
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
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へたこいたー
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朝、何となく歩いていたら…
敷鉄板の上が凍結し滑り、小島よしおの「へたこいたー」のポーズで転倒。
※敷鉄板…こんなやつ
とっさに手をつけたし、手袋していたから手は守られたけど、膝から崩れたのでジャージが破れて膝に軽い怪我をする。
そう言えば…何となく歩けない季節と寒さになっていた。
労災防止で、凍結転倒の注意喚起がされるシーズンである。
転倒の危険因子は身体的要因(内的因子)と環境要因(外的因子)があり、
内的因子は、筋力の低下、バランス能力の低下、視力や聴力の低下、または薬剤など。
外的因子は、段差、障害物、階段、坂といった普遍的な要素と床や靴など。
これらが合わさり身体が対応できなくなると〝転倒〟に繋がっていく。
普段からあらゆる手段で身体を動かしている自分も、今朝は対応できずに転倒したが、もしも…運動をしていなかったら…と考えると少し恐ろしい。
自分の体が地面に近付いたら自動的に腕を前に出して手をつく…という反応(パラシュート反射)は、幼児の時に転びながら学習していくが、年齢を重ねていくと自動的な反応を持っている者でも、反応が遅くなる。
そして、筋力の低下や骨粗しょう症などが原因で、ついた手くびを骨折することもある。
また、手でかばうことができずに転んでしまうと大腿骨頸部骨折が起こる。
改めて、前横後ろ…様々な角度でとっさの1歩を踏み出せるステッピングトレーニングやランジなど。
そして、手で自体重を支える様なトレーニングも必要だと再確認。
レッスンに参加してくださったお客様に外的要因の注意喚起と、「運動を継続すること」や「手も足も体幹も…全面的に身体を動かすことの重要性」をプレゼンさせていただいた。
これから寒さが極まって凍結や雪も心配な季節。
コロナもだけどコロブのにも気を付けよう。
私は凍結に強いシューズが欲しい。。。
※リアルタイムのログではなく、数日前のログである。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。
コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…
京街道の旅。
今回は、京街道と淀川舟運。
曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。
本記事は、曽根崎~高麗橋~京橋の続き。
15㎞の道中の一部を記録する。
※リアルタイムのログではなく、数日前のログである。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。
コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…
京街道の旅。
実は、新型コロナウィルスがやってくる前、2020年の1月に京街道を走破していた…。
その時は、まさか、自分が中山道を行くとは思っていなかったので
特に史跡を巡ることもなくログすることもなく…
トレーニングとして約56㎞だったか57㎞だったか…。ただ走るだけ。
今回は、史跡を巡り先人たちの暮らしや思いに馳せながら、走ってみたいと思う。
ただ、首都圏はコロナウィルス感染拡大で、緊急事態宣言を出すか出さないかの大変な時期であるので、県境を跨ぐことは良く考えて責任のある行動をすることを前提に旅を進めて行こう。
まずは京街道と淀川舟運。
曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。
本記事では15㎞の道中の一部を記録する。
(関連記事:京街道の誕生→★★★)
京都と大阪を結ぶ交通の大動脈は淀川の舟運だった。
京都・伏見と大阪・八軒家の間(約40㎞)を茶船(十石)上荷船(二十石)が往復。
江戸末期には1日に1500人、800tの荷物が運ばれたという。
●曽根崎から大江橋を通って淀屋橋へ
●淀屋の屋敷跡
淀川水運だ…。
淀屋の屋敷は、海産物市場や米市を開き、金融業や船と荷主の間に立ち集荷を行う業を営み財を得た。
●なにわの三橋
大阪は水の都と言われているが、総橋数約155~200橋のうち公儀橋は12。
天満橋・天神橋・難波橋は公儀橋でなにわの三橋と呼ばれる。
12以外の橋はすべて町橋で町民たちが幕府の援助を受けずに生活や商売のためにかけた橋だそうだ。
大阪の商人が〝なにわの八百八橋〟と言われているのは、
