■【エクササイズ監修】シオノギヘルスケア株式会社発行 シオノギ健康通信2022年11月号
まだほとんど白髪がありません。
手をかけると自分に返ってくるなと実感しています。
続けたいと思います。
髪の若々しさに欠かせない食事や過ごし方など
『髪の健康づくり』のための対策が考察されています。

健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
日本経済新聞の私の履歴書を連載されている漫画家の里中満智子さん。
私も小さいころから里中さんの漫画のお世話になりました。
2022年の5月の記事だったか?里中さんは、30歳代から更年期にかけて子宮周りの手術を何回かしたと書かれていました。
まず30歳を前にして、腫れた卵巣をひとつ摘出。
次に、子宮頸(けい)がんが見つかって患部を切除。
40代で子宮筋腫を切除。
さらに、残していた卵巣が腫れて子宮と癒着し、子宮も卵巣も全摘出したそう。
最後は、すい臓の中のすい管に腫瘍が見つかり手術。
手術の内容を見ると、子宮周りだけで4回の手術です。
本当に大変だったと思います。
私もそうですが、晩婚化や子供を産まない選択、そして女性であること。
色んなことが重なり、女性の体はとても大変です。
デリケートな部分ですし、なかなか病院へかかるということも避けて通りがちですが、デリケートな部分であるからこそ、よく観察をしないといけないんだな…と思いました。
シャロン・ストーンさん。
映画「氷の微笑」で有名で、今もなお美しい容姿は健在。
64歳なんだそうです。お美しいですね。
そんなシャロン・ストーンさんが
11月1日のSNS(Instagramのストーリーズ)で
腫瘍摘出手術を受ける予定であることを報告され、
セカンドオピニオンを受ける重要性をお話されました。
以前、胸の腫瘍を摘出され、最終的にはセカンドオピニオンを受け、切除する様な大きな子宮筋腫があることがわかったそう。
この情報だけではよくわからないですが、不調は最終的に子宮筋腫だったのですね。
ネット上には69歳で巨大子宮筋腫が見つかり手術したという方もいらっしゃましたし、
シャロン・ストーンさんも64歳で大きな子宮筋腫で悩むということは…
閉経したら子宮筋腫が小さくなるという説は個人差があるのかもしれません。
どちらにせよ、検診とセカンドオピニオンを受けるという事は大切な事。
シャロン・ストーンさん。手術に成功し元気になりますように。
2022.6.7に、俳優の鈴木砂羽さんが
子宮筋腫と子宮上部の切除をされました。
ずっと生理も重く、ひどい貧血に悩まされていたそうです。
今は、ピラティスでトレーニングする元気な姿がInstagramで見られ、
砂羽さんの笑顔を見ると、私もこうなれるかな?「よっしゃ!」と元気になります。
Instagramに寄せられるコメントを1つ1つ拝見すると
同じように子宮筋腫や子宮について悩んでいる方が多いことに驚きます…
そして、同じように手術をされた方も多いんだな、みんな頑張ったんだなと勇気づけられます。
巷では、筋腫は閉経後10年ほどかけて小さくなっていく…と言われますが、
私は35㎝ともう1つ大きめの筋腫があり、このあとも10年も大きなお腹では、間違いなくこの先の人生のQOLが低下するのは確実。
しかも、お腹を圧迫しすぎて、他の内臓の健康を阻害してしまうことも考えられるでしょう。
その上、私の様な大きな筋腫は変性と言って、中身が壊死したり膿を持ったりする場合もあるそうなんです。
(切除した後「がん」を持っていないか細胞分析しますから、今のところ100%良性とは言えない。)
もう手術する以外の選択肢は無いのですが…。
これまで体に傷をつけるのが怖くてピアスの穴すら開けたことが無いので怖くて怖くて考えるだけで過呼吸に。
Instagramをみると、砂羽さんがスッキリされて元気にしていらっしゃる姿が見られ、それに勇気づけられる日々。
手術もリハビリもがんばりたいと思います。
つづきはこちら⑧へ
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上り坂。勢いに乗っている
ときはいい。
窮地に立ったとき、人間の
本当の価値が決まる。
