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合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。

エストロゲン子の美活ウォーキング

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2021年1月13日 (水)

■2度目の緊急事態宣言をうけて

2021年1月13日。
大阪は2度目の緊急事態宣言が出た。

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不要不急の外出をしないでおきましょう…とのことで、明日から街は 日中も20時以降も静かになる…。

コロナ過で、通勤や会社勤務がなくなり、在宅ワークになる事は、感染拡大予防に繋がったり時間に余裕ができたりと良い面もあるけど、反面運動量が減ってしまうことが、マイナス要素となる。

自分の事になるが、
帰宅ランや移動ランをせずに、交通機関を使い通勤距離を測ってみたところ…自宅からスタジオまで片道2km。往復4km。
これに勤務中も動いているから、まぁまぁの運動量。
在宅ワークになった会社員の方も、今まで社内で何かしら動いていただろうから、働きに出ると言うのは、それだけても立派な運動なのである。

動かなくなったら血の巡りは悪くなるし免疫力は低下するし…ほかにも色々リスクが考えられる。身体は動くことであらゆる器官が機能する様に出来ているのだ。
だから、自粛は健康的とは言えない。

今は仕方ないけれど、
みなさん!ソーシャルディスタンスを守りながら、ストレッチや筋トレしたり歩いたりして適度な運動をしてね。(※適度が大切)


今朝は半幅帯を結ぶ練習。

着付けの練習をしても、今は着物を着て外出できないが、早く楽しく出かけたい。
では、これから感染予防に気を付けて不要不急ではない仕事へ。

■よき出会い

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    骨董市
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梅田大丸みせ へ。

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よき骨董品との出会いがあり、〝江戸後期・明治・大正・昭和〟の食器をいただいた。
戦火や災害を潜り抜けて、令和の食卓に並ぶと考えると、感慨で胸がいっぱいになるし、綺麗なものよりも、色むらや歪みがあるものに愛着を感じる。

個人的な掘り出し物は、〝EXPO70 1970年 日本万国博覧会 アンバーグラス〟
なんと!私と同じ年齢である。
割れずに残っていたことに感謝しかない。

そして、古くから物品交換や多くの人が集まる意味で使われた〝市(いち)〟という言葉通り、やっぱり出かけて、仕入してくださった方の話を聴くのは楽しいなと思う。

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●EXPOアンバーグラス〔昭和〕
●五三桐の紋っぽい皿〔大正〕
●コウモリのお皿〔明治〕→珍しい品なんだって
●巾着袋柄の小鉢〔江戸後期〕

2021年1月12日 (火)

■備後護国ワイン・樋口季一郎

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  樋口季一郎さん
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樋口季一郎 陸軍中将ラベルの「備後護国ワイン」wine

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樋口さんのことは昭和史に埋もれていて教科書にも全く登場しない。
しかし、語り継ぎたいほど素晴らしい功績を残した人物であったということを、2020年 コロナ禍の自粛期間で読んだ早坂隆さん著のbook〝昭和史の声〟と言う本で知った。

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〝人を大切にする。民衆を大切にする。これこそ宝である。〟この精神は、古事記にも日本書紀にも百人一首にも登場する 日本人が古くから大切にしてきた精神であるが、樋口さんは人を大切にする友愛の心を貫いた人である。

氷点下20度の極寒の地 満州とソ連の国境オトポールで、ナチスの迫害から逃れてきた大勢のユダヤ人難民に、ビザを発行し救出した。
ユダヤ人へのビザの発行と言えば、杉原千畝さんが有名だが、杉原さんよりも前に多くのユダヤ難民を救出していたそうだ。

そののち大東亜戦争終戦後に、ソ連と陣取り合戦となった占守島の戦いで、北海道をソ連の侵略から守った人物でもある。
(ちなみに司馬遼太郎さんが唯一尊敬していた先輩 池田末男さんをはじめ多くの先人も北海道を守ってくれた。)

