはありませんが大切な人たちです。

はやく元の様に動き回れるようになりたいな。
お友達にも会いに行きたいな。

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■エストロゲン子・子宮筋腫に悩まされて㉝ 2022.12.10 術後2日目[鎖を外す]

2022.12.10 術後2日目[鎖を外す]

術後翌日の夜、痛み止めの点滴をやめたせいか?
ドキュンズキューンと心臓が下腹部に移動したかと思うほど躍動的な痛さで眠れないのです。

こんなにしんどい時に何故かDA PUMPの〝ごきげんだぜ〟の曲を思い出してしまう自分にはまだ痛みに耐えれる余裕があるのでしょうか。

心の中で歌いながら、下腹部はドラムの様にリズムをとりはじめました。

全然ごきげんではない状態なのに、何をやっているのか…。

心の中で歌をうたって苦しみを払拭しようとしても痛みはおさまらず、午前2時に初めてナースコールを押してみました。(入院中、ナースコールを押したのはこの1回だけでした)


いただいたロキソニンが効いたのか?

それ以降はぐっすり眠れました。

ちなみにロキソニンを飲んだのは人生初。
ロキソニンはなるべく飲みたくない薬の1つでした。
しかし、開腹後の痛みを消すってすごい威力だな…。

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朝6時に起床し、リクライニングベッドを起こしても気持ち悪くならず。
体はまだまだ痛いけれど、ベッドの上で少し動ける様になってきました。


そしてこの日、尿管ステント(カテーテル)と尿の管も抜けました。


泌尿器科の先生は、尿管ステントと尿の管を抜きながら「かなり大きい筋腫だった」とおっしゃったので、
「見たんですか?」と尋ねると「見ました」と頷いていらっしゃいました。

ちなみに泌尿器科の先生は若い男子で…。
若い男子に尿管ステントや管を抜かれながら会話するおばさん。

今後、ちょっとのことでは「恥ずかしい」と言う気持ちは起こらなくなるのかもしれません。
よくおばさんには恥じらいが無いと言うけれど、おばさんという生き物は、年を積み重ねながら、苦しいことも悲しいことも乗り越えていくから「はずかしさ」が無くなるのかもしれません。
おばさんは何年も熟成された芳醇で味わい深いワインのような生き物なんだと思いました。






身動きがとりやすくなったので、昼食はベッドではなく、窓際まで運んで完食。
足を引き摺りながらも自分の足で歩いて給湯室までお膳を返しに行き、あたたかいお茶を汲んで戻ってくる。


歩けることが嬉しくて、またまたナースステーションまで歩いて移動し体重測定。
5kgの筋腫を取り出した訳ですから、わかってはいたけれど…測定した体重は43㎏になっていました。


まだまだ歩くにもスピードは出ず、窓越しに映った自分の姿は、まるで薄暗い沼から這い上がり、おばあちゃんに姿を変え、お告げを告げ聞きた亀の様な感じなんだけど。
今日の歩きは生まれ変わった一歩。
一生忘れることはないでしょう。

1つ1つ鎖(管)が外れていくと、少しずつ自由に身動きが取れる様になってくるのは、社会でもなんでも同じですね。
私もいろんな鎖を外していきたいな。

昨日よりも今日、日に日に良くなっていると感じた日でした。
動けるって素晴らしい。
健康って素晴らしい。

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■エストロゲン子・子宮筋腫に悩まされて㉜ 2022.12.9・術後1日目[最上のわざ]

2022.12.9 術後1日目[最上のわざ]

朝巡回に来た主治医K先生の顔を見たら安心して泣いてしまいました。

手術で取った筋腫のことを話してくださいました。
大きいのは4.7㎏くらいで、もう一つ小さいのと合わせて5kgちょっとの筋腫が子宮に張り付いていたそうです。
と言うか…筋腫に子宮が張り付いていたと言う表現の方がしっくりくるのかもしれませんね。


K先生は「米袋を5㎏つけて歩いているのと同じだから、つらかったでしょう?スーパーで5kgの米袋持ってみたらかなり重いよ~頭より大きかったですよ~」と…。

こんなに大きくなるまで放っておいたと思われるのは恥ずかしいですが、地元のクリニックの経過観察で見つからなかったんですよね。

ホルモンバランスによって自分の体の状態は日々変わるし、病院によって診察の方法や診方が変わるので、少しでも変だと思ったら病院へ行くことや、セカンドオピニオンはとても大事だと思いました。