~大鵬幸喜~
大鵬のお父さんはウクライナ出身のロシア人でお母さんは日本人なんですね。
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ランニングシューズの市場調査に行った際、
通りかかった「綱敷天神社御旅社」
綱敷さんは、先日神山町の神社の方へ
報告したいことがあって参拝させていただきました。
あれから今日までの間に、また報告したいことが出来まして、
偶然通りかかったのもご縁。
御旅社でこの数日間のことを話してきました。
ふと見ると、
昭和の流行語「巨人・大鵬・卵焼き」…
子供に人気のあるものの代名詞に喩えられた
大鵬さんの言葉。
「窮地に立ったとき、人間の
本当の価値が決まる。」
はたして、これまでの人生に窮地はあったのだろうか。
いくつかあったのかもしれないけれど、
乗り越えてきたから特別な出来事としては
記憶に残っていないのかもしれない。
ドラマ~仁 JIN~では
「神様は、越えらる試練しか与えない」(南方仁)
(新約聖書のコリントの信徒への手紙 第10章13節)
というセリフがありました。
窮地の渦中にいると、辛いものです。
しかし、乗り越えられるなら
人生の大きな財産として年輪になっていきますね。
これから訪れる私の窮地は何だろう…。
良き言葉に出会えました。
しっかし、良く歩いたな。
ほんま、外出は大事やで。
帰り道、故郷の黒龍を1杯だけいただきました。
更年期のお悩みについての特集が組まれている雑誌は必ず読んでいます。
スタジオレッスンにご参加くださっているお客様も
プレ更年期~更年期~老年期世代の女性が多いので
婦人科系や更年期の記事は必ず目を通すようにしているのです。
「表紙を内田有紀が飾っている…もうそんな歳になったのか!」
と驚きながら、
「テーマが子宮筋腫の新常識だったから…」と夫が買ってきてくれました。
たぶん内田有紀ちゃんに誘われたんだと思います。
いやぁ…内田有紀ちゃん綺麗やなー
と2人で賞賛。
自分の子宮筋腫が巨大化していると自覚するまで、情報をスルーしていたのか?
あまり漿膜下筋腫のことを目にすることがありませんでした。
いったん自覚すると、矢印が「子宮筋腫」に向くと妖怪レーダー…
いや…子宮筋腫レーダーが立って、欲しかった情報や知らなかった事がスルスルと入ってくるのが不思議ですね。
雑誌を読み進めているとある文章に目が止まりました。
「漿膜下筋腫は、筋腫の10~20%で、初期症状はないものの
無症状のまま巨大化することが…多く」
何?何?
多く????
へぇ!巨大化することが多いんだー知らなかったー。
子宮内にできる筋腫であれば、
大きくなれば痛みが出て異変に気付くのかも知れませんが、
漿膜下筋腫は子宮の外にできるもの。
制限がありませんので、内臓の隙間を見つければ、いくらでも成長し放題。
今回気付くことが出来なければ、まだまだ成長したのかもしれません。
Twitterで検索すると、
同じ症状の方が結構いらっしゃって5㎏~6㎏の筋腫を出したという方も。
医学論文では7kgという数字も見つけました。
5㎏摘出した方は、ウェストが学生の頃の状態に戻ったと喜んでられましたが、
術後、長期間痛みと闘っている様子も記録されていました。
7㎏の方は手術に時間がかかったことや大量輸血をしたと書かれていました。
私も35㎝と13㎝やから、何㎏やろうか…。
こんなことを考えると怖くて眠れないのですが(寝てるけど)
一番怖いのは術後目を覚ました時の痛みです。
想像しただけで闇に落ちます。
悪いことを考え出すと連日変な夢を見て、
老婆が天井からぶら下がっていたり、
スタンガンで病院食を奪われる…とか。
悪夢を家族に話すと
「あんたはどんな病院に入院するんや」
と笑われました。
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昭和の流行語「巨人・大鵬・卵焼き」…
子供に人気のあるものの代名詞に喩えられた
第四十八代横綱の大鵬幸喜さんは
「上り坂、勢いに乗っている
ときはいい。
窮地に立ったとき、人間の
本当の価値が決まる。」
と言いました。
この窮地、ピンチを乗り越えることで
私の本当の価値が決まる!