たられば…ではあるが、この功績が無かったら、日本も今ごろ1つの国がいくつかの国に分かれていて内戦が起こっていたかも知れない。
戦争は二度とあってはいけないもの。
たらればの美談にするのは良くないが、事実は教育で丁寧に学びたかった。

自分が平和に暮らせていることへの感謝の根っこには先人達の功績がある事を忘れずにいたい。
備後護国ワインは、樋口さんが広島県の福山の連隊長を担っていた時期があったことに因んだご当地ワイン。
広く知られていない樋口さんだが、ワインのラベルにして商品にすることは、それをきっかけで樋口さんを知る事もあるから素晴らしい取り組みだと思う。

ワインをいただきながら、先人たちに感謝し、今一度〝友愛の心〟について考えたい夜。

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なんと、ワインに漫画がついてきた!
 

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

〝歴史を知ることは物知りになることではなく、日本人とは何者かを知ること。〟

肝に銘じよう。

2021年1月11日 (月)

■十日戎 2021

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  十日戎 2021
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大阪の庶民は、豊臣の代からえびす様への信仰が厚かった…
徳川の代江戸期になると、大阪は商業の町として繁栄し、戎神社は大阪の商業を護る神様としていっそう崇敬されるようになっていった。
年の最初のお祭りとして十日戎(1月9・10・11日)の3日間に福をいただきにいくのが、大阪で商売をしている人の習わし。

感染予防しながら、今年も十日戎。
最終日にのこり福をいただきに行く。

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コロナ禍で人もまばらで、毎年神社に響き渡る
『商売繁盛、家内安全、おかーぐらーbell"""』と言う掛け声も無い寂しいのこり福の日。

威勢の良い掛け声で〝今年もがんばろう〟と気合が入るが、飛沫防止のビニールシート越しの神楽鈴とマスク越しに消えかけた小声は力が抜ける…。
録音の掛け声でも流しておいたら少しは違うだろうけど…兎にも角にも十日戎は感染予防ばっちりであるscissorsshine

祭りのようなワイワイした雰囲気には高い価値がある…と改めて感じた2021年の十日戎。
笹には全部の吉兆をつけていただき、大盤振る舞いしたから、今年も稼がせてな!たのむでconfidentえびす様。

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…
※写真の時だけマスクを外させていただきました。

2021年1月 9日 (土)

■繋がる

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  繋がる
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朝のオンラインレッスンは、毎度ご愛顧くださっているお客様に加わり、ご転勤でスタジオを退会された東京のお客様がご参加くださった。
オンラインは離れてしまった大切な人と再び繋がれるからまさに今ありがたいツールだ。

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オフラインレッスンでスタジオご利用のお客様も、本日満席。
オフラインレッスン後は、10年繋がってくださる企業様の体操監修の撮影。

大阪にも緊急事態宣言が出るかも知れないが、やるべきことをさせていただくだけ。
引き続き感染予防につとめ、目の前の大切な人の健康をサポートさせていただきたい。

おかげさまで、うちの事業も1月1日でまる10年を迎えることができた。
今年は、また新しい形に成長し変身するのが目標。
引き続き目の前のご縁のある方や企業様をサポートさせていただきたい。
10年選手、次の10年を見通してがんばるで。

繋がってくださるみなさん、ありがとう。
 

2021年1月 8日 (金)

■【連載・監修】シオノギ健康通信・栄養アップ対策

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 シオノギ健康通信
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連載させていただいている〝シオノギ健康通信〟
2021年1月号は「栄養アップ対策」
食事や栄養を見直して、免疫力を上げようという内容。

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私はリンパ管で運ばれる栄養の事やリンパ節がある場所を解説し、身体を動かす重要性を提案させていただいている。

