
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。

みなさま、いつも誠にありがとうございます。
コロナ感染予防対策をし、久しぶりにアウトドアイベントを開催させていただきます。
2022年1月23日(日)寅の日に、
虎にちなんだスポットや、大阪の歴史スポットを巡りながら約7㎞歩きましょう。
歴史の学びだけではなく、もちろん!運動や健康に関するガイドもあります。
定員に限りがあります。
ぜひ、お早めにお申し込みいただけるとありがたいです。
●開催日:2022年1月23日(日)寅の日 10:00~
●スタート:北新地駅→ゴール:大阪城公園
※集合場所は参加者のみにお伝えします。
●所要時間:3時間
●定員:6名
※史跡や神社はマスクをつけての入場が必須となっております。マスクをつけてご参加ください。
※動きやすい服装と、歩きやすいシューズでご参加ください。
●参加費:3,000円(入場料込み)
※参加費は当日ご持参ください。
※領収書が必要な方は、申込時にお伝えください。
●お申込み:→ http://bodylux.jp/contact/
お問い合わせ項目に「2022.1.23健康歴史ウォーキング申し込み」と入力ください。
定員の場合、参加できない場合があります。ご了承くださいませ。
[コース]
北新地→加島屋本家跡→淀屋の碑→適塾(内覧)→除疱館跡→旧鴻池家本家跡→少彦名神社→道修町ストリート→高麗橋→豊国神社→大坂城(虎)→大阪城公園駅(約7㎞)
※デジタル資料&健康レクチャー付き
※参加者にはデジタル資料をお送りいたします。
イベント終了後、資料はBLOG公開します。
「ガイド]
天井亮介/坂田純子
主催/コンディショニングスタジオBodyLux
大阪市内には「町」の字が付く町名は約150くらいあり、
半数が「まち」と読みます。
もちろん!道修町も「どうしょうまち」と読みます。
道修町は江戸時代から薬種問屋が軒を連ね、
現在も多くの製薬会社の本支店がある「くすりのまち」として知られています。
軒を連ねる道修町通り(どしょうまちどおり)には、
医薬品に関する展示施設が複数あり、
その中に少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)があります。
かっこいい!ゴールデンタイガー!!![]()
歴史としては新しいのですが、
日本の薬の神様「少彦名命」と中国の薬の神様「神農炎帝」の両方が祀られている珍しい神社だとか。
境内には張子の虎が彼方此方で見られます。
虎の謂れは…
江戸時代の末期・文政のころ(1822年)、コレラが日本に入り、大阪でも多くの死者が出ました。
コレラにかかると2~3日でコロリと死んでしまうから
「三日コロリ」とか、虎と狼が一緒に襲ってきた病という意味で「虎狼痢(コロリ)」とよんでいました。
コレラの特効薬がなかったとき、道修町の薬種商の方々が、
虎の頭蓋骨などを配合して薬をつくりました。
薬の名前は「虎頭殺鬼雄黄圓(とこうさっきうおうえん)」と言います。
薬をご神前で祈願して、みんなに配ったところ、病が落ち着いたそうで…。
そんなことから、張子の虎がお守りになったようです。
(※明治時代になり、薬の配布が禁止され、今は張子の虎がお守りとして受け継がれています。)
懐かしい薬も展示されています。![]()
ユースキン!懐かしい…養命酒は名前の通りロングセラー。
寿命が長いな‥‥
大福虎と言われる張子の虎のお守りが、あまりにも可愛らしいので、連れて帰りました。
健康成就や家内安全を祈願したお守りです。
令和4年、2022年の干支は「寅」
寅は金運の象徴でもあります。
金運と健康運祈願にピッタリなパワースポットですね。
[住所]
〒541-0045 大阪府大阪市中央区道修町2丁目1-8
くすりのまちには、こんなものも売られていました。
「八目鰻の肝油」
八目鰻は、ビタミンAが豊富で目に良いようです![]()
![]()

水戸光圀も藩医に編集させた『救民妙薬』(家庭の医学書)に、
夜盲症の薬として紹介していたとか。
欲しい…かも。
八目鰻を調べたら、目が8つあるわけではなく目は2つなんだってさ。
今日は、仕事として訪れましたが、
くすりのまちをゆっくり歩くのも、面白いですね。
※注意喚起!!