いいことを言いますよね。
お腹を切って内臓を出すのですから、辛い・痛い!ことは間違いありませんが、それよりも自分しか経験し得ない「本当の価値」を実感したいです。
昨日は入院するために本を買ってきました。
また旅ができるように地球の歩き方JAPAN・来年の占いの本など。
未来のための本。
私のように毎年エコーで経過観察していても
巨大化している子宮筋腫に気付けなかったという私のケースがあります。
雑誌では
「経過観察のうちに筋腫が大きくなった」とか
「毎年健康診断で子宮がん検診をしていたので、
何年も筋腫の心配はないと言われていました。
たまたま不正出血があり、婦人科を受信すると
大きい筋腫が5個あると言われて驚愕!
健康診断はエコーをしないから見落とされている場合がある」
という読者の声を見つけました。
更年期になると、生理なのか?不正出血なのか?区別がつきにくいし、
早く治療が必要な不調も更年期が隠れ蓑となってしまう場合が多いです。
定期的に婦人科で診てもらうことや、セカンドオピニオンもしてみることは、ホント大切です。
手術することや子宮筋腫のことは、身内と、ネット上だけではなくリアルにやり取りしている近しい友人にしか話していないのですが、現場を休まないといけない事もあり取引先の女性に打ち明けると、
実は私もちょっと悩んでる…と話してくれました。
そして、あちらこちらからも「私もあるんです」と声が聞こえます。
「産婦人科で相談して、検診して安心しておいで。」
とちょっと偉そうに背中を押させていただきました。
万が一悪くても何でも早めがいいですよね。
何もなかったら安心だしね。
今、私にできることはこの経験談を話すこと。
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苦しさも悲しさも共に生きてきた筋腫。
やっと出産というか、お別れすることになりますが、
見つけてあげれなかったことを反省し、これからはもっともっともーっと体の声を聴いて過ごしたいと思います。
つづきはこちら⑦へ
2022.11.2(水)
MRIや血液検査(腫瘍マーカー)の結果を聞く日のこと。
待合の長椅子で待っていると、
5歳くらいの男の子がお母さんも自分の番を待っていました。
お母さんの名前が呼ばれ、
お母さん1人だけが診察室に入っていき、
子供は待合椅子で看護婦さんと待つ事になった様で病院内に響くくらいにギャンギャン大泣き。
それはそうですよね。
突然お母さんと引き離されたものですから不安だよね。
大好きなお母さんとは離れるのは嫌だという事はすごくすごく共感できます。
私は子供が泣き叫ぶ声を聴きながら、
自分が小学1年生だったころにタイムスリップしていきました。
母は大腸がんを患い31歳で他界しました。
小学校2年にあがったばかりの、桜の花がヒラヒラ舞う穏やかな晴れの日でした。
ずっと痔だと思っていて町医者に通っていたのが結局大腸がんで。
判明した時には手遅れでした。
それから県立病院への入院が続いたのですが、
決まって週末の夜になると公衆電話から家に電話をかけてきてくれました。
体はしんどかっただろうに、子供だったのであまり状況を理解してなくて、学校で習ったばかりの「きらきら星」を電話口にハーモニカを近づけて何回も母に聴かせていました。
祖母が「お母さん戻らないとアカンからもう切るよ」と言っても
「いやだ!」と言ってずっと聴かせていたことを思い出します。
泣き叫ぶ子供の声を聴きながら、
小学1年生の自分に姿が重なり、
妙に愛おしくなりました。
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私が運動指導者にという職業を選んだきっかけは2つあります。
1つは社会人になってからの生活習慣の悪さで体重過多になり
減量したかったというありふれた理由。
もう1つは、母の死がきっかけで、
健康に携わる仕事がしたかったから。
みんな誰かの大切な人であり、特別な存在です。
そんな人を失うのはつらい。
自分が良く知っていました。
だから大好きな人と健康で長く過ごせるお手伝いができる仕事がしたいと思ったからなのです。
…と言う私が、今病院でドキドキしながら
検査の結果を待っているというのも変な話ですが、
もしも命が長らえることが出来るのであれば、
「大好きな人と健康で長く過ごせるお手伝いをする」
と言うミッションを胸に
今まで以上に力を入れていきたいと思いました。
健康は、誰もが喉から手が出るくらい欲しい宝です。
つづきはこちら⑥へ
今月納品の原稿3つを前倒しで入稿し、
資格試験の最終課題も本日速達で投函。
「合格」を祈りました。
投函の後は本屋さんへ。
秋にゆっくりできなかった分、
年末年始はゆっくりさせていただこうと
本を何冊か買いました。
資格試験も未来の自分への投資ですが
選んだ本も未来のために読むものを選択していたことに驚きです。
2023年も自分にとって最良の1年になりますように。
年末年始に読みます。
●地球の歩き方JAPAN→これから行きたい旅のために
●2023年の星占い 水瓶座→大好きな石井ゆかりさんの。家族のぶんも買いました。
●本日は、お日柄もよく→原田マハさんの!
