■孝太郎の酢の黒酢で作ったシャーベット
昨日、京都の林孝太郎造酢さんでいただいた
黒酢でシャーベットをこさえてみました。
※レシピは、お買い上げのときについてきます。
ヒンヤリサクサク爽やかなお味で、
タッパに作ったやつを全部食べそうになるくらいおいしい。
もっと早く出会いたかった!笑
この暑い夏を悠々と乗り越えただろうに。
まだまだ残暑が厳しいので、
しばらく毎日いただくおやつになるでしょう。

健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
昨日、京都の林孝太郎造酢さんでいただいた
黒酢でシャーベットをこさえてみました。
※レシピは、お買い上げのときについてきます。
ヒンヤリサクサク爽やかなお味で、
タッパに作ったやつを全部食べそうになるくらいおいしい。
もっと早く出会いたかった!笑
この暑い夏を悠々と乗り越えただろうに。
まだまだ残暑が厳しいので、
しばらく毎日いただくおやつになるでしょう。
コロナ禍で、色々そぎ落ちてしまったこともあるけれど…
反面、大切な人や大好きな人、静かに繋がるご縁との再会多い8月。

お顔を公表できないのが残念ですが、
ほんまに美しいお友達です。
料理人であるお客様から教えていただいたレシピ。
〝うちの孫は、ドレッシングや甘味料がダメで、絶対に食べないから…〟
と工夫されているブロッコリーサラダを作ってみました。
今、ブロッコリーの価格が高いけれど、シンプルでほんまに美味しいし、
甘味料や添加物無しなので、安心ですね。
こーゆーのをお孫さんが好んで食べる…って、すごい。
小さいころから手作りの味を知っているのがうらやましい。
天孫降臨といえばニニギ尊ですが、
他にも天孫降臨したと言われているニギハヤヒ。
ニギハヤヒが天から乗ってきた巨岩の磐座(イワクラ)自身を御神体とした
磐船神社で岩窟修行させていただきました。
去年、物部氏から物部氏の祖神のニギハヤヒの歴史を追い、
今年2月初旬に岩窟修行に行くも
情報不足で入れず…
本日ようやく岩窟に入れました。
生まれ変われると言う、
大きな強くて頑丈な意志(石)の狭い隙間に潜りパワーをいただき、
もののけ姫に出てきた山犬モロ達が住んでた石を思わす天の岩戸には
巨石文化や歴史ロマンを感じ、
宇宙船のような磐座は、夢を思わす…。
やっと来れたぁー。
生まれ変われたかな。
ありがたやー。
人によって失われる自然と
自然を守ろうと戦う自然崇拝の神や生き物の間で
共生を願うアシタカ。
アシタカを見て、わたしも破壊と創造の間で心揺れるときがある。
生駒山で、自然崇拝の名残を見つけると、もののけ姫を思い出す。




山を下りていただいたシナモントースト。
美味しかった。
久しぶりにつゆ草を見つけて、叫んでしまった。
懐かしい。
そして夏の朝しか見れない、貴重な瞬間。
この青の遺伝子はどの花もまねできない。
ありがたかった。
大東亜戦争が終わった日から75年。
(正確に言うと、8月15日以降も少し続きました)
8月15日を特別な日とするのではなく
いつもご先祖様のことは思い続けよう。
〝二百数十万の戦死者を出して、生き残った者が、世界最貧国と呼ばれた日本をたった19年で新幹線を通し、高速鉄道を通し、オリンピックを呼んできて、西ドイツを抜いて経済第2の大国にのしあげた…
みなさんのご先祖を大切に…〟
生前の加藤曻 元海軍中尉の大東亜戦争を語り継ぐ会でのお話を聴いて
二百数十万の戦死者の方々も、
生き残って日本を立て直したご先祖様たちも、
すごかったんだなぁと…
〝あとの日本を頼む〟
の言葉が心に響く。
ご先祖様を大切に。
お天道様に見られても恥ずかしくない生き方をしたい。
江戸前簡単肴。
簡単にお酒を楽しめるおつまみを
まとめてみました。
●磯納豆
江戸時代(江戸)の悪酔いしないためのおつまみ〝磯納豆〟をこさえてみました。