●2020年熊出没注意喚起記事→☆☆☆
●クマよけアイデア→☆☆☆
[1日目]近江十宿・第69次~第67次
■京都三条大橋~髭茶屋追分(7.5㎞)→☆☆☆
■髭茶屋追分~膳所(8㎞)→☆☆☆
■膳所~南草津(9.1㎞)→☆☆☆
■南草津~第67次・守山宿(9.1㎞)~守山駅(2㎞)→☆☆☆
《35.7㎞》
[2日目]近江十宿・第67次~第64次
■守山駅(約2㎞)~第67次・守山宿~竜王町・義経元服池(約10㎞)→☆☆☆
■義経元服池~第66次・武佐宿(10㎞)→☆☆☆
■武佐宿~第65次・愛知川宿(9㎞)→☆☆☆
■愛知川宿~第64次・高宮宿(8㎞)~JR南彦根駅(2.5㎞)→☆☆☆
《41.5㎞》
[3日目]近江十宿・第64次~第60次
■JR南彦根駅(2.5㎞)~中山道 座・楽庵~天寧寺・五百羅漢~第63次 鳥居本宿(12㎞)→☆☆☆
■鳥居本宿~第62次 番場宿(5.5㎞)→☆☆☆
■番場宿~第61次 醒井宿(4km)→☆☆☆
■醒井宿~第60次 柏原宿(5.5㎞)→☆☆☆
《29.5㎞》
[4日目]美濃十六宿・第60次~第56次
■柏原宿~第59次 今須宿(約5㎞)→☆☆☆
■今須峠~笹尾山~第59次 関ヶ原宿~桃配山(約10㎞)→☆☆☆
■桃配山~第57次・垂井宿~第56次・赤坂宿~金生山~養老鉄道 養老線 東赤坂駅(15㎞)→☆☆☆
《30㎞》
[5日目]美濃十六宿・第56次~第53次
■養老鉄道・東赤坂駅~大月浄水公園〜元伊勢伊久良河宮・天神神社~美江寺宿(14㎞)→☆☆☆
■美江寺宿(みえじ)~第54次 河渡宿(ごうど)~第53次 加納宿~加納城跡~JR岐阜駅(13㎞)→☆☆☆
《27㎞》
ウォーキング&ランニングTopics!------
※Instagramに随時更新中→https://www.instagram.com/junkos_bodylux/
●ウォーキング大辞典→☆☆☆
●ウォーキングが体に及ぼす効果→☆☆☆
●熱中症対策→☆☆☆
●登山やウォーキングに必要な水の量と、ザックが重くなったらどうなるの?→☆☆☆
●ランニングと運動誘発性血尿 →☆☆☆
●1日の歩数って?生活にウォーキングを取り入れるコツ→☆☆☆
●速歩きとゆっくり歩き、どっちがいい?→☆☆☆
●歩くには朝が良い?夜が良い?→☆☆☆
●雨の日が続いてウォーキングできません。室内での歩き方を教えてください。→☆☆☆
●脳を活性化する歩き方→☆☆☆
●ウォーキングでからだは変わる!ウォーキングで内臓脂肪を燃焼を促す→☆☆☆
●歩く?走る?→☆☆☆
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■Journey run 行程表
| 日程 | 区間 | 距離 | |
| 京1 | 2021/1/6 | 高麗橋~守口一里塚 | 15㎞ |
| 京2 | 2021/6/23 | 守口宿~石清水八幡宮 | 30㎞ |
| 京3 | 2021/6/30 | 石清水八幡宮~伏見桃山駅 | 20㎞ |
| 京4 | 2021/7/21 | 伏見桃山駅~髭茶屋追分 | 18㎞ |
| 東1 | 2020/6/17 | 京都駅=京都三条大橋~守山宿=守山駅 | 35.7㎞ |
| 東2 | 2020/6/22 | 守山駅=守山宿~高宮宿=南彦根駅 | 41.5㎞ |
