
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
緒方洪庵先生は、幕末における洋楽研究の第一人者として仰がれた医師・蘭学者で〝日本の近代医学の祖〟と呼ばれた人物です。
適塾は緒方洪庵が開いた塾で、侍の子も町医者の子も農民の子も「学問をする」という目的で集まり、先生は洪庵1人でした。
大村益次郎も福沢諭吉も、故郷ゆかりの橋本左内も…全国から、適塾へ学びに集まっています。
教育に力を注いだだけでなく、種痘を広め、天然痘の予防にも尽力しました。
1849(嘉永2)年には現在の道修町5丁目に種痘所(大坂除痘館)を開き、
ジェンナー式牛痘種痘事業を始め、
1858(安政5)年日本にコレラが流行した時は治療にあたりながら、治療手引書『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』を発刊し、感染予防に尽力しています。
今年の春、大阪大のチームが、洪庵先生が残した当時の薬瓶の中身を特定し、水銀と塩素が中身の主な成分と発表したそう。
瓶の蓋からわかったのは、当時「甘汞(かんこう)」と呼ばれ、下剤などとして使われたものだとか。
当時、どのような治療をし薬を作っていたのか?洪庵先生が残してくださったものは、江戸時代のタイムカプセルみたいで夢がありますね。
高麗橋。
江戸時代の商売の中心地。
東海道57次の、江戸からのゴール地点、または江戸へ向かうスタート地点です。
他、中国街道、紀州街道などへもつながっています。
私も、高麗橋からスタートし、東京日本橋まで走りました。
高麗橋は、豊臣秀吉時代、朝鮮通信使を大阪城に迎えるために架けられ、この橋から大阪城天守閣をドーンと眺められるようにと計算されて造られた…または、朝鮮との通商の中心地であったことに由来している橋とも言われています。
注目したいのは、擬宝珠(ぎぼし)。
擬宝珠は、伝統的な建築物の装飾で、橋や神社・寺院の階段などに設けられているネギの花の形をした飾りのこと。
宝珠(ほうじゅ)と言われ、釈迦の骨が入っていたものに似せたとか、ほしい物が思いのままに出せるという玉(如意:にょい)等とも言われています。
↑大阪歴史博物館の擬宝珠
高麗橋は、12ある公儀橋(幕府直轄管理の橋)のひとつ。
大坂の公儀橋の欄干は、頭巾型の金具が取り付けられましたが、京橋(京都と大阪をつなぐ橋)だけ、擬宝珠が取り付けられていたとか。
なぜか?高麗橋には、京橋にあったとされる宝珠の擬宝珠のレプリカがあるのです…。
本物の擬宝珠は、大阪夏の陣で徳川方に戦利品として持ち去られたあと、いろんな方の手に渡り吉田茂さんの手元へ、そして遺族によって大阪市へ寄贈されたそうです。
吉田茂さんと言えば…麻生さんのおじいちゃんですね。
本日も仕事前に『2022年開運街巡りウォーキング』(残席わずか)の下見です。
ランニングで行ってまいりました。
普段見慣れていて気にとめない景観も、川の歴史を知ると、大阪がどのように発展していったのかがわかります。
↑ 志じみばし跡
↑蜆川に沿ってカーブしている道
蜆川(曽根崎川)はもうありません。
明治14年の「北の大火」で焼失し、瓦礫を川に捨てたことで埋め立てられ、今は北新地になっています。
そして、堂島川は今でもたっぷり水が流れています。
そんな蜆川と堂島川は、江戸時代、干しあがっていて、水が流れていなかったそう。
↑堂島川にかかる渡辺橋
蜆川と堂島川を整備したのが河村瑞賢(かわむらずいけん)。
広く掘り広げて水が流れるように整備しました。
掘った浚渫土(しゅんせつど:海底や河川の底を掘削することにより発生する、土砂やへどろ)は堂島に盛ったとか。
蜆川と堂島川には推古天皇の時代から中洲がありましたが、中州に薬師堂が建っていました。
今の堂島アバンザのあたりです。
船で渡る時にも遠くから薬師堂が見えたことにちなみ、地名が「堂島」になったそうです。
今は中洲にはオフィスビルが立ち並び、薬師堂はキラキラ光るミラーボールのように変わりました。
しかし、お堂の中には今でも薬師如来像(病気を治すということで古くから信仰があります)、弘法大師像、地蔵菩薩像がいらっしゃいます。
↑合掌した形のモニュメント。蝋燭をお供えします。
古地図を片手に…。
昔の景観から、川と共に町ができ、経済も学問も発展していったことが読み解け、今昔を比較するととても面白いです。
歴史ウォーキングの下見を重ねています。
(
残り席あとわずか…レッツ!寅イ・2022年開運街巡りウォーキング 開催 →★★★)
繰り返し史跡やスポットを訪問するたびに、課題や調べることが増えていきますが、とても勉強になっています。