また免疫力を上げるリンパ体操を監修している。

なかなか自由に行動しいくい時期であるけれど、適度に身体を動かして免疫力を上げましょう。

1月号には食と運動でウィルスに負けないアプローチと、免疫力向上についてのアイデアが記載されている。

お手に取った方はぜひ。

■へたこいたー

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 へたこいたー
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朝、何となく歩いていたら…
敷鉄板の上が凍結し滑り、小島よしおの「へたこいたー」のポーズで転倒。

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※敷鉄板…こんなやつ


とっさに手をつけたし、手袋していたから手は守られたけど、膝から崩れたのでジャージが破れて膝に軽い怪我をする。

そう言えば…何となく歩けない季節と寒さになっていた。
労災防止で、凍結転倒の注意喚起がされるシーズンである。


転倒の危険因子は身体的要因(内的因子)と環境要因(外的因子)があり、
内的因子は、筋力の低下、バランス能力の低下、視力や聴力の低下、または薬剤など。

外的因子は、段差、障害物、階段、坂といった普遍的な要素と床や靴など。
これらが合わさり身体が対応できなくなると〝転倒〟に繋がっていく。

普段からあらゆる手段で身体を動かしている自分も、今朝は対応できずに転倒したが、もしも…運動をしていなかったら…と考えると少し恐ろしい。


自分の体が地面に近付いたら自動的に腕を前に出して手をつく…という反応(パラシュート反射)は、幼児の時に転びながら学習していくが、年齢を重ねていくと自動的な反応を持っている者でも、反応が遅くなる。
そして、筋力の低下や骨粗しょう症などが原因で、ついた手くびを骨折することもある。

また、手でかばうことができずに転んでしまうと大腿骨頸部骨折が起こる。

改めて、前横後ろ…様々な角度でとっさの1歩を踏み出せるステッピングトレーニングやランジなど。
そして、手で自体重を支える様なトレーニングも必要だと再確認。

レッスンに参加してくださったお客様に外的要因の注意喚起と、「運動を継続すること」や「手も足も体幹も…全面的に身体を動かすことの重要性」をプレゼンさせていただいた。


これから寒さが極まって凍結や雪も心配な季節。
コロナもだけどコロブのにも気を付けよう。

私は凍結に強いシューズが欲しい。。。

2021年1月 7日 (木)

■走る旅:京街道〔2〕京橋商店街~野江~東海道 第57次 守口宿

※リアルタイムのログではなく、数日前のログである。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。

コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…

京街道の旅。


今回は、京街道と淀川舟運。

曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。


本記事は、曽根崎~高麗橋~京橋の続き。
15㎞の道中の一部を記録する。


■京橋商店街~野江国道筋商店街~関目の七曲り~千林商店街~第57次 守口宿~守口一里塚…最寄り駅(約10㎞)
 

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京橋商店街 真実の口から守口までは3つの商店街の中を走る。
街道に店が並ぶのは、昔の名残なのだろうか。
にぎやかな街道なので、ゆっくり走ったり歩いたりすると楽しいであろう。


●榎並地蔵尊

野江村のお地蔵さん。
今は埋め立てられて姿カタチはないが、江戸中期には榎並川があり、榎並川にあった石標が置かれている。
「橋向こう右に行くと 今福 蒲生」と書かれている。
野江村は、大阪の空襲にも焼けずに残ったので旧家が残っている。

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●関目の七曲り

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都島通り出ると、明治天皇聖ちょく碑(ちょく:足跡の意味)がある。
その碑を過ぎると京街道の道標がある(見逃し注意)。

京街道の道標を目印に折れると、突然複雑な屈曲の道になる。
これは、敵に攻め込まれないように相手の軍政の勢いを止める工夫で、旧街道の名残である。

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千林のウナギ屋さん


●守口 西の見附

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守口宿の西の見張り番や取り締まりを行っていた場
〝京街道陸路官道第一の驛 守口〟のタイルが貼られているあたり。
ぐんと上り坂になり桝形の道になっている。

