
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
コロナ禍で自粛中に読み返した本。
V・E・フランクルさんの
「それでも人生にイエスと言う」と「夜と霧」…。
(夜と霧は、内容が重いので 読むのに時間が結構かかった。)
第二次世界大戦中にナチスに連行され、
強制収容所に抑留され、地獄の日々を過ごした精神科医V・E・フランクルが
生還後、毎日生きるか死ぬかの日々を綴った内容。
地獄の日々を送る中でも、いろんな人がいて、
生き残る人もいれば、
死んでしまう人や気がおかしくなる人もいて…
何が違うのかを分析したそうだ。
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人は刺激を受けると、その刺激に対して反応をするという流れを取る。
実は、刺激と反応の間にはスペースがあり…。
スペースがあるないで、結果が変わってくると言う。
表現するとこんな感じ。
刺激と反応の間にスペースがないと、
悪いことが起きたら直ぐに悪いと反応し、
いいことが起きたら直ぐに良いと反応する。
ネットの誹謗中傷やお気持ちヤクザ(自分が不快と思うものを悪と捉え排除する行動)なんかもスペースが無い典型的行動だ。
スペースがあると、
選択の自由と意志の力で、自分が望む未来に変えることができる。
どうなればベストかを考え、そのために出来ることを考え、
自分で意味を見つけ行動する。
(自立し自律~自分で立ち、自分を律することができる~)
見方や見え方、感じ方は人それぞれ違うが、
何事も自分次第。
スペースを忘れて反応しそうな時の合言葉。
色即是色。
モノの本質は空(くう)である。悪くも良くもない。
よく健康脳セミナーで使わせていただいた絵。
良いものに見えることも、
悪いものに見えることもある。
見方、見える世界、感じ方は人それぞれ。
何ととらえ、
どう考え、
自分はどう意味を持ち行動するのか。
それは自分次第。
自分が置かれている環境で、どうすればベストなのかを意識しながら過ごしたい。
昨夜は自分の星座である水瓶座の満月を迎えた。
風の時代が少しずつ始まる。
風の時代とは、コミュニケーションや情報、
そしてインターネットのような時間と空間を超えた社会への移行。
月を見ながらこう思う。
コロナウィルスは、
今まで刺激が多すぎて、
快も不快も感覚が無くなっていた心と体をニュートラルにしてくれ、
刺激は刺激と感じられるようにしてくれた。
そして、刺激と反応の間に大きなスペースを与えてくれた。
仕事がほぼ再開され、日常も動き始め、
どんどん刺激が増えてきたが、
刺激が当たり前にならないように
自分を客観的に観れるスペースを作る時間はずっと持っていたい。
コミュニケーションや情報には良き風を。新しい風に乗っていこう。
スタート!
詳しいことは書けないが、
今連載中の健康コラムの今回のテーマが
咀嚼(噛む)・嚥下(飲み込む)・発音する(会話をする)…
このあたりの機能向上のための情報。
記事をまとめながら、ハアーッとため息をつく。
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コロナウィルスの名称が、最近のBLOGに連日出てきて
読者の不安をあおっているのではないかと心配するが、
あえて書く。
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プールには「会話は控えましょう」のPOP。
マスクして、ソーシャルディスタンス。。。
これが日常になりつつある今、
人との会話もこれまで以上に制限されている。
ハアーッとため息をついたのは、
噛む、飲み込む、会話をする…このために必要な筋肉や、
脳と筋肉をつなぐ神経伝達が、
コロナウィルス感染拡大前よりも
使わなくなってしまった事をため息に乗せた。
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わたしがマスクをして運動指導をしている時、
動きの説明や指示を出すたび、
マスクがどんどんずれてきて、ずれるたび直す。
それが1回2回ではなく、頻繁に…。
発声のたび、マスクがずれるということは、
顔の筋肉も舌の筋肉も使っているということ。
飲み込むことは、無意識に動く反射運動の部分も大きいのだが、
顔の筋肉も舌の筋肉も使わなくなれば、
反射もうまくいかないだろうし、
咀嚼(噛む)・嚥下(飲み込む)・発音する(会話をする)ことが困難になれば、
美味しく食べれない…
楽しくしゃべれなくなる…ということだ。
会話しなければ、認知能力も低下するだろう。
誰かと話すこと、
顔や舌の筋肉を動かすこと。
これは、とても大切なこと。
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最近の運動指導時では、ストレッチの時に
お客様にこのようなことを伝えている。
「わたし、しゃべるたびにマスクずれて何回も直したでしょ。
それだけ、会話をするときは、顔や舌の筋肉を使ってるんですよ。
顔とか舌の動きは、おいしく食べるために必要で、
今は思いっきりお友達としゃべれないから、前より使わなくなってるかもしれません。
そう感じたら、鏡の前でマスク外して舌の体操したり、
変顔して顔や口の周りを動かしてくださいね。」
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みなさんが、早く思いっきり会話できるといいけれど、
変顔して、
舌を動かして、
生涯おいしい食事を!