納豆 +味噌 +しらす を混ぜて、最後にもみのりを散らします。
味噌の存在が見事に畑と海の仲介人になって、
想像以上に美味ですー。
醤油は上方からのくだりものだったんで、
江戸は味噌を使うんですね。
はなまるでした。
●トウキビキュウリ
〝トウキビキュウリ〟をこさえてみました。
焼きもろこし+塩揉みキュウリ+柚皮(もしくは花かつお)+三杯酢
夏の味です。
うざくの、もろこし版という感じでしょうか。
はなまるでした。
●お猪口でちょこちょこっと…
江戸時代…月見酒の時、お猪口に肴をちょこっと入れて
ちょこちょこ
楽しんでいたのを再現。
お猪口を肴の皿に使うって、
なんて、粋なんでしょう。
秋になったら、お盆に肴を乗せてお月見を楽しみたいな。
汗水たらして働いて、
お風呂で汗を流して、
冷酒と肴で疲れを癒す。。。
ああ、しあわせ。
関ヶ原を駆け抜けた時にゲットした〝決戦 関ヶ原〟
で今宵を楽しみます。
※リアルタイムのログではありません。数日前の記録となります。
人生の門出である結婚式出席のためお江戸入りしていました。
不要不急ではなく、わたしにとっては必要で大切な移動であります。
昼間は炎天…
夜になるとちょいと秋の気配を感じる風。。。
それは、エアコンの室外機からの風だったりして。
まぁまぁ、それはよしとして、
日ごとに秋に近づいている今日この頃ということにしておきやしょう…
お式の時間まで、ひとつランニングでサラリとお江戸めぐりでごぜぇます。
自他ともに、コロナウィルスの感染拡大も心配なところ、
鉄の塊を利用せずに、自分の身体で汗水たらして移動してみましょう。
古くから、江戸っ子に親しまれた芝大神宮へ行ってみることに。
・
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港区芝という都会の中にあるのに1000年の歴史を持つおみやさん。
伊勢神宮の神様、天照大御神・豊受大御神をお祀りしているので、
なんでも関東のお伊勢様と呼ばれているらしい。
芝大神宮と言えば、め組。
歌舞伎の演目である〝め組の喧嘩〟よりも、
わたしゃ、鈴木雅之とラッツ&スターの〝め組のひと〟を思い出す。
唯一今回ゲットした自分へのおみやげは千木筥(ちぎばこ)。
「千木」が「千着」に通じるそうで、
衣服が増え、良縁に恵まれるそうです。
洋服はもうあまりいらないけれど、ジャージと和服に恵まれますように。
と、さっそく着物ハンガーに吊るしました。
芝大神宮から東京タワーが見えたはずなのですが、
あまりうろうろせずにランニング終了。
心配のないときに、また詣りに来ましょう。
※リアルタイムのログではありません。数日前の記録となります。
人生の門出である結婚式出席のためお江戸入りしていました。
不要不急ではなく、わたしにとっては必要で大切な移動であります。
戦争や死を畏れ(おそれ)、家族を思いあう静かなる場…靖国神社。
参拝してきました。
早朝6時開門の瞬間。
ここには、大東亜戦争で戦死した父方の祖父や兄弟、母方の祖父の魂がいます。
映画・永遠の0のストーリーでもあったように、
終戦後は、残された子供は親戚の人やその他の人に育てられることもありました。
今ではあまり考えられないことかもしれませんが、
あの頃は、残った子供を他の人が育てる…という、
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の精神があふれていたような気がします。
〔仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌とは:里見八犬伝の中にも出てくる言葉〕
仁:思いやり、慈しみの心
儀:道理、道徳にかなうこと
礼:守るべき作法、敬うこと
智:物事を正しく判断する力
忠:真心、君主に仕える道
信:あざむかないこと、誠実
孝:父母によく仕えること