そして、ウォーキングで秋を感じに。
大阪城公園が急に秋めきました。
なんだか秋の色ってエレガントで素敵ですね。
季節も日々も一歩一歩前進しています。
よき未来となります様。
MRIや血液検査(腫瘍マーカー)の結果を聞く日。
診察室がいくつも並ぶ長い廊下の長椅子で名前を呼ばれるのを待っていると、一番奥の真っ暗な分娩室に電気をつけて個室をつくるK先生を見つけました。
診察室がいくつも並んでいるのに
別に新しく個室をつくるのは…なぜ?
K先生が忙しそうに準備する様子を見ているだけで
「あの部屋に呼ばれるのは私だよね。とうとう宣告をうけるのか…」
とため息が出ました。
診察を待つ女性全員がスマホを片手に画面を眺めているのを見て
余裕だな…とキラキラ眩しく羨ましく感じました。
私はスマホを見る余裕もないくらい落ち着きませんでした。
精神統一しよう!
背筋を伸ばして座禅です。
実はこの2週間ほど、がんに関する本を3冊ほど読んでいました。
がんと聞くと驚いてしまいますが、
約2人に1人はがんになり、
3人に1人ががんで亡くなっています。
誰だって身近に起こることで、がんになる要素があるのです。
正直、これまで「がん」と聞くとこの世の終りのように思っていましたが、
治療により治っている方や手術をして再発していない方も多くいらっしゃることが解りました。
また最近がんサバイバーという言葉をよく聞きますが、
米国ではがん体験者本人だけではなく、その家族や友人、介護者も含めた広い概念で定義されています。
だから、かなり多くの方ががんサバイバーに該当しているのです。
「がんは身近!」
本を読んで、そんな心構えと覚悟ができているはずでしたが…不安は不安ですよね。
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精神統一を20分ほどしていると、名前が呼ばれました。
招かれたのはK先生が準備していた個室でした。
「ここまで大きいと変性(悪性)も疑わないといけなくて…造影剤でMRI検査させていただきましたが、MRIと血液検査の結果ですが…
(〝ファイナルアンサー〟の、みのもんたさんの様に間をとりすぎる…)
悪いものは見つかりませんでした。
良性の腫瘍ですね!
腫瘍マーカーの血液検査の数値もとても良好です。
筋腫に押されている内臓が心配でしたが
それもOKで、貧血もありません!」と…。
優しい顔のK先生の顔がいちだんと穏やかなお釈迦様の様でした。
しかし、前にMRIをした写真と今回のMRIを見比べながら、
次に発した言葉は…。
「もともとあった子宮筋腫はこれ!13㎝!(と、MRIの写真を指しながら)
それから、別にあった小さい筋腫が(7年前のMRIの写真を指しながら)
この7年でだいぶん成長したみたいで‥‥‥‥
35㎝ほどあります…」と。
え!
え!
え!?
何?