あらためて、歴史は断片的でなく、つながってると思います。
今暮らしている私たちの社会も、新しくできた現象ではなく、昔から繋がっているのです。
またまた宿題が沢山出来ました。
下見途中でショコラ買いました…。
大阪城では「大坂城チャレンジラン2021」が開催されていて、出店しているお取引先様のブースに寄って帰りました。
少しずつ、イベントも開催され、社会も動き始めていますね。
2021.12.11『天外者』公開1周年特別上映![]()
全国304館+台湾1館の劇場で1日だけ。
お仕事終わりで
もちろん!鑑賞してまいりました。
今〝青天を衝け〟で、渋沢栄一さんの名前が有名になっていますが、
東の渋沢栄一(幕府側)、西の五代友厚(薩摩藩)と言われるくらい、五代友厚さんも日本の資本主義の礎をつくり、未来を切り開いた方です。
↑深谷駅前の渋沢栄一さん。
↑大阪証券取引所前の五代友厚さん
大阪には、五代友厚さんの墓所や足跡が残っているにも関わらず、
『天外者』が上映されるまで五代さんについて知らなかったのが恥ずかしく…
上映されてから五代さんをはじめ、
当時の近代歴史背景について少し学び、多くの気付きを得させていただいていました。
上映から1年。
もう一度鑑賞すると、さらに五代友厚という人物像について腑に落ちることが増えました。
また、最近『燃えよ剣』を鑑賞していたのも重なり、
同じころ日本は大混乱と大きな変化の渦中だったんだなと改めて思いました。
色んな不満や不安・悩みなんて、あの混乱期に生きた人たちに比べたら…たいしたことでは無いと背中を押されます。
三浦春馬さんの演技は、当時の五代友厚さんは〝きっとこんな風だったんだな〟と思わせる迫真の演技。
映画後半、嗚咽している鑑賞者や、幕が下りてからの拍手喝采は、彼には多くのファンがいたんだなと思わせます。
感動いたしました。
五代さんの生き方や考え方は、自分にはとうてい真似できず無理ですが、とても素晴らしい人だったのだなと理解できます。
少しでもいいから、1歩でもいいから、近づきたい。
そして、まるで五代さんに憑依したように演じた三浦春馬君は、本当に素晴らしい俳優でした。
(時代背景がわからないとストーリーを理解するのがキツイですが)
本当に良い作品だなと思いました。
今、生活ができるのも、商いができるのも、先達のおかげさま。
五代友厚さん、先を生きてくださいまして、ありがとうございました。
三浦春馬君、素晴らしい演技をありがとうございました。
↑ 無理…![]()
「マスクを外して筋トレの実技をしてほしい!」
(勝手な)思いを込めて…
ここ2回ほど、担当している授業をオンライン授業にしました。
そんなことで、対面授業の時よりも、準備や後処理、質問の回答など、
やることが増えていて、少し忙しくさせていただいております。
最近見たニュースの
「コロナが無くなってもマスクはしたいですか?したくないですか?」
というアンケートによると、
どちらも半々という結果でした。
‐メイクに時間とお金がかからなくなった
‐表情がわかりにくいのが良い(逆の意見もあり)
‐ニンニクを食べても臭いが気にならない
など…
人の数だけ考え方や嗜好がありますね。
しかし、酸素が身体に及ぼす効果を考えると、
有酸素運動も、筋トレも、ストレッチも、新鮮な空気で呼吸できる方が身体に良いわけで。
たまに、誰もいない屋外でマスクを外して運動することがありますが、
身体の軽さが全然違う!
酸素が血液に乗って体中に運ばれているのだという感覚がわかるのです。
同時に日ごろ、酸欠になっているのがよくわかります。
これからは、マスクありき…という世の中になってしまったのかも知れませんが、
個人的には「早くマスクを外して運動できる世の中になりますように」と願います。
さて、近況のおまとめです。
青森出身の大好きなお友達から、
サンふじ
や星の金貨が届きました。
〝今年は天候不順で小ぶりだ〟との話だけど、立派でピカピカツヤツヤまるまる。
その上、中身が蜜蜜蜜蜜…ギュウギュウギュウギュウ…です。
とても美味しくいただいています。
移動ランで会う、犬のはるちゃん。
ちょっと冬毛になっていました。
かわいい。
今さらながら、東野圭吾さんの〝麒麟の翼〟を読みました。
そして…今さらながら、日本橋の麒麟の翼のステキな意味を知りました。
┈┈┈┈┈
(麒麟の翼/東野圭吾 より)
麒麟は想像上の生き物で本来は翼がない。
日本の道路の起点がある日本橋の麒麟は
「ここから日本中に飛び立っていけるように」という願いを込めて翼がつけられた。
┈┈┈┈┈
みんなが、日本中や世界に飛び立てますように
私も飛び立ちたいぞ!