悌:兄弟の仲がいいこと
母も親戚に育てられたので、わたしには祖父が3人います。
祖父たちが戦死し、母を育ててくれた育ての祖母や祖父がいたから
おかげさまで、わたしへと命がつながりました。
20代前を辿ると誰でも100万人のご先祖様が応援してくださっているそうです。
先祖へのありがとうと言うこころは大切にしたいです。
2020年は終戦してから75年であることと、
去年1年近代史を追求し戦争を辿ってみたこと、
故郷の護国神社へ行くことはあっても、いつか靖国神社で手を合わせてみたかったこと…
そんなことが重なり、年が明けてから直ぐに靖国神社の永久崇敬奉賛会員になりました。
崇敬奉賛会員になったというと、
右左とか、「え!そこまで…」と敬遠されたり驚かれることもありましたが、
自分で決めたことなので、人の意見や世論に振り回される事はありません。
ただただ平和を祈り家族を思う気持ちでの行動。
お墓参りをする感覚です。
今回、結婚式参列で東京に行く機会を利用させていただき、
滞在中毎日手を合わせさせていただけたことは
とてもありがたいこと。
手を合わせ目を閉じるとフーッと優しい風が吹いて、
祖父たちがよく来たな!って喜んでくれている様でした。
なんだかわからないですが、涙が溢れました。
昇殿参拝は、国のために尽くしてくださった方にただただ感謝の気持ちしか出てきませんでした。
コロナウィルス対策もしっかりされていましたよ。
零式艦上戦闘機
ロケット特攻機桜花
戦争のご遺品や歴史を展示した遊就館は1日では回り切れず、
じっくり勉強して出直すことに。
戦争に関わった方やオリンピックで活躍した方たちの遺品も興味深いものでした。
次回の予習のために購入。
喫茶〝結〟では、海軍カレーを。当時のレシピで作られているそう。
薄味でしたが、あっさりして美味しかったです。
喫茶〝結〟では、海軍カレーをいただきました。
アルコールスプレーも準備され、席は1つおき。
マスクを入れる袋までくださった…感染予防対策ばっちりです。
コロナ禍により行動が制限され、回れないところや利用できないものもありましたが、
色んな意味を含めて、早く誰も安心して手を合わせられるようになったらいいなと思います。
早朝、九段下の坂道や武道館がある北の丸公園を走ったのも、
とてもコロナ禍だとは思えないくらい爽やかな朝でよき時間でした。
♬九段下の駅へ向かう人の波
♬僕は一人 涙をうかべて
♬千鳥ヶ淵 月の水面 振り向けば
♬澄んだ空に光る玉ねぎ
爆風スランプの〝大きな玉ねぎの下で〟をうたってしまいましたわ。
アティックルーム靖国外苑で、ピクチャーラテを…。
靖国さんのお庭を見ながら一息。
私以外誰もいませんでした。
もうすぐ終戦記念日なので、コロナ禍と言えど、ちょっと混む感じになってくるんですかね。
靖国の桜の標本木。
京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、
江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。
人間一生 物見遊山…
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。
出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。
※リアルタイムの更新ではありません。数日前のログとなります。
今回は番外編…となりますかね。。。
今回のルートは西から東ではなく、
不要不急の出張や用事に合わせたため、
東から西となってしまいました。
ゴールとなるはずの日本橋をスタートとして、板橋宿までの走る旅。
全ルート完走したとき、逆走も西から東の中山道ルートも良しとするのか?
やはり、感動のゴールは日本橋だから、
またいつの日か板橋宿から日本橋へと向かうのか?