| 中3 | 2020/6/29 | 南彦根駅=柏原宿=柏原駅 | 29.5㎞ |
| 中4 | 20207/20 | 柏原駅=赤坂宿=東赤坂駅 | 30㎞ |
| 中5 | 2020/8/5 | 東赤坂駅=加納宿=岐阜駅 | 27㎞ |
| ーー | 20208/9 | 東京=日本橋~板橋宿 | 24㎞ |
| 中6 | 2020/8/24 | 岐阜駅=加納宿~鵜沼宿=鵜沼駅 | 20㎞ |
| 中7 | 2020/9/16 | 鵜沼駅=加納宿~御嶽宿=御嵩駅 | 24㎞ |
| 中8 | 2020/10/7 | 御嵩駅=御嵩宿~大湫宿=武並駅 | 26㎞ |
| 中9 | 2020/10/18 | 武並駅=十三峠~中津川宿=宿泊 | 26㎞ |
| 中10 | 2020/10/19 | 中津川宿~妻籠宿=南木曽 宿泊 | 22㎞ |
| 中11 | 2020/10/20 | 南木曽~野尻宿 | 12㎞ |
| 中12 | 2020/11/15 | 野尻宿~福島宿=宿泊 | 31㎞ |
| 中13 | 2020/11/16 | 福島宿~奈良井宿=奈良井駅 | 24㎞ |
| 中14 | 2021/7/25 | 奈良井~下諏訪=宿泊 | 40㎞ |
| 中15 | 2021/7/26 | 下諏訪~和田峠~和田宿=宿泊 | 33㎞ |
| 中16 | 2021/7/27 | 和田宿~岩田村=佐久平駅=宿泊 | 28㎞ |
| 中17 | 2021/7/28 | 佐久平→軽井沢~碓氷峠~坂本宿=横川駅 | 18㎞ |
| 中18 | 2021/10/24 | 佐久平→小田井~追分~沓掛~軽井沢=宿泊 | 37㎞ |
| 中19 | 2021/10/25 | 横川駅~松井田~安中~板鼻から高崎=宿泊 | 41㎞ |
| 中20 | 2021/10/26 | 高崎~倉賀野~新町~本庄~深谷~籠原駅 =宿泊 |
42㎞ |
| 中21 | 2021/10/27 | 籠原駅~熊谷~鴻巣 | 28㎞ |
| 中22 | 2021/11/28 | 鴻巣~蕨宿=宿泊 | 35㎞ |
| 中23 | 2021/11/29 | 蕨宿~日本橋~靖国神社 | 30.5㎞ |
※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回はしめくくりの旅となり、鴻巣宿から東京お江戸日本橋まで約66㎞の旅。
本記事は、旅のレポートの一部です。
■この日のルート:
蕨宿 JR蕨駅~板橋宿~日本橋(27㎞)→靖国神社(3.5㎞)
神田明神・天野屋からのつづきです。
●昌平橋
江戸時代に荒川に架けられた橋です。
とうとう日本橋まであと1㎞となってしまいました。
旅が終わってしまうと思うと、寂しさがこみ上げてきます。
●鐘撞堂跡
●カツラ…
ちょんまげは、みんな同じだと思っておりましたが、
微妙に形が違って、お洒落です。
●日本橋の街並み
●今川橋跡
●越後屋跡(三越本店)
●日本道路元標
ゴオオオオオォォォーーーール!
とうとう到着しました。
長かった旅が終わりました。
東海道、中山道、奥州街道(宇都宮宿起点)、甲州街道、日光街道の五街道の起点となる場所です。
道路元標の筆跡は、第61代首相 佐藤栄作のもの。
お江戸日本橋。
歌川広重が描く日本橋とは、かけ離れた現代の日本橋。
橋の上を高速道路が覆っています。
しかし、カッコいい!