今年もあと3週間だけど、がんばっていきましょう。

みなさま、いつも誠にありがとうございます。
コロナ感染予防対策をし、久しぶりにアウトドアイベントを開催させていただきます。
2022年1月23日(日)寅の日に、
虎にちなんだスポットや、大阪の歴史スポットを巡りながら約7㎞歩きましょう。
歴史の学びだけではなく、もちろん!運動や健康に関するガイドもあります。
定員に限りがあります。
ぜひ、お早めにお申し込みいただけるとありがたいです。
●開催日:2022年1月23日(日)寅の日 10:00~
●スタート:北新地駅→ゴール:大阪城公園
※集合場所は参加者のみにお伝えします。
●所要時間:3時間
●定員:6名
※史跡や神社はマスクをつけての入場が必須となっております。マスクをつけてご参加ください。
※動きやすい服装と、歩きやすいシューズでご参加ください。
●参加費:3,000円(入場料込み)
※参加費は当日ご持参ください。
※領収書が必要な方は、申込時にお伝えください。
●お申込み:→ http://bodylux.jp/contact/
お問い合わせ項目に「2022.1.23健康歴史ウォーキング申し込み」と入力ください。
定員の場合、参加できない場合があります。ご了承くださいませ。
[コース]
北新地→加島屋本家跡→淀屋の碑→適塾(内覧)→除疱館跡→旧鴻池家本家跡→少彦名神社→道修町ストリート→高麗橋→豊国神社→大坂城(虎)→大阪城公園駅(約7㎞)
※デジタル資料&健康レクチャー付き
※参加者にはデジタル資料をお送りいたします。
イベント終了後、資料はBLOG公開します。
「ガイド]
天井亮介/坂田純子
主催/コンディショニングスタジオBodyLux
大阪市内には「町」の字が付く町名は約150くらいあり、
半数が「まち」と読みます。
もちろん!道修町も「どうしょうまち」と読みます。
道修町は江戸時代から薬種問屋が軒を連ね、
現在も多くの製薬会社の本支店がある「くすりのまち」として知られています。
軒を連ねる道修町通り(どしょうまちどおり)には、
医薬品に関する展示施設が複数あり、
その中に少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)があります。
かっこいい!ゴールデンタイガー!!![]()
歴史としては新しいのですが、
日本の薬の神様「少彦名命」と中国の薬の神様「神農炎帝」の両方が祀られている珍しい神社だとか。
境内には張子の虎が彼方此方で見られます。
虎の謂れは…
江戸時代の末期・文政のころ(1822年)、コレラが日本に入り、大阪でも多くの死者が出ました。
コレラにかかると2~3日でコロリと死んでしまうから
「三日コロリ」とか、虎と狼が一緒に襲ってきた病という意味で「虎狼痢(コロリ)」とよんでいました。
コレラの特効薬がなかったとき、道修町の薬種商の方々が、
虎の頭蓋骨などを配合して薬をつくりました。
薬の名前は「虎頭殺鬼雄黄圓(とこうさっきうおうえん)」と言います。
薬をご神前で祈願して、みんなに配ったところ、病が落ち着いたそうで…。
そんなことから、張子の虎がお守りになったようです。
(※明治時代になり、薬の配布が禁止され、今は張子の虎がお守りとして受け継がれています。)
懐かしい薬も展示されています。![]()
ユースキン!懐かしい…養命酒は名前の通りロングセラー。
寿命が長いな‥‥
大福虎と言われる張子の虎のお守りが、あまりにも可愛らしいので、連れて帰りました。
健康成就や家内安全を祈願したお守りです。
令和4年、2022年の干支は「寅」
寅は金運の象徴でもあります。
金運と健康運祈願にピッタリなパワースポットですね。
[住所]
〒541-0045 大阪府大阪市中央区道修町2丁目1-8
くすりのまちには、こんなものも売られていました。
「八目鰻の肝油」
八目鰻は、ビタミンAが豊富で目に良いようです![]()
![]()

水戸光圀も藩医に編集させた『救民妙薬』(家庭の医学書)に、
夜盲症の薬として紹介していたとか。
欲しい…かも。
八目鰻を調べたら、目が8つあるわけではなく目は2つなんだってさ。
今日は、仕事として訪れましたが、
くすりのまちをゆっくり歩くのも、面白いですね。