今のところは答えが出ませんが、中山道を走った旅の記録を残します。
お江戸日本橋。
歌川広重が描く日本橋とは、かけ離れすぎの様子。
橋の上を高速道路が覆っています。
これも新しい道や便利な道ができたという、喜ばしい時代の進化なのでしょうが、
江戸時代の頃の日本橋とまではいかなくても、
せめて青空が見える日本橋が残っていたらなぁ…と寂しくなるのは私だけでしょうか。
1964年の東京オリンピックの時に、交通を便利にしようと、日本橋の上に首都高速が架かけ青空の風景が無くなりました。
この2020年に東京オリンピックが行われる予定でしたので、
56年間、日本橋は青空を見ていないんだなぁ…なんて、
ちょいと橋の気分になっておセンチになってみました。
シーサーが手にしているのは、東京市の市章だそうです。
お友達に教えていただきました。
日本国道路元標です。
東海道、中山道、奥州街道(宇都宮宿起点)、甲州街道、日光街道の五街道の起点となる場所。

西の京都三条大橋からスタートした人は、日本橋のこのポイントが感動のゴール地点となり、涙と汗の記念撮影をします。
東スタートで京都三条大橋を目指す人は、心ワクワクさせながらこのポイントからスタートし、これまた記念撮影ポイントです。
●三越前
しーんと静まり返る様な日本橋三越前。
コロナウィルス感染拡大予防で、ほとんど人が外に出ていません。
こんな日本橋は初めて見ました。
オフィス街なので、リモートワークの方が多いからなのかも知れませんが、
お江戸がこれでは、経済が死んでしまいそう。
人の命は大切なので、感染拡大はしないほうが良いけれど、
経済が死んでしまったら、そこから派生して起こる様々な問題も恐ろしいと思うので、
何が正しいか?自分で見極め責任と意味を持った行動が必要です。
何でもリモート!ソーシャルディスタンス!ではなく、
オンラインはバランスよく使って、
オフラインで感染予防して経済を回す…
そんなことはできないものでしょうか。
●江戸橋通り
●今川橋跡
道沿いからほんの少し外れた名にあるので、見逃しそうな今川橋跡。
今は橋の跡もありません。
今川橋が神田堀(別名神田八丁堀・龍閑川)に架設されたのは1681~1683年。
橋名の由来は、当時の名主今川氏の尽力により架けられた橋なので…今川橋。
日本橋から中山道に通ずる重要な橋でもあったそう。
●昌平橋と神田旅籠町
しょうへいばし…
神田川に架かる橋の名前。

昌平橋のあたりは、神田旅籠町と呼ばれていました。
昌平橋の北側にあたる神田旅籠町は、
中山道の第一の宿場である板橋宿・日光御成街道の宿場町である川口宿への街道筋として、旅籠が数多く立ち並んでいたため旅籠町と呼ばれるようになったそうです。
●湯島聖堂
神社でもお寺でもない湯島聖堂は、
儒教の始祖である孔子を祀っていて、
近代教育発祥の地として知られています。
朱子学派儒学者である林羅山の私塾でもあり、江戸時代の東大と言われていました。
中国の珍獣たち。

中山道には、順天堂大学、東京大学、東洋大学…と、有名な大学がいっぱい並んでいます。神田川の向こうはお茶の水…。
学生街なので、入試を控えた方たちが、孔子頼みに来るんですね。
湯島聖堂は江戸時代の東大だし、合格祈願の絵馬だらけでした。
●神田明神前の天野屋

神田明神前の天野屋さん。
地下の室で作る糀と米だけで出来た伝統製法で作られる甘酒。
この伝統の甘酒を飲みたかった…ですがお休みでした。
残念でしたが、オンラインショップで買うことにしましょ。
●神田明神
神田明神(神田神社)は、江戸城の表鬼門除けに鎮座する江戸総鎮守。
1600年の関ヶ原の合戦前、徳川家康は神田明神で戦勝祈祷を行いました。
家康は9月15日、神田祭の日(今は5月)に勝利し天下統一を果たしたと言われます。