楽しい会話を!
味わえますよう。
シンクロニシティ。
ユングが提唱した概念で、意味のある偶然の一致。
日本語では、共時性・同時性・同時発生と訳される。
例えば、虫の知らせの様なもので、
因果関係のない2つの事象が類似性と近接性を持つこと。
シンクロニシティには、人生を良い方向に進めてくれる
メッセージが隠されているとも言われている。
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今日は山行の予定…。
詳細を質問したら13人とのことで泣く泣くキャンセル。(関連記事 7月29日→☆☆☆)
残念だな…と思っていたら、13人の中の1人が、同じ周波数の持ち主。
〝今はワイワイできないから、
ソーシャルディスタンスを取って2人で行こう〟
という流れに。
しかもその方、
偶然にも10数年前、同じ職場の更衣室で良く井戸端会議したり、
仕事後によく飲みに行った。
その上、同業者。
そしてそして、自然が好き。山が大好き。海が好き。
最近、感じていることがよく似ていて、
話を聴いていると「あ!それ私も…」と思うことばかり。
このタイミングで偶然がかさなり、再会するって…
こんなシンクロってあるんだなぁ。
コロナ禍という今の時期だからこそ、
同じような感覚で、
お互いの好きが「私も!」という方と
時間を分かち合いたいと思っていたこの頃。
感覚の違いやお互いの好きの違いを認めるということはとても大事だが、
そこに周波数を合わせるとノイズが入り、それがずっと…なると疲れてしまうのだ。
ちょっと無理ができるときはいいが。最近、それは時々でいいと思う。
(先日、三輪山と明日香村を一緒に走ったお友達も、よく似た周波数。
お友達がロープワークで冒険するときは周波数が全く合わないけど(笑)それ以外は楽しくて、気持ちが良くて、すっきりするさっぱりする周波数。ラジオで例えると、ずっと聴いていたい感じ。)
そんなことを話しながら、
ソーシャルディスタンスを取って、
お互い六甲の歩いたことにないトレイルをたのしんだ。
(この長雨により沢が増水していてコースを変えたため、歩いたことのないトレイルになった)
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横池は睡蓮が綺麗だったけれど、増水MAXだった。
六甲神社
念願の653cafe
1年前に食べ損ねた653cafeの、
念願フワフワスフレパンケーキにもやっと会えた。
考えてみたら、
10数年会ってなかったが、
その時間を埋めることなんてしなくていいくらい自然な時間と、
偶然の再会に感謝。
神様、シンクロニシティをありがとう。
八朔。
旧暦の八月一日のことは
八月朔日を略して
八朔(はっさく)と言う。
家じゅうの盛り塩を交換し、
床を拭いて、
月あたらな気持ちを神棚に宣言して1日が始まった。
今日はお仕事なので、神社へのついたち参りはできないが、
この習慣をやらないと、
歯磨きを忘れたように、気持ち悪さとやり忘れた感が残る。
昔の農家では、この日に取れた稲や作物を
日ごろお世話になっている人に贈る習慣があったそう。
わたしも、毎年この時期にお世話になった方へ送る準備をして
秋ごろに採れたての山の味覚を送るが、
今年は、ソーシャルディスタンスを取っていても
去年より送る人が増えたのは、
ありがたい。
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8月初日と言って、これと言って特別なことはないが、
お仕事をして、
帰宅ランをして、
こちらも習慣…というか、趣味になりつつあるちりめん細工をさくっとこさえる。
コサージュにもなる
ペンダントトップにもなる