5㎏の筋腫が無くなったのですもの。
これからQOLが上がる事には間違いないでしょう。





まだ貧血で起き上がるとフワーッとなるし、体のあちこちが色んな管に繋がれていて身動きがとれません。

しかし、術後は〝しも〟は綺麗にしておかなくてはならないとのことで、ナースさんの「おしもあらい」と言う洗礼を受けました。
その名の通り〝おしも〟を洗っていただくことです。


〝おしも〟を洗っていただくなんて、たぶんお母さんやおばあちゃんにしていただいた時以来でしょうね。
もうすぐ53歳なのに〝おしも〟を洗っていただけるなんて、今まさに‼ 新しく生まれ変わっているのだと実感しました。


特に日本人は農耕民族で、昔から人々が協力しながら暮らしてきましたし、助け合う精神のDNAはご先祖から代々受け継がれているのかもしれませんが、たった1人で生きていくなんて気持ちは傲慢だという事がわかりました。
こうやって人のお世話になっていると、人は1人では生きてはいけない生き物なんだなぁとつくづく思います。


みんな誰かのお世話になり、誰かに助けられて生きている。

私は傲慢でしたので、生まれ変わって謙虚に生きて行こうと誓いました。





昼からは、起き上がり→ベッドから立ち上がる→歩くの練習をしました。


2m程度ヨチヨチと歩いたけど、貧血と低血圧でフラフラしているので危険ということで、予定では今日取るはずだった尿道ステントも尿の管も外すのは延期となりました。


レースの場合はゆっくりと入って、ペースをキープし、最後ドンドン加速していくのが理想。
まぁ50歳を過ぎると、人生と言う道を進むのに、あまり加速しないで欲しいものですが。

リハビリも人生もゆっくりまいりましょう。

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思った以上に美味しい病院食。
朝も昼も半分残すことになりましたが、夜は完食できました。


暇なことにはあまり慣れていなくて、でもまだ朦朧としていて本も読めないので、Amazonプライムで映画鑑賞を始めました。


この日は〝いのちの停車場〟を鑑賞。
その中で最後のエンドロール前に樹木希林さんが言うセリフ。


若者が元気いっぱいで
神の道を歩むのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、
謙虚に人の世話になり、
弱って、もはや人のために
役だたずとも、
親切で柔和であること。(最上のわざ)


この言葉がとても心に
響きました。
生まれ変わって、謙虚に感謝しながら生きるために、覚書として書いておきましょう。

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      最上のわざ

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、
働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、
おのれの十字架をになう。

若者が元気いっぱいで
神の道を歩むのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、
謙虚に人の世話になり、
弱って、もはや人のために
役だたずとも、
親切で柔和であること。

老いの重荷は神の賜物、古びた心に、
これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くために。

おのれをこの世につなぐ鎖を
少しずつ外ずしていくのは、
真にえらい仕事。
こうして何もできなくなれば、
それを謙虚に承諾するのだ。
神は最後にいちばん
よい仕事を残してくださる。
それは祈りだ。手は何もできない。
けれども最後まで合掌できる。

愛するすべての人のうえに、
神の恵みを求めるために。
すべてをなし終えたら、
臨終の床に神の声をきくだろう。

「来よ、わが友よ、
われなんじを見捨てじ」と。

 

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■エストロゲン子・子宮筋腫に悩まされて㉛ 2022.12.8[手術当日]

2022.12.8[手術当日]

快晴sun天気に応援されている様な朝。

朝から絶食。
11時からは絶飲。
食いしん坊の私にとってこの日はこの上ない修行の日。

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絶飲前の最後のほうじ茶

家族やお友達からの応援メッセージに目を通していると、感謝のあまり涙が溢れてきます。

思春期は箸が転がっても笑うというけれど…
更年期は箸が転がっても泣ける…

今日は特に箸が転がっても泣ける日なのです。

どうにも落ち着かないので、しばらくできない腹筋・スクワット・カーフレイズ・ストレッチを行いました。
体を動かすこともしばらくできないんだなぁと思うと、30年以上大好きな運動ができた自分の体がとても愛おしくなりました。

まず主治医K先生がベッドサイドにやって来て「眠れましたか?」と。
「眠れませんでした。」と答えると、
「眠れないほうが今日の夜はグッスリ眠れるかも…今日はよろしくお願いします。」と…。
いつ見てもK先生はお釈迦様に見えます。

それ以降、次々に手術に携わる先生がやって来て〝いい状態で迎えましょう〟と励ましてくださいました。
医師と言う仕事は…言葉に出来ませんが〝You're amazing‼ 凄いの最上級〟の仕事だと感じました。



手術2時間前に、麻酔の注射のためのテープが貼られました。
自分で圧の強い靴下を履いてスタンバイ。
もういつでも出動できる!