13㎝の筋腫の他に
ささささ…さんじゅうごせんち…
なんと!13㎝の筋腫とは別にあった筋腫が
35㎝の巨大子宮筋腫に成長していたのです。
MRIの写真には、
13㎝のコロンとしたボールのような筋腫と、
大きな風船のように膨れ上がった35㎝の筋腫がお腹を占拠していました。
こんなものがずーっとお腹の中に入っているとは。
しかもこの状態でフルマラソンや100㎞マラソンを走っていましたから、
よく走れていたものだと思いました。
かかりつけ医の検診では13㎝の筋腫の経過観察はしてたけれど、
もう1つは巨大すぎて見落とされていた様です。
こんなことってあるのですね。→ちなみにエコーもしていましたが…見落としちゃうのね…。
35㎝と聞いてびっくりしすぎて
まるで漫画のように
口に手を当て声を出しながら息をのみました。
K先生が驚かれていたのは、筋腫の巨大さが1番だったのですが
「この状態で貧血があまり無いこと…
オシッコが出ないとか頻尿とか…
便秘がないのがスゴイ…
ふつうはおへそのあたりまで筋腫が来たら、
痛くて病院に来るものだけど…」と。
そうなんですよね。
確かに山を走っていて下りの時に痛いなぁ…と思ったことはありました。
栄養面で貧血対策はしっかりしていましたし、お腹が大きい黄体期はランニングできない事もあり、ちょうどいい加減でウォーキングを継続していたのが良かったのだと思いました。
日頃から適度に体を動かしていてお通じや排尿もスムーズでしたし、それほど健康面に関しては後ろめたいことはありませんでした。
改めて思うのは、ウォーキングには本当に助けられたと実感しています。
筋腫が大きくなり、周りの血管や臓器を圧迫していて血液やリンパの流れが悪くなっていても、ウォーキングすることで心身ともにスッキリさせてくれました。
ウォーキングをしなかったら、もっと体の不調があったかもしれません。
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検診結果を聞く覚悟と準備はできていたけれど、
悪性では無かった安心感と、
35㎝と聞いて急に怖くなって
不安で思わず涙がポロポロ流れました。
K先生がティッシュを差し出しながら
「大丈夫!大丈夫!
安心してください!治しますから!」
と言ってくださり
嬉しくて余計泣けてきました。
お医者様の「大丈夫!」という言葉は、なんて最強な言葉なのでしょう。
閉経したら子宮筋腫は小さくなる…は非常に危ういです。
閉経待ちをしているうちにどんどん成長していきましたし、
結果大手術をすることになりました。
どんな時も長年連れ添った子宮と卵管、子宮筋腫は全摘になります。
開腹手術は通常はおへその下からなのですが、私の場合はみぞおちの下からで、大きな傷になります。
でもでも、K先生の言葉を信じ前に進みます。
外の待合室で不安そうに待っていた夫に
みのもんたさんの様にもったいなぶりながら、良性だったことや筋腫や子宮・卵管を全摘する結果になったことを伝えました。
夫は涙をポロポロ流して
「良かったー最良な結果やんかー」
と喜んでくれました。
涙を流しながらも
「35㎝って聞いてブルゾンちえみかと思った」と
withTの真似をしながら振り返って
「35㎝!」言って喜んでいました。(複雑…)
子宮筋腫を取ってから細胞診をするので、その結果次第で何とも言えませんが、私はこの数日ほど「がん」と向き合う日が続き、他人ごとではないと考えるようになりました。
だから「がんじゃなかったー良かったー」なんて言葉は心では思っても、軽々と口にできなくなりました。
夫は〝がん〟についての勉強を始めました。
私も〝がん〟をはじめ更年期症状や子宮筋腫をはじめ女性特有の病気のことをさらに勉強し、周りの女性に伝えていきたいと思っています。
今回の大きな出来事は、これから生きる使命感をもたらすものとなりました。
ああ、おかげさまです。
ありがとうございます。
この体と命(時間)を無駄にしません。
大切に使わさせていただきます。
病院からの帰り道は、二人でお祝いです。
(→関連記事:バランスとちょうどいい加減)
つづきはこちら⑤へ
病院の地下にある閉鎖的な空間へ…。
7年前にも、夫と7㎝だった子宮筋腫のMRIを撮影しに訪れました。
数十分待って私の名前を呼ぶ放射線技師は長身のイケメンでした。
「あんなイケメンに体のなかを診られるのいややな…」と
ためらいながら、放射線技師のもとへ小走りで向かいました。
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今回のMRIは、7年前と比較して、明らかに時間がかかりました。
その上、ガドリニウム造影剤を使いますから〝悪性〟の疑いがあるかも知れない検査です。