髪飾りにもなる…
何にも対応できる風で作ったら、イビツな朝顔に(๑>◡<๑)なってしまった。
夏の風物詩の朝顔。
公園で行われていた朝顔市を懐かしく思う。
夏のうちに桔梗をつくろう。
7月の27日に大学の最終授業を終えた。
コロナウィルス感染予防につき、前期の授業は全部オンライン授業になり、
毎回の授業の資料作成や動画撮影・編集、クラスづくりにはじまり、
100人の生徒に、課題提出の採点・フィードバックの返却まで。
今までにない授業の流れに、あたふたしながら、
なんとか終了。
生徒さんのほうが、大変だったかと思う。
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数日間かけて、最終提出レポートを1枚ずつ読んで採点を行った。
〝パソコンやスマホの前で受講する授業の中で、
身体を動かす授業はとても楽しかった。〟
〝身体のことを学べて勉強になりました。〟
〝毎回先生からのフィードバックが癒されました。〟
〝課題を提出できたのか不安でしたが、毎回「確認しました」と
連絡があったのがありがたかったです。〟
などなど。
楽しいと感じてもらえた授業に携われたことに
心から感謝したい。
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当たり前のことだけど、
生徒が提出した課題に対し
受け取りましたの報告→内容確認→感想とフィードバック、質疑応答のコメントを返却
という手順を取っていた。
機械的に、一斉に返却OKの通知設定もできたが、
そこは…違和感があり、
1人1人違う感想や質問に1件1件返却することを選択。
それが珍しかったようで、
最終レポートは返却対応に関する感想が圧倒的。
授業回数を重ねるたびに、
コメントは、授業の内容以上に、動画で着ているウェアのことや、映り込んでいるフィットネスグッズのことダイエットなどまで。
どんどん質問が増え、会ったことが無いのに生徒さんとの距離も近くなったような気がした。
対面が無くなってしまった今、のっぺらぼうのPCに向き合うだけなので、
相手の反応が見えない。
だからこそ、返信することは大切と思う。
とにもかくにも、無事終了してホッとしている。
生徒のみなさんと、対面で一緒に学び、身体を動かしたかった。
とても大変だったと思うが、よくがんばったと…本当は顔を見て言いたい。
みなさんが、授業が終えてからも日常生活に身体動かすことを
取り入れてくださいますよう。
みなさんの健康を祈る。
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さぁー!短い夏休みがスタート。
コロナウィルス感染も拡大していて、ぱぁーっとできない夏休みだが、
ゆっくり過ごしたいと思う。
出勤前の朝活。
「コンフィデンスマンJP プリンセス編」
を観てきた。
7月23日に公開してから、すぐに観たかったけれど
連休中を避け、平日の朝に鑑賞できる今日を選択。
シートを1つあけての予約が可能で、
広く座れるプレミアシートを予約してみたが、
映画館は、梅田という大阪の真ん中だとは思えないくらい閑散としていて
ガラガラが悲しかった。
おそらく、朝だし。平日だし。
週末や夜はもっと人がいるんだろうけどね…。
スタッフもお客さんも、消毒して。マスクをして。体温を測って…。
万全な体制で映画館に居るのに、
まるで怪獣が街を荒らした後の様な静かな世界で、
これがあと2年ほど続くのか…と思うと、ホントごめんだ。
映画館に人が集まらないと、未来の作品もできないし、
役者や映画を制作する方の才能も消えてしまう。
何が正しいのかわからないが、
しっかり感染予防して、