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手術予定は13時30分から。
少し遅れてるとのことで、ベッドの上で瞑想し始めました。

瞑想の途中で14時くらいに名前が呼ばれ、わりと落ち着いた状態で手術室に向かうことに。

よくドラマではベッドに乗せられた人がナースさんに運ばれ手術室に入っていくシーンを見ていましたので、トコトコと自分の足で手術室まで行って、自分で手術台に乗るシステムにはとても驚きました。
こーゆーのって、途中で「いやだ!」とジタバタ暴れる人や、犯人が警官を振り切って逃げる時の様な人はいないのかな。

手術室に入り、風景はあまり覚えてないけれど、なんとなく緑色の部屋で、機械音がピッピッと響いていたのは記憶にあります。


そこからはあっという間。


手術着を脱がされながら「痩せてるね、これは筋腫にずいぶん栄養がとられてる」と女医さんがおっしゃったので、
「筋腫がドンドンふくらんだこの2年は特に痩せてきていたので、筋腫に栄養を持って行かれていたのかもしれません。」と答えた…と思うような…。


麻酔科の男性の先生が麻酔針を刺し、私を安心させる様に「ぼくもこの仕事したばかりの時手術台に乗ってね。ちょっと痛いですよ。」と早口で優しいことを言いながら、ざっくり脳波計を頭に刺して…これは痛すぎて「おいおい、優しいんじゃないんかぁーい。」と思いました。しっかり覚えています。


(ガスを)吸ってー…吐いて…


この間に「夫、ありがとう!お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!…エリー、ミミ、それからそれから…みんなのお蔭様…‥‥ありが…」

そこから記憶がない。

ZZZ…



寝て起きたら終わっている…。

手術を経験した人が言っているこの言葉は本当でした。
寝て起きたら、本当に手術は終わっていました。


意識が戻って目を開けた時、主治医のK先生の顔が目の前にありました。
〝ご主人に終わったと連絡しましたよ。卵巣は2つとも残せました〟とまたお釈迦様に見えました。
最初に発した言葉は「ありがとうございました」そして合掌しました。


またそこから記憶が飛んで…
術後はかなり熱が上がったようで、しばらく震えが止まりませんでした。
すごく震えていたのは覚えています。

意識が少しはっきりし、泣いていたのか?目の周りは目やにでカピカピでした。


手術でテンション上がっていた様で、ナースさんに〝お腹が空いた〟とプラペラ喋っていたそうなのですが、これはほとんど覚えていません。
もー!お腹が空いたとか…恥ずかしいな




表情も思考も朦朧としたまま。
皮膚感覚もなんだかおかしな感じ。

しかし、時間が経つとスマホを見る余裕もでき、夫にメッセージアプリで連絡を取ることができました。


メッセージアプリには、


筋腫は5kgちょっとあった。
手術は4時間弱くらいだった。
K先生からの電話で夫もホッとして涙が流れ絶句してしまったから、K先生にありがとうと伝えて…と書いてありました。



手術を担当された先生のうちの1人が、夜に見回りに来てくださいました。
「筋腫周りの血管がすごくて600ml出血しましたので、まだ貧血状態です。でも、輸血はしてないからしばらく鉄剤を点滴しますね。」と。


「そうか!輸血しなかったんだー!良かったー!!」
輸血はなるべくしたく無かったのでホッとしました。
がんばって造血します。


強い痛み止めの点滴を使っているそうで、点滴の効果が切れるとお腹は地獄だけど、うなされる事やのたうち回る事はありません。


心配だった手術の吐き気は、お友達からの情報のおかげで無し。
本当に日本の医療ってすごいなぁと思いました。


この日は、今までドッシリ居座っていた筋腫の重みが無いのが変で、枕をお腹に乗せて寝ました。
前日寝ていないのでグッスリ眠れるかと思いきや…テンションが上がり体の興奮状態が続いているのか
朝まで眠れませんでした。

…という事でまる2日寝てません。

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