自分たちの生活を良くするのは自分たちがするという熱い大阪の人の生き方を表現しているからであろう。
※〝なにわの八百八橋〟は、本当に808ヶ所の橋があるではなく、それほどの勢いで寺や橋が立ち並んでいたことの比喩的表現です。
●淀屋橋
●難波橋のライオン像
●大阪証券取引所の五代友厚さん
関連記事:天外者を鑑賞してきました→★★★
●元標跡碑と擬宝珠(ぎぼし)
江戸時代の里程計算の起点は高麗橋の東詰にあった。
ここ高麗橋が東海道、中国街道、紀州街道などへの道のり、車馬賃の起点となった。
擬宝珠は大坂夏の陣で徳川方が持ち去り、昭和40年になって吉田茂の遺族から大阪市に寄贈されたそう。(関連記事:[大阪史跡]高麗橋と擬宝珠 →★★★)
東海道57次の、江戸からのゴール地点、または江戸へ向かうスタート地点である。
●天神橋
●熊野街道の起点
●昆布屋さんと八軒屋船着場跡
〝江戸は鰹節、大阪は昆布〟と言われ北海道の昆布は日本海より西回り、下関から大阪に入った。
戦前まで昆布屋は八軒屋に多くあったが今では永田屋昆布店と八木昆布店のみだそうだ。
(関連記事:[大阪史跡]京街道:八軒屋船着場→★★★)
●天満橋
●京阪モール前のポスト3つ
青ポストは速達専用だそうだ。
●秀吉時代の大坂城の石垣(三の丸北端)
街中にひょっこり石垣。
石垣と言えば大阪城公園内にしかないと思っていたが、京橋口付近にもあった。
大坂城は大きかったんだな…。
●京橋(秀吉時代の大阪の東の玄関口)
秀吉時代にかけられた京橋。
〝京都に通じる橋〟の名である。
秀吉時代は京街道の起点でもあった。
そして野崎まいりの旅人でもにぎわったそう。
●京橋川魚市場跡
京橋…河川敷から撮影。
昔、鯰江川(なまずえがわ)があったそうで、今は埋め立てられている。
鯰江川にかかる橋が〝のだ橋〟〔公儀橋〕であった。
●道標 左京みち
京橋商店街を経て野江へ向かう…
本場イタリアで見た真実の口よりもデカい!
京橋商店街の真実の口さん、ちょっと辛口(笑)
早く、コロナが収束しますように。
大阪と言えば〝虎〟
おばちゃんは大きな虎の顔がドーンと描かれた服を着ているイメージ。
阪神タイガースのマスコットは虎とラッキーで〝トラッキー〟
そして、偶然なのかも知れないが、街のあちこちになぜか虎の絵があったりするのも大阪…。
そして…個人的には、小学一年生の時一番最初に読んだ歴史小説は「ひよしまる」だったが、豊臣秀吉にまつわる逸話を知っていくにつれ、大阪=虎のイメージが強く色濃くなっていく(笑)
その理由の1つに秀吉は虎をペットにしていた説があるからだ。
大坂城の外壁にも虎が描かれ、三国無双とたたえられた8頭の金色の「伏虎(ふせとら)」が四方に睨みをきかせている。
(阪神タイガースのモチーフの虎は、各球団に睨みをきかせる意味だという説も…ホントウナノカハワカラナイ)
[伝説より]┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ペットにしていた虎は大変大飯ぐらいで、困った秀吉は「毎日1匹ずつ犬を町のものから差し出させて虎のエサとする」という命令を出したそう。
ある日、天満の金物屋の徳八のとこにも犬を出すように役人が来たので、泣く泣く飼い犬〝りき〟に腹いっぱいご飯を食べさせ最後の別れをしてお城へ渡すことに。
…その後エサになるはずの〝りき〟は虎の首にかみついて格闘。
結局は虎の爪に引っかかれて息絶えたけど、虎も息絶えた…という無茶苦茶な伝説がある。
…
秀吉が虎をペットにしていたというのには驚きだが、自分のペットのために、町人から家族同然の飼い犬を差し出させるなんてもっと衝撃だった。(→あくまでも伝説であるが)
そんなこともあり、個人的に「大阪=虎」のイメージが強い。
京街道を走りながら、街のあちこちいる虎を見つけては、
虎にひるまなかった天満のどこかに眠る勇敢な〝りき〟のことを想った。
京街道のレポートはのちのちゆっくりUPしていくとする。
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江戸時代のお洒落読本
『都風俗化粧伝』
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江戸時代、京都で出版された『都風俗化粧伝』は、110年にわたり増刷され続けた超ロングセラーである。
約1世紀もヒットし続けたのは、どの時代も女性は美しくありたいという欲求があるからであろう。
そういう私も江戸時代から1世紀も読まれてきた〝美の秘訣〟が気になり愛読している。
この書には、顔・頭・手足・髪・化粧・恰好・身だしなみなど、美しくなる秘訣が並べられていて、中には、あくびを止める方法、大小便をこらえる方法も紹介されていてちょっとおもしろい。