見たい映画は映画館で鑑賞しようと思った。
これはフィットネスの施設利用についても同じだし、
飲食や交通機関、宿泊施設や、いろんなサービス業種の利用も同じで、
(先日、気に入ってた飲食店に行ったら【テナント募集】の貼り紙。お気に入りの店がまた一つ消え、かなりショックだった)
しっかり感染予防して、いろんなサービスを利用したい。
映画は最後の最後まで期待を裏切らないストーリーで、すごく面白かった。
ただ、ジェシーがもう見れないのが残念で残念で残念過ぎて…
また見たい念が残る。
素晴らしい俳優さん。ジェシー、おつかれさま。ありがとう。
早く満席の映画館で思いっきり泣いて笑って、
映画鑑賞がしたい。
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職場に、家族に止められ、ずーっと休んでいたお客様が訪ねて来られた。
感染の心配さえなければ、ハグしあう勢いだが、
それでもお客様は私の手を握って、
会いたくて、レッスンを受けているの夢を見た…と。
もうすぐ90歳なので、街に出るのも怖かっただろうに。
怖いけど、話したいと、短時間お茶をした。
色んな人の時間を
今までとは違う時間に変えてしまったコロナウィルス。
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何の世界を見せられているんだろう。
どんなシナリオなんだろう。
コロナウィルスとの時間は、どんな時間になっていくのだろう。
全く想像がつかないが、
自分が思った世界、
自分が思ったシナリオ、
自分が過ごしたい時間にしかならないので、
より良い選択をしていこうと思う。
映画鑑賞で、心も動かせたし、
会いたかった人にも会えたし、
今日はよき日。
尊敬する京都の山の先輩からの招集。
コロナウィルス感染拡大&自粛期間前に約束していた週末の山行。
14名とのことで、残念ながらキャンセルした。
自分でいうのもなんだけど、
私が約束をキャンセルすることって、よほどのこと。
ほとんどありません。
よほどのことが周辺で起きているので…泣く泣くいかないことを選択。
先輩に会えないのが残念です。
山の先輩とは、またの機会に〝ワイワイしない山行〟でご一緒したい。
パーティ・飲み会にはじまり
パーティ登山、
大勢でのランニング。
仕事で集団指導も行っているので
今はプライベートでは、集団ワイワイができない状態にある。
コロナウィルス感染拡大は、青から黄色信号に変わり、
大阪は、昨日2020年7月28日にこの様な発表をした。
〝新型コロナウイルス対策本部会議を開催し、府民に対し、5人以上の宴会・飲み会の自粛を要請することを決定した。また経済界にはテレワークの実施率70%を目指すことを求めるほか、イベント開催に当たっては、屋内・屋外ともに参加人数は5000人以下に制限する。
さらに、今後感染が拡大して入院患者が増加した場合、感染防止対策を取らずにクラスター(感染集団)が発生した店舗などに対する休業要請も実施する。〟
…
私が感染した場合、
黄色信号に力を貸すことになり
お店やフィットネスクラブ、学校まで…営業や授業を止めてしまうことになる。
ウィルスを恐れているのではなく、
店舗への休業要請リスクのことを自覚し、
今までも1人で行動することがほとんど。
1人でなくても、同じような意識と感覚、周波数のお友達と2人で行動。
だけど…
わたしゃ、コロナウィルスよりも
偏見とか自粛警察とか
人間のほうが怖いかも。
…
早く、ワイワイできる日が来ると良いが、
結構ワイワイしないのも心地良く、
相手ともしっかり向き合えることが自分に合っているから、
このままでもよいかなって思っている自分がいる。
…
誰だったか?