前向きに考えよう…とは思うのですが、時間が長い&ガドリニウム造影剤という要素だけでも「悪いのか…」と後ろ向きになっていきます。
機械の声に合わせて息を吸ったり・止めたり・吐いたりを繰り返しますが、まったく自分の肺活のタイミングとは全く合いません。
この機械が指導者なら嫌ーという気分と、MRIの狭い空間が重い圧力となりました。
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話は変わりますが、狭い空間はわりと好きです。
特に、幼少期は跳び箱の中が好きでした。
放課後に誰もいない体育館の跳び箱の中に籠っていたこともあります。
大人になって当時のことを分析してみたら、自分にとっては跳び箱の中はお母さんのお腹にいる様な安心感があった場所だったという事がわかりました。
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そんな狭い空間が平気な私もMRIは「早く出たい」と思いました。
早く出たい気持ちを反らそうと他のことを考え始めることに。
考え付いたのは…
体への感謝。
家族への感謝。
周囲への感謝。
感謝です。
「ありがとう」がいっぱい溢れてきて、
ずっと心の中で感謝していました。
体があるから
色んな景色を見せてもらったり、
行きたいところへ行けたり、
美味しいものを美味しいと感じることができる。
喜怒哀楽、五感、それらをすべてを味わい尽くせるのは
体があるおかげなんですよね。
それに、生きていられるのは自分1人が頑張っているからではないんですよね。
ほんまに「ありがとう」なのです。
大切な事に気付かせてくれたMRI。
ある意味お母さんのおなかの中なのかも。
なんだか生まれ変わった気がしました。
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長い時間MRIをしていたせいか?
台から降りる時、ちょっとふらついてしまい、
イケメン技師に「大丈夫ですか?」と心配されました。
恥じらいながら、またちょっと小走りで夫のもとに戻りました。
MRIで生まれ変わったことや「感謝」が思い浮かんだことを夫に話すと、
「大坂なおみで言ってみて」と
ものまねを強要されました(笑)
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帰り道は梅田へ。
家族が、前から観たかった映画を待ち時間に予約しておいてくれたようです。
おかげでこの日は、不安な気持ちに押し戻されることは少なかったと思います。
映画鑑賞を終え、近くに綱敷天神さんがあったので、
「MRIをしたよ!」と報告しました。
どんな結果にせよ、今よりも体を良くするためのこと。
これから先を生きるためのこと。
受け入れたいと思います。
つづきはこちら④へ
パーソナルウォーキングレッスンの日でした。
予約してくださっていたお客様には申し訳ないのですが、
「本当にごめんなさい!」と理由をお伝えし、
まる1日総合病院で過ごすことになりました。
かかりつけ産婦人科の医院長が真っ青で診てくれた日の2日後に、突然総合病院行きが決まったものですから、予約なしの飛び込み診察でした。
朝一受付をして、長時間を悶々とした気持ちでひたすら自分の番を待ちました。
病院慣れしていないので気持ち的に疲れるし、どんどん元気がなくなっていきます。
元気がなくなると不思議と姿勢が横に側弯し、何かにもたれたくなります。
改めて、元気でいることはシャンとした姿勢につながるんだな…感じました。
また、誰よりも健康に気を付けていて長年運動習慣もある私が、なぜこんな目に合わなければいけないんだと、自分がやってきたことに裏切られた様な悔しい気持ちでいっぱいでした。
病院内のカフェでコーヒーを飲みながら、
夫に「最悪やな…悪性かな…」と涙を流し話していると、
聞き馴染みのある元気なお声が聞こえました。
目をふと横に反らすと…
安藤忠雄さんが笑いながら美味しそうにサンドイッチを頬張っていらっしゃいました…。
安藤さんと言えば、がんで5つも臓器を全摘したのに精力的に仕事をし、前向きに生きてらっしゃる伝説的な人です。
以前参加させていただいた2020年の講演会は「人生100年、豊かに生きる」がテーマ。
冒頭に「臓器を取ってしまっても元気に生きている。100年生きるぞ!」と、ご自身の心構えや暮らし方などをお話しくださり感銘を受けたことがあります。
講演では「食事は時間をかけてよく噛んで食べる」とおっしゃっていたけど、
あれ???飲み込んでませんか(笑)
ちょっと笑ってしまいました。
しかし、とても美味しそう!