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常夜灯跡…


●守口の地名の由来

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かつては「森口」とも書いたが、後に、大坂城の守り口として守口になったという俗説もある。
浜町交差点で国道を渡ると、川はないが瓶橋(かめはし)の親柱が残っているが、瓶橋は「口を守ること瓶の如し」…発言は慎重にすべし…から来たと言われる。
どの時代も、何かを守ることは大事なことであると、守口を走りながら思った。

本陣や瓶橋など、写真を撮り忘れた様なので、次回守口からスタートするときに必ずログしようと思う。


●文禄堤

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大坂と伏見に城を築いた豊臣秀吉が、文禄5年(1596)、2つの城を最短距離で結ぶために淀川沿いに文禄堤を整備した。
守口には本町橋になっている文禄堤が残っている。
橋にペンキで落書きがされているのが残念だった。
京街道・文禄堤の史跡の意味を知れば落書きなんてできないけどな…。


●復元高札場

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立派な復元高札場だ。
幕府が出したルールや掟が書かれている。


●卯建と虫籠窓

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卯建は火事で火が燃え広がらないように…風よけに…泥棒防止に…作られたものだが、持ち家でありお金が無ければ作れなかったので、今でも一人前に出世した人を〝うだつをあげた〟…逆に一人前になれない人を〝うだつがあがらない〟という。

虫籠窓は、江戸時代は二階建てが禁止で屋根裏を物置として活用していたので明かり窓として小さい窓が付けられた。
虫籠に似ているので虫籠窓と言われる。
近畿圏に見られるという。


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約2.3㎞
●本陣:1
●脇本陣:0
●旅籠:27
大坂城に近いこともあり、小休みの役割の宿場で旅籠は少な目であった。
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※時間の関係で宿場の様子があまり見れなかったので、次の機会に探索したい。
江戸川乱歩の住居には立ち寄りたい。


●難宗寺の道標

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●守口一里塚

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江戸からであれば、一里塚のあたりが〝上の見附〟となり一里塚付近から守口宿が始まる。
 
旅を終えて
前の記事でも書いたが、大阪にかかる橋の総橋数は約155橋~200橋だったと言われ、うち公儀橋は12。
残りはすべて町橋で町民たちが幕府の援助を受けずに生活や商売のためにかけた橋と言われている。

大阪の商人が〝なにわの八百八橋〟と言われているのは、自分たちの生活を良くするのは自分たちがするという熱い大阪の人の生き方を表現しているからであろうか。

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大坂城から守口宿へ向かうまで、埋め立てられてしまった川や橋の名残を見つけながら、町民が頑張って作った橋なんだろうな…と思うと、今はコロナで大変だけれども、自分の生活を良くするのは自分だなと感じた。

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【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●冬場は防寒対策を行いましょう。
●中山道は思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

記事更新中→走る旅: https://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

2021年1月 6日 (水)

■走る旅:京街道〔1〕京街道出発前~高麗橋~京橋

※リアルタイムのログではなく、数日前のログである。

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〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていた。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っている。

コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…

京街道の旅。


実は、新型コロナウィルスがやってくる前、2020年の1月に京街道を走破していた…。

その時は、まさか、自分が中山道を行くとは思っていなかったので
特に史跡を巡ることもなくログすることもなく…

トレーニングとして約56㎞だったか57㎞だったか…。ただ走るだけ。

今回は、史跡を巡り先人たちの暮らしや思いに馳せながら、走ってみたいと思う。

ただ、首都圏はコロナウィルス感染拡大で、緊急事態宣言を出すか出さないかの大変な時期であるので、県境を跨ぐことは良く考えて責任のある行動をすることを前提に旅を進めて行こう。


まずは京街道と淀川舟運。

曽根崎~大江橋~淀屋橋~淀屋の碑~難波橋~天神橋~高麗橋(東海道スタート地点)~天神橋~京橋~都島~野江~千林商店街~東海道57次 守口宿~守口一里塚~周辺うろうろと…約15㎞のランニング。