橋の親柱に書かれた「日本橋」は、第15代将軍 徳川慶喜の筆跡。
獅子が持っているのは東京都の都章。

お江戸日本橋七つ立ち という言葉があります。
旅人は朝の4時に出発し10里近くを歩き、京都まで約15日間で到着したそうです。
京都三条大橋から日本橋まで、中山道は約540kmですから、1日約36㎞程を15日間歩き続けたのですね。
新幹線でたった2時間の距離。
私は、23日かかりました。
物見癖と好奇心でたくさんの寄り道をしたので走行距離は約800㎞。
1日につき34㎞程の走行距離ですが、昔の旅人と違い一気に進んでいないので、疲労はそれほどではありません。
参勤交代のお侍さんや旅人は、灼熱の太陽の下も、雨の日も風の日も雪の日も…疲労の回復がされないまま動き続けておりましたから、ケガや故障もあったでしょう。
しかも、靴はアッパーがしっかりしていないワラジで…。
凄いと気力としか言えません。
●日本橋魚川岸跡(魚市)
●靖国神社
日本橋に到着した後、靖国神社まで走っていきました。
神おはす場所。
わたしにとってもふるさと。
秋の靖国さんも素敵ですね。
祖父たちに、走ってきたよと報告を。
ランニングスタイルなので昇段参拝はなしです。
今回のラテは神殿バージョンです。
心にも胃袋に沁みます。
〇A〇APは国道中心(中山道)で、旧中山道のルートを示さないので、ログだけとりました。
お友達が作った地図と、ほんとに歩く中山道とちゃんと歩ける中山道の地図&コンパスを使いました。
お仲間からいただいた表彰状。
とっても嬉しいです。
長かった旅が終わりました。
応援してくださった皆さま、ありがとうございました。
感謝→Special Thanks
※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回はしめくくりの旅となり、鴻巣宿から東京お江戸日本橋まで約66㎞の旅。
本記事は、旅のレポートの一部です。
■この日のルート:
蕨宿 JR蕨駅~板橋宿~日本橋(27㎞)→靖国神社(3.5㎞)
巣鴨地蔵通商店街からのつづきです。
日本橋まではあと6㎞です。
●東洋大学
●金龍山大円寺・焙烙地蔵・一里塚の庚申塔
石の3つの庚申塔は、本郷追分一里塚から ほうろく地蔵前に移されてきたそうです。
ほうろくとは、浅い素焼きの土鍋のこと。
八百屋お七にちなんだ地蔵尊で、
1682年におきた天和の大火は、恋仲になった寺小姓(寺に住んで住持のそば近く仕えた少年)恋しさに放火の大罪を犯した大火。
その後、火あぶりの刑を受けたお七。
放火の罪で処刑された灼熱の苦しみを、
お地蔵さまがをほうろくを頭からかぶって苦しみを受けているという。
お地蔵さんは頭にほうろくを乗せていました。
やさしいお地蔵様ですね。
山門には立派な「五三桐」のご紋。
豊臣秀吉や皇族が使ったもの…なぜここに。
●本郷追分一里塚
日本橋まで最後の一里塚です。
日本橋まであと約4㎞となりました。
●東京大学
コロナがおさまれば…東大学食でランチすることを楽しみにしていました。
今は、学校関係者以外立ち寄ることが出来なくなっています。
警備の方に撮影許可をお願いし、門から手を伸ばして写真撮影しました。
●神田明神前・天野屋
天野屋さんの記事は別で書きました。
よろしければ、こちらをお読みくださいませ。→わたしが見つけた日本製 「神田明神前 天野屋」
●神田明神
神田明神は、江戸城の表鬼門除けに鎮座する江戸総鎮守。
1600年の関ヶ原の合戦前、徳川家康は神田明神で戦勝祈祷を行いました。
家康は9月15日、神田祭の日(今は5月)に勝利し天下統一を果たしたと言われます。
神田明神のご祭神は、一之宮は大己貴命。
だいこく様とも呼ばれ、国造りをされた神様で縁結びにご利益が。
二之宮は少彦名命。一寸法師と呼ばれ医療や健康祈願、病気平癒にご利益が。
三之宮は平将門命。平将門神に祈願すると勝負ごとに勝つと言われています。
国学の発祥の地です。
京都伏見の神宮で国学者であった荷田春満が、江戸に出て初めて国学の教場を開いたのが神田神社社家の芝崎邸内でした。
次はいよいよ、日本橋です。
※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回はしめくくりの旅となり、鴻巣宿から東京お江戸日本橋まで約66㎞の旅。
本記事は、旅のレポートの一部です。
■この日のルート:
蕨宿 JR蕨駅~板橋宿~日本橋(27㎞)→靖国神社(3.5㎞)
志村一里塚~第1次 板橋宿 からのつづきです。