大小便をこらえる方法は、人と言う字を手に3回書いて飲む…だったか〝緊張しないおまじない〟に似ているが、トイレの無い街道ランニングの道中でぜひ実践してみたいものだ。
で、気になるのが江戸時代からの美の秘訣…
それは、メイクアップではなく、ツヤやハリのある健康的な素肌をつくるスキンケアにあったようだ…。
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(顔面の部・頭書P12より)
人生まれながらにして三十二相揃いたる美人というのは至って少なきもの也。
化粧の仕様、顔の作りようにて、よく美人となさむべし。
その中にも色の白きを第一とす。
色のしろきは七難かくすと、諺にいえり。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
と書かれている。
〝三十二相〟とは、仏の身体に備わっている三十二の優れた姿・かたちのこと。
〝色の白いは七難隠す〟諺とは、色白の女性は顔かたちに多少の欠点があっても、それを補って美しく見えるということ。
ここでは美人のありようを色が白いことだと言い切り、色が白ければ他の難を隠してくれると述べている。
白い肌を作るのに活躍するのが、漢方の材料から庶民が簡単に手に入るものまで様々で、簡単に手に入るものは食品が多い。
例えば、食品の米ぬかや米のとぎ汁。
これらの美白効果は高いという。
現在でも米に関する成分が化粧品に配合されていることから、効果があるのかな…なんて期待に心が弾んでしまう。
日々老いていく肌であるが、健康的な素肌がキープできるよう努力したい。
今年もマスクの日々にあやかって、ランニングで日焼けしないこと。
そして『都風俗化粧伝』が面白いので、江戸時代からの〝美の秘訣〟をいくつか実践してみよう。
そんなことで簡単に手に入る食品で健康的な素肌づくり。
〝かす汁〟を作って余ったこともあり、米やこうじが原料の酒粕でパックをしてみる。
アルブチン(美白に期待)やビタミン類が豊富だから、やらないよりはマシなのかな。
崇敬神社のお札は毎年送られてくるのだが、初詣で神宮大麻のみいただき、氏神様のお札をいただくのを忘れる。
三社造りの神棚なので、一社でも足りないと朝晩のお詣りで気が締まらない。
そんなことで、山を越えていただきに走る。
コロナ禍で山へ訪れる人の数が増えたのと、感染拡大予防で必需品になったからか?
マスクの落し物が多い。
おそるおそる拾って帰るが、時期が時期なのでなるべくは拾いたくないものである。
山を含め自然も、人間も動物も植物も…万物はすべて神から生まれたもの…と伝え続けられている日本。人が作った造形物が土の上に転がっているとなんだか不自然だなと感じてしまう。
落としたくて落としたのでは無いと思うが、マスクは落とさずに…
まずは自分が気をつけよう。
初暦(ハツゴヨミ)とは、新年になってはじめて暦を用いる事をいう。
カレンダーの表紙をめくって1月が登場する瞬間…毎年ピリッと気が引き締まる思いをする。
年が変われば、今までのことがガラリと変わることは無いけれど、新年は気持ちを新たにするきっかけを与えてくれる、いわば節目の瞬間である。
今年のカレンダーは比叡山・延暦寺のもの。
魔除けと疫病退散のご利益があるという元三大師が表紙になったものである。
そして本日3日は元三大師の命日で、〝元三〟という名前の由来にもなった日。
延暦寺のお坊様に〝カレンダーの表紙は大切に…〟とアドバイスをいただいたので、和室の入り口に貼り手を合わせた。
1日も早いコロナの収束と、暦にはたくさんの幸せが刻み込まれていきますように…と。
[礼にはじまり礼に終わる]
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旧年中は大変お世話になりました。
本年も変わらぬお付き合いをよろしくお願いいたします。
新型コロナウイルス感染症の一日も早い収束と、皆さまのご健康をお祈り申し上げます。
幸多き一年となりますよう。
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親戚は集まらず、ガラガラの時間帯に初詣やお墓参りを済ませ、書初めを行い…
2021年は丑年にふさわしく、ゆっくりと牛歩でスタートしています。
毎年恒例の干支読みから、2021年に大切にすることは〝牛歩・持久力(継続/前年からの更新)・結ぶ〟というワードがよめたので、
丑の様にゆっくりゆっくり着実に進み、なかなか進まずの伸び悩んでもあきらめずに継続します。
そして、できることでご縁を結び・つなげ・力を合わせて頑張っていきます。
今後ともよろしくお願いします。
*☆*―――【2021・辛丑】―――*☆*