本記事では15㎞の道中の一部を記録する。

(関連記事:京街道の誕生→★★★)


■京街道の歴史
 
京街道の起源は、大坂と伏見に城を築いた豊臣秀吉が、文禄5年(1596)、2つの城を最短距離で結ぶために淀川沿いに文禄堤を整備した。この堤の道を京街道とよんだ。

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徳川家康の代になり、大名は京都で公家と接触することを禁止としたため、大名行列は髭茶屋で京都三条へ向う東海道と、京を通らず大坂へ向う道と二股に分けた。
京を通らない区間は東海道の延長として道中奉行の管轄下に置かれ、伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿の4つの宿場が設けられた。
東海道は53次と言われているが、この4宿を足し、東海道57次とも言われるようになった。
 
■淀川舟運

京都と大阪を結ぶ交通の大動脈は淀川の舟運だった。
京都・伏見と大阪・八軒家の間(約40㎞)を茶船(十石)上荷船(二十石)が往復。
江戸末期には1日に1500人、800tの荷物が運ばれたという。

■京街道出発前~高麗橋~京橋(約5㎞)

●曽根崎から大江橋を通って淀屋橋へ

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●淀屋の屋敷跡

淀川水運だ…。

淀屋の屋敷は、海産物市場や米市を開き、金融業や船と荷主の間に立ち集荷を行う業を営み財を得た。

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●なにわの三橋

大阪は水の都と言われているが、総橋数約155~200橋のうち公儀橋は12。
天満橋・天神橋・難波橋は公儀橋でなにわの三橋と呼ばれる。

12以外の橋はすべて町橋で町民たちが幕府の援助を受けずに生活や商売のためにかけた橋だそうだ。

大阪の商人が〝なにわの八百八橋〟と言われているのは、
自分たちの生活を良くするのは自分たちがするという熱い
大阪の人の生き方を表現しているからであろう。
※〝なにわの八百八橋〟は、本当に808ヶ所の橋があるではなく、それほどの勢いで寺や橋が立ち並んでいたことの比喩的表現です。



●淀屋橋

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●難波橋のライオン像

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●大阪証券取引所の五代友厚さん

関連記事:天外者を鑑賞してきました→★★★

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●元標跡碑と擬宝珠(ぎぼし)

江戸時代の里程計算の起点は高麗橋の東詰にあった。
ここ高麗橋が東海道、中国街道、紀州街道などへの道のり、車馬賃の起点となった。

擬宝珠は大坂夏の陣で徳川方が持ち去り、昭和40年になって吉田茂の遺族から大阪市に寄贈されたそう。(関連記事:[大阪史跡]高麗橋と擬宝珠 →★★★)

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東海道57次の、江戸からのゴール地点、または江戸へ向かうスタート地点である。

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このあたりが江戸時代の商売の中心地であった。

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●天神橋

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●熊野街道の起点

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●昆布屋さんと八軒屋船着場跡

〝江戸は鰹節、大阪は昆布〟と言われ北海道の昆布は日本海より西回り、下関から大阪に入った。
戦前まで昆布屋は八軒屋に多くあったが今では永田屋昆布店と八木昆布店のみだそうだ。
(関連記事:[大阪史跡]京街道:八軒屋船着場→★★★)

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●天満橋

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●京阪モール前のポスト3つ

青ポストは速達専用だそうだ。

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●秀吉時代の大坂城の石垣(三の丸北端)

街中にひょっこり石垣。
石垣と言えば大阪城公園内にしかないと思っていたが、京橋口付近にもあった。
大坂城は大きかったんだな…。

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●京橋(秀吉時代の大阪の東の玄関口)