いよいよ「おばあちゃんの原宿」巣鴨に入ります。
巣鴨は、赤の色使いが多く、なんか元気になるんですよね。
赤って交感神経を優位にさせると言われていて、ガツガツ動き回りたくなるのです。
そんな巣鴨が好きな私は、おばあちゃんなのかも知れません。
●巣鴨地蔵通商店街

巣鴨地蔵商店街…は、巣鴨地蔵〝笑〟店街なんだそうです。
ゲートをくぐる前に猿田彦大神(巣鴨庚申塔)へ寄りましょう…。
●猿田彦大神(巣鴨庚申塚)
歌川広重の絵、第2景 英泉、木曽街道・板橋之驛(いたばしのえき)
が描かれた場所です。
巣鴨商店街は、旧中山道であり、商業や信仰の場として栄えてきました。
日本橋から出発して最初の休憩所(立場)として、賑わっていた場です。
この庚申塚には、お猿さんが祀られていて、
明治初期に、千葉県銚子市にある猿田神社から猿田彦大神を分祀したそうです。
猿田彦大神は導きの神様です。
ここまで導いてくださって
ありがとうございました。
旅も、もうすぐ終わります。
とげぬき地蔵の縁日(毎月四の日)は多くの参拝者があり、
参拝者の方に季節ごとに趣向を凝らした食事を作ってもてなしているそうです。
早く、コロナ禍が落ち着いて、人が集まり、食事を楽しめる日が来ますように。
ゲートと商店街が続きます。

●巣鴨マルジ
巣鴨と言えば、赤パンマルジさん。
メンズ館とレディース館が並んでいます。
お年賀に配る用として、毎年立ち寄るか、もしくはネットで購入しております。
赤パンマルジの記事は、別記事で書きました。
よろしければ、こちらをご覧くださいませ。→[旅のみちすがら・私が見つけた日本製]日本製:巣鴨 マルジ
●とげぬき地蔵(高岩寺)
地蔵菩薩様は秘仏ですので残念ながら拝見させていただくことはできません。
そのお姿を元に作られた御影(おみかげ)に祈願してもご利益があるとされています。
写真は毎回〝と〟が抜けて〝けぬき〟地蔵になります。
このお地蔵さんの隣に洗い観音がありました。
水をかけ、自分の悪いところを洗うと治るという言い伝えがあります。
コロナ禍でも大行列でした。
※この写真のお地蔵様ではありません。
可愛いこけしさんたち。
案内板によると、大政奉還後、静岡で長い謹慎生活を送った後、
明治34年(1901年)12月までの4年間だったそうです。
大阪もなのですが、史跡の前に自転車が止まってたり、ゴミ出しの収集所になっていたりする風景が残念だなぁ…と思っちゃいます。
私の目から見れば、昔に思いを馳せる場所ですが、
同じ思いでいらっしゃる人ばかりとは限りません。
巣鴨商店街を抜け、日本橋まではあと6㎞。
※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回はしめくくりの旅となり、鴻巣宿から東京お江戸日本橋まで約66㎞の旅。
本記事は、旅のレポートの一部です。
■この日のルート:
蕨宿 JR蕨駅~板橋宿~日本橋(27㎞)→靖国神社(3.5㎞)
第2次 蕨宿から清水坂までのつづきです。
清水坂が終わると、国道17号線に合流です。
すぐに、志村一里塚が見えてきます。
●志村一里塚
17号線の脇に、両塚残っているのが、東京から3里目の一里塚です。
関東に近くなるにつれ、姿が消えている一里塚が多かったので、両方の塚が残っているのは感動でした。
●斎藤商店さん
明治22年の創業で100年以上続く竹屋さんです。
竹商品を取り扱っていらっしゃるそうです。
店頭に並ぶ竹ほうきが懐かしいです。
我が家は、昔、玄関先で使うほうきを、祖父が竹で手作りしていました。
●縁切神社
おまいりしている方がいらっしゃったので、境内には入りませんでした。
ここは、縁を切りたい人がいたら、この木の皮を煎じて飲むと願いが叶うそうです。
日本中の中でも最強縁切りスポットです。
2020年の8月に日本橋から板橋を走った時、
おまいりさせていただきましたが、
木の皮までは煎じませんでした。
●中山道板橋宿上宿碑
板橋は、日本橋から一番目の宿場です。
長さが約1.7㎞で、天保十四年1843年は人口2448人と多く、
日本橋から平尾宿・仲宿・上宿に分かれていました。
石神井川に架かる板橋から環状七号線あたりまでが上宿だそうです。
●石神井川に架かる板橋
石神井川(しゃくじいかわ)に架かる板橋の名前から宿場名がついたそうです。
歩道は、板の目調になっています。
日本橋から旅を始める旅人に同行し、板橋宿まで見送る人もいて、大変栄えた宿場なのだとか。
●仲宿
仲宿に入ったようです。板橋宿は長いです。