神田明神のご祭神は、
一之宮は大己貴命。
だいこく様とも呼ばれ、国造りをされた神様で縁結びにご利益が。
二之宮は少彦名命。一寸法師と呼ばれ医療や健康祈願、病気平癒にご利益が。
三之宮は平将門命。平将門神に祈願すると勝負ごとに勝つと言われています。
一之宮の裏にもぐるりと囲むように沢山の神様がいらっしゃって、人は居ないけど神様はいっぱいでとても豪華でした。
にぎやかな朱色の門。
本殿裏の神社にも全部回ってみました。
銭形平次の石碑がありました。
銭形平次は、神田明神下に住んでいるという設定の架空の人物です。

銭形平次は、お金を投げて悪人を成敗するヒーローで、
小学生の時マネをしてずいぶん怒られました。
平次の石碑が江戸時代の銅銭に囲まれているデザインが面白いです。
●東大赤門
この学校、入りたかったー…って
偏差値にまったく届かないから入学できないけど。
●本郷追分一里塚
東大前の四つ角。
東大向かいのお店の横にあります。
ちょうどお店が工事中で車が止まっていて
なかなか看板を見つけることができませんでした。
昔は目印として榎が植えられていたそうです。
一里塚は、一里ごとの距離を示す塚で、
木が植えられていた土が盛られたりしていたスポットですが、
今は、見落としてしまいそうなくらいひっそりでした。
山門
本堂
観音菩薩像
子育て地蔵
ほうろくとは、浅い素焼きの土鍋のこと。
八百屋お七にちなんだ地蔵尊で、
1682年におきた天和の大火は、恋仲になった寺小姓(寺に住んで住持のそば近く仕えた少年)恋しさに放火の大罪を犯した大火。
その後、火あぶりの刑を受けたお七。
放火の罪で処刑された灼熱の苦しみを、
お地蔵さまがをほうろくを頭からかぶって苦しみを受けているという。
お地蔵さんは頭にほうろくを乗せていました。
やさしいお地蔵様ですね。
●東洋大学
駅伝で有名な…東洋大学。
●巣鴨
巣鴨橋を越えると、巣鴨商店街に入ります。
昔から、旅の安全を見守ってくれています。

おばあちゃんたちの原宿、商店街に入ってきました。
商店街がちょうど中山道沿いです。
今は残念ながらほとんど人がいません。
商店街の経営は大丈夫なのかな…って心配しちゃいます。
●とげぬき地蔵尊・(高岩寺こうがんじ)
曹洞宗の寺院(曹洞宗萬頂山高岩寺)
創建は1596年で場所は江戸湯島が始まり。
その後1891年に巣鴨に移転してきました。
ご利益は、とげぬき、その他の病気の改善、延命などです。
●赤パン マルジ
赤いパンツがウリのお店です。
世界中で赤は「幸福と健康のシンボル」の色。
赤いパンツはラッキーアイテムなのです。
メンズ館へ行って、プレゼントにたくさん買って帰りました。
●コミュニティセンター待夢
●猿田彦大神(巣鴨庚申塚)
歌川広重の絵、第2景 英泉、木曽街道・板橋之驛(いたばしのえき)
が描かれた場所です。

この庚申塚には、お猿さんが祀られていて、
明治初期に、千葉県銚子市にある猿田神社から猿田彦大神を分祀したそうです。
中山道の休憩所として、賑わっていた場でもあるようです。
●平尾一里塚
どこを探しても見つからなかった場所、平尾一里塚。
何度もぐるぐるして、このあたり…ということで、
あったものを写真におさめました。
なぜに?亀の石。
亀の子たわしのお店が近くにあるからでしょうか…。
平尾一里塚辺りは処刑場があった場所で、近藤勇も処刑されたとか。
近藤勇のお墓はJR板橋駅東口あたりにあります。
見落としました。。。
というか、処刑場も勇さんのお墓も今はあまり行きたくないな…と思ったので、
見落として良かったのかなぁ。。。と思うのは野暮かな。
このあたり一帯は板橋宿の中心で
仲宿と言われていました。
板橋宿本陣跡。
中山道では江戸・日本橋から数えて1番目の宿場。