秀吉時代にかけられた京橋。
〝京都に通じる橋〟の名である。
秀吉時代は京街道の起点でもあった。
そして野崎まいりの旅人でもにぎわったそう。

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●京橋川魚市場跡

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京橋…河川敷から撮影。

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●のだ橋

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昔、鯰江川(なまずえがわ)があったそうで、今は埋め立てられている。
鯰江川にかかる橋が〝のだ橋〟〔公儀橋〕であった。


●道標 左京みち

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京橋商店街を経て野江へ向かう…

本場イタリアで見た真実の口よりもデカい!
京橋商店街の真実の口さん、ちょっと辛口(笑)
早く、コロナが収束しますように。

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旅を終えて
よく移動ランで走っている場なので、旅と言えるのかは疑問であるが、今まで場の意味や歴史を知らずに走っていたコースも、意味を知り目的を持つと違ったコースに見えてくる。

今は穏やかな淀川も古代から大正時代まで数百回も氾濫していた。
そこを乗り越え、水運を通じ産業や経済の発展にもつなげたと思うと、今まで見ていた川や周辺の街や住む人の見え方が大きく変わった。


大阪の街道もとても面白く興味深い。つづきはまた。

【ウォーキングやランニングをする上での注意】

●高温多湿の梅雨や炎天下の夏の季節は、帽子をかぶったり、こまめな水分補給をしたりして、充分な熱中症対策を心がげましょう。
●冬場は防寒対策を行いましょう。
●中山道は思った以上にコンビニがありません。行動食を持っておきましょう。
●トイレは駅やコンビニがほとんどです。事前に場所をチェックしておきましょう。
●自販機はあるコースと峠越えなどは自販機が無いコースもあります。余分に水分を持参しておきましょう。
●お天気が急に変化しますので、レインウェアを持参しましょう。
●救急グッズを持っておきましょう。
●ローカル線は電子カードが使えないことが多いので、電車賃を準備しておきましょう。

 

【走る旅・アーカイブ】

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■[旅の道すがら]京街道:大坂と虎

大阪と言えば〝虎〟

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おばちゃんは大きな虎の顔がドーンと描かれた服を着ているイメージ。
阪神タイガースのマスコットは虎とラッキーで〝トラッキー〟
そして、偶然なのかも知れないが、街のあちこちになぜか虎の絵があったりするのも大阪…。

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そして…個人的には、小学一年生の時一番最初に読んだ歴史小説は「ひよしまる」だったが、豊臣秀吉にまつわる逸話を知っていくにつれ、大阪=虎のイメージが強く色濃くなっていく(笑)

その理由の1つに秀吉は虎をペットにしていた説があるからだ。
大坂城の外壁にも虎が描かれ、三国無双とたたえられた8頭の金色の「伏虎(ふせとら)」が四方に睨みをきかせている。
(阪神タイガースのモチーフの虎は、各球団に睨みをきかせる意味だという説も…ホントウナノカハワカラナイ)

Photo

[伝説より]┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ペットにしていた虎は大変大飯ぐらいで、困った秀吉は「毎日1匹ずつ犬を町のものから差し出させて虎のエサとする」という命令を出したそう。
ある日、天満の金物屋の徳八のとこにも犬を出すように役人が来たので、泣く泣く飼い犬〝りき〟に腹いっぱいご飯を食べさせ最後の別れをしてお城へ渡すことに。
…その後エサになるはずの〝りき〟は虎の首にかみついて格闘。
結局は虎の爪に引っかかれて息絶えたけど、虎も息絶えた…という無茶苦茶な伝説がある。

…
秀吉が虎をペットにしていたというのには驚きだが、自分のペットのために、町人から家族同然の飼い犬を差し出させるなんてもっと衝撃だった。(→あくまでも伝説であるが)
そんなこともあり、個人的に「大阪=虎」のイメージが強い。

京街道を走りながら、街のあちこちいる虎を見つけては、
虎にひるまなかった天満のどこかに眠る勇敢な〝りき〟のことを想った。

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これはライオン

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京街道のレポートはのちのちゆっくりUPしていくとする。

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