●成田山 遍照寺
境内は江戸の頃、馬のつなぎ場だったそうです。
●板橋宿本陣 飯田新左衛門家
本陣には、参勤交代で通行した大名や幕府の公用の武士、僧や公家などが休憩しました。屋敷の当主は、代々飯田新左衛門を名乗りました。
板橋宿のアーチ…日本橋に近い平尾宿なんでしょうか…
アーチの上で、うさぎが手を振ってくれているのが可愛いです![]()
商店街のキャラクター「ラッピー」だそうです。
アーチにとどまらず、街灯やお店の看板にまでラッピーだらけでした。
●中山道の宿場名が並べられた看板
●観明寺と庚申塔
観明寺の前にあった、ゆず「逢いたい」の歌詞。
住職さん、ゆずファンなのかな。
素敵な歌詞ですね。
うさぎが手を振ってくれるのが、癒されます。![]()
●たぶん、この付近平尾一里塚
2020.8に来た時も、googleマップで一里塚があった場所を探したのですが、
Googleによると、亀の像があるお店前あたりという事で。
詳しい場所はわからず。
お店前の亀だけ写真におさめました。
前に来た時とは別のお店に変わっていましたので、目印にならず…です。
書籍「中山道・浪漫の旅」(信濃毎日新聞社 発行)の情報によると、八百屋さんあたりだという情報もあります。
●亀の子束子 西尾商店
こちらにも亀が。。。西尾商店で亀の子束子を買いました。
別記にしていますので、ご興味のある方は、こちらの記事へジャンプくださいませ。→[旅のみちすがら]板場宿 亀の子束子
いよいよ「おばあちゃんの原宿」巣鴨に入ります。
巣鴨は、赤の色使いが多く、なんか元気になるんですよね。
赤って交感神経を優位にさせると言われていて、ガツガツ動き回りたくなる。
そんな巣鴨が好きな私は、おばあちゃんなのかも。
次の記事では、大好きな巣鴨をレポしたいと思います。
※リアルタイムのログではなく、数日前のログです。
〝人間一生 物見遊山…〟
これは江戸っ子の人生観を表す言葉。
生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えておりました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っております。
コロナの様子を見ながら、感染予防して〝うつさない・うつらない〟の心がけをしてこの旅を進めます。
今回はしめくくりの旅となり、鴻巣宿から東京お江戸日本橋まで約66㎞の旅。
本記事は、旅のレポートの一部です。
■この日のルート:
蕨宿 JR蕨駅~板橋宿~日本橋(27㎞)→靖国神社(3.5㎞)
第2次 蕨宿からのつづきです。
JR蕨宿から日本橋を目指します。
宿場の終わりです。
このゲートの先は、車線もビルも多くなり、一気に東京の空気が濃くなります。
戸田市に入りました。
もうすぐ埼玉の県境を越えます。
東京に入るには通行手形は要るのかな…(映画・飛んで埼玉より)
●下戸田ミニパーク
史跡案内の親切な道標があり、助かりました。
●マンホール
マンホールは、戸田ボートコースで行われているボート競技「レガッタ」の様子が描かれています。
戸田市はボートの聖地なんだとか。
川岸3交差点から商店街のような道に入ります…。
商店街内の目印となる魚久さんを探すも、見つからず…
たぶん、ここかな↓↓↓
魚久さんは別のお店に変わってしまったのでしょうか。
戸田一里塚があったとされる場所はわかりませんでした。
このあたり…なんて想像しながら、日本橋まであと4里です。
川岸橋で菖蒲川を渡ります。
●川岸ミニパーク
こちらにも、史跡の案内板があり、助かります。
●戸田渡船場跡
戸田橋で荒川をこえます。
英泉の中山道浮世絵、第2次 蕨宿は、戸田の渡し跡。
戸田橋から富士山が見えた時には、大感動。
この旅で、この富士山を色んな角度から眺めました。
これが最後です。
日本橋まであと16㎞です。

●志村橋
どんどん日本橋に近くなります。
●地蔵尊
●清水坂
江戸時代の中山道です。日本橋を起点として旧中山道の最初の難所と言われた急坂らしいのですが、日本橋からだと下りで、京都三条大橋からは上りです。
写真じゃわかりませんが、結構上り坂がキツかった。
●富士・大山道の道標と庚申塔
富士山や神奈川の大山へ続く道です。
工夫して写真を撮りましたが、実際は、電信柱の陰になっています。
交通の便や文明の発達によって、もう今は、歩いたり走ったりして富士山や大山に行く人はいないのでしょうね。
●志村一里塚
志村一里塚が見えてきました。
日本橋まであと3里ですよ。