食べる事は生きることです。
(この件は、別記事をご覧ください→2022.10.21 ENDEAVORS)
安藤忠雄さんにお会いして、
すっかり勇気づけられた私は、
「もしも悪性でも、生きるぞ…」と気力がみなぎってきました。→単純!
「失敗を恐れることなく困難な現実に立ち向かう挑戦心。
どんな逆境にあろうとも、夢をあきらめない心の逞しさ。」
これは安藤忠雄さんが作ったオブジェ「青いりんご」の言葉。
私はこの言葉が大好きです。
自分が生きることで体現している人の言葉は重厚で煌めきがあり、未来に希望を持つ青りんごそのものです。
そうだ!死ぬかも…と思ったら負けだ!
生きることをあきらめてはいけないんだ。
青いりんごになろう!
お会いできたことがとてもありがたかったです。
・
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・
数時間待った後、
総合病院の診察が始まりました。
先生は優しそうな女性(以下、K先生)です。
普通、診察台には下腹部あたりにカーテンがかけられて、
お互いの顔が見れないようになっています。
腹部にエコーを当てていたK先生が
「カーテン開けていい?一緒にモニターを見てください」
とシャーッとカーテンを開けました。
恐怖で恥ずかしさなんてこれっぽっちもありませんでした。
K先生が、優しい口調で
「お腹に巨大なものがあるから、MRI(カドリニウム造影剤)をしましょう。
筋腫は基本良性なのですが、変性を起こし悪性になるケースもあるので、こんなに大きなものは良性でも悪性でも取った方がいいです。
みんなから妊娠してるの?って言われるでしょ。体はつらくありませんか?」と。
「たまに電車の座席を譲られることがあります。
体はつらくないんですが、
まだ妊婦に見える年齢に見られているという嬉しさと、
違うけど…と言う精神的苦痛が…。」
と答えたら、K先生は苦笑いでしたが、手術するのは決定です。
急いだほうがいいと即MRIの日程を決め、
その後血液検査で大量に血を抜いて、身体も気持ちもフラフラになりました。
どんな結果にせよ これから生きるためのキッカケなんだと、夫と励まし合い、よろめきながら病院を出ました。
でも、安藤忠雄さんに会ったことで
体はフラフラしていても、しっかりとした軸ができたと思います。
安藤さんに感謝です。
話は変わりますが、数日前の事になります。
「私まだやりたい事があるから生きたい!」
と夫に言ったところ
「やりたい事って何?」
という返事が…。
実は、今まで夢はほぼ叶ってきました。
やりたいことは不思議とやれてきたし、
海外も日本も行きたいところにはほとんど行った。
おかげさまで貴重な経験を沢山させていただきました。
出来なかったのは子供を産んで育てる事くらいです。
夫の質問に即答できなかったことで、
正直「ああ、人生味わい尽くしたのかも。役目…終わったかも…」と後ろ向きに思いました。
でも、やりたい事が直ぐに思い浮かばなくても
どんな日も毎日家族と一緒に過ごす時間は
まだまだ味わいたい!
と思うのです。
これが、自分が一番大切にしていることで
本当にやりたい事なんだと気付きました。
MRIの日は5日後です。
つづきはこちら③へ