現在、覚醒と眠りの二つの世界に分岐する前のトンネルを通過中で、
7月の末に二極化すると言っていた。(もう二極化が終了している)
これは理論も物理的でもないメッセージで、
本質的ではないし、
ふわふわしている非理論・非物理的ではあるけれど、
地に足を付けて覚醒と眠りの二極化を肌で感じたりもしている。
今までと変わらない世界と、
今までの世界から更新する。形を変える。受け継いで成長させる。進化する。スピードに対応する新たな世界。(去年の年末に2020年を四柱推命でよんでみた内容)
天下分け目の関ヶ原だ。
二極化のどちらの世界に居るかわからないけれど、
覚醒した新たな世界に周波数を合わせたい。
…
山の先輩手作りの地図のうちわ。
ちょうど、3年前の今日、
山の先輩と京都で飲んでいた。
お互い、それを懐かしみ…
また会うことを約束。
ずっと静かに「山登りが好き」という共通の好きでつながっている先輩。
また一緒にワクワクしたい。
先輩から送られてきた、やさぐれた雀(笑)
Column⑴では、現代に生きる私たちと江戸っ子の平均寿命の違いについて書きました。
→Column⑴ 平均寿命今昔
現代の平均寿命が延びたのは、医療の発達もありますが、
何といっても、スッキリさっぱりした江戸っ子の生き方。
清潔さ
これも寿命が延びた原因の1つと言えるのではないでしょうか。
Column⑵では、江戸っ子の清潔さについて書いてみましょう。
〝江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ〟
ということわざがあるように、
江戸時代は大火事で家財が無くなってしまうことがたびたびあったので、
その日に得た銭はその日のうちに使い果たし、
翌日まで持ち越さない生き方でした。
財布の中身もスッキリさっぱりしていた様ですが、
生活面でもスッキリさっぱりしていた様ですよ。
江戸時代と言えば、長屋住まい。
壁がとても薄く、隣の家の生活音や会話がよく聞こえるほど隣接していました。
水や燃料が貴重で火事にも注意していましたから、
自宅にトイレや浴室があることは無かったようです。
※〔写真〕中山道・寝物語の里
近江と美濃、両国の国境は幅一尺五寸の溝。
ここに家が連続してあり、国と薄い壁を隔てて隣人同士が寝物語をしたそうな。
トイレは共同。
お風呂は共同浴場を利用し、朝の仕事前と夕方の仕事の後の1日2回入浴したという説もあります。
※共同浴場のことを上方では風呂屋、江戸は銭湯と呼びました。
好きな人は1日に4~5回という人もいて、
過度の入浴により肌がパサパサしているのを「垢ぬけてる」と粋がったそうです。
…確かに、垢は抜けてるけれど(笑)入りすぎですよね。
スッキリさっぱりしたいのは、
汚れを落とし綺麗になりたいという気持ちもあったかと思いますが、
神道でいう禊(みそぎ)の様な感覚が残ってたのかもしれません。
幕末に来日したタウンゼント・ハリスは、毎日入浴する日本人を見て
「日本人は清潔な国民である。誰でも毎日沐浴する。」と驚いたそうです。
ちなみに、1764年~72年まで、
共同浴場の入浴料は6文(90円)だったそう。
当時のかけそばは16文、酒は40文、寄席は100文、長屋の家賃は400~1100文なので、
垢ぬけるくらい、毎日気軽に入浴できる値段だったことがわかります。
お風呂の発祥は古代ローマ、カラカラ浴場(→2007年に行ってまいりました)。
今でいうスーパー銭湯が東京ドーム2個分の大きさで存在していました。
ローマの人も江戸っ子同様、入浴を習慣にしていたようです。
中国は、北京などは湿度が少なく汚れることが無かったようで、
湯船につかる習慣がなく、お風呂は王侯貴族の楽しみだったそう。
華青池から温泉がわいたときは、苑池という離宮と温泉を組み合わせたものをつくり、
楊貴妃らが入浴を楽しんでいたとか。
フランスの庶民も入浴の習慣がなく、体臭は香水でごまかしていたとか。
昔のことですよ。
とにもかくにも現代は、世界的に水道が整備され、燃料も確保でき(これからどうなるかわからないけれど)、
湯船につからなくても、シャワーで汚れを流す方々も増えてきました。
現代の平均寿命が上がってきたのは、衛生面の向上も理由の1つと言えるでしょう。
昔、越路吹雪が「水に流して」というシャンソンをうたっていました。→古っ
♬もういいの もう後悔しない 新しい人生が今日から始まるのさ♬
こんな歌詞ですが、
過去のことは、きれいさっぱり水に流して前向きに生きましょう!という歌です。
江戸っ子もそうですが、
日本に生きていると、
なんとなーくスッキリさっぱり!
何があっても前向きに生きているかたが多いような気がします。
これは、お風呂に入ってスッキリさっぱりしているからかな。
この様なスッキリさっぱりな生き方も、
古くから存在する豊かな水源や禊のおかげでしょうか。
ありがたいですね。
身体を動かした後は、スッキリさっぱりしたい中山道の旅です。