同時に川越街道の起点でもあります。
江戸から帰路につく人も、故郷から江戸に向かう人も板橋宿で疲れを癒したんでしょうね。
今、板橋宿の小説「中山道板橋宿つばくろ屋」を読んでいます。
板橋宿の新月道で、みたらし団子をいただきました。
京都三条大橋からスタートし、
中山道の走る旅を開始してから、
お店で買い物をしたのは数えるほど。
本来であれば、もっともっと買い物をして
お店に入って飲食がしたいです。
石神井川にかかる板橋。
板橋という名前だけあって、橋の床が板風に作られてあります。
本物の板ではありませんでした。
石神井川は穏やか。
板橋を渡り、板橋本町駅へ向かう途中に縁切り榎があります。
江戸時代より祀られており、
御神木の榎は悪縁を切りたい時や断酒を願う際、
その樹皮を煎じて相手に飲ませると成就するとされていました。
皇女和宮様の花嫁道中は、このルートを外して江戸に向かったとか。
縁切り…の響き。
ドロドロしているような感じがしますが、
入らせていただくと、ホントに気持ちの良い場所でした。
榎は木に夏と書きますが、
夏の日差しを受け、緑がパワフルですごく良いエネルギーを出してました。
わたしも、榎の皮を…とまでは手が出ませんでしたが
黒い影の悪縁をスパッと断ち切れるようにお祈りさせていただきましたよ。
・
・
・
今回の旅は、どうしても外せない用事(4月から延期になっていた人生の門出の出席)があり江戸入りさせていただきました。
@表参道
もっと笑って、声出して、祝福したいけれど…
マスクでの結婚式も思い出ですかね。
新郎が専用アプリを作って、リモートで掛け合うコーナーもあり、
新しい結婚式のカタチでした。
江戸時代の人から見たらリモートって何?アプリって何?って
想像できないですね…きっと。
東京都の感染拡大の件もあり、出席も迷うところですが、
人生の門出を祝える出席を選択。
もちろん拡大予防しながら。
ホテルに籠っているよりは、
一人で人のいない所を走る方が健康的と、
感染予防しながらお江戸を走らせていただきました。
街はランナーさんが元気に走っていましたよ。
浜松町の芝大神宮や、会ったことのない戦没した祖父たちに会いに
九段下の靖国神社あたりも走らさせていただき、
全部で24㎞程度となりました。
うち中山道の日本橋から板橋宿までは13㎞程度です。
中山道の日本橋から板橋宿の13kmの道のりの中には
ギュッと見所や歴史が詰まっていて、とても魅力的でした。
機会があれば西から東の順で、感動のゴールになる日本橋にむかってみたいです。
暦の上では秋が始まる日。
感染予防して、会いたい人に会う。
体温測って、消毒して、密にならないように座席も間隔を空けて。
お店の感染予防対策もばっちりだ!
1階と2階に店舗を構える焼き鳥屋さんは
本来であれば、お客の座席は1階から詰めていきたいだろうに。
私たちには2階の誰もいないお部屋に案内してくれた。
近況、女性の身体のこと、人生観…濃ゆく語れた。
背骨の様にしなやかに
呼吸する様に行ったり来たり
でも芯はあるよ…と言う彼女との時間は、私も自然体で居れた。
ホッとすることも
自分に無い世界観にワクワクすることも
色々感じれて、私は人間やなと思えた。
ほんま楽しかった。
やっぱり、生(なま)の人がいい。
いつもウォーキングのレッスンを受けてくださる人生の大先輩から、
「大切にしまっておいたけど、履いてくれる?」
と、二枚歯の下駄をいただいた。
これは、新しいの買うよりもめちゃ嬉しい。
自分じゃ選ばない様な柄や形は、世界観が広がるなぁ。
嬉しかったので、お友達に会う時に履いていった。
お友達の話も、いただいた下駄も、
私の世界を広げてくれた。
今日は立秋。
ここから少しずつ秋に近づいていく。
そんな節目の日はよいスタートがきれたと思う。