
健康サポートプロジェクト
合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。
京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。
出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。
今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。
高宮から鳥居本宿までの続きです。
鳥居本から番場宿へ向かいます。
望湖堂は、摺針峠の好展望地に設けた彦根藩の茶屋本陣。
ここへ上がっていくと琵琶湖が一望出来ます。
⑨の、天寧寺で長居してしまったので、先を急ぎますが、
なるべくなら外したくなかったスポットです。
高宮から柏原までは、見どころがたくさんあって、
取捨選択しないとなかなか前に進みません。
山道に入ってきます。
梅雨の期間なので、ぬかるみもあります。
中山道を走るとき、シューズをどれにしようか考えてしまいます。
木が日差しを遮って、の消耗を少しだけおさえてくれました。
獣道のような…。
蜘蛛の巣もいっぱい。
道があっているか不安になります。
山道になったり、ロードに出たり…
高宮~柏原までのルートでは、
鳥居本から番場宿までの摺針峠が一番きつかったかな。
●摺針一里塚跡
今は跡地の碑が立っていますが
昭和中期までは塚が残っていたそうです。
歴史的な地形や作りも、諸行無常ですね。
●摺針峠
摺針という名は、弘法大師説によれば、
老婆が斧を摺って針にしていたことからつけられたようです。
●泰平水
高速道路と隣り合わせで走ります。
当然ですが、自販機もお店も人の気配も…何もありません。
泰平水は、旅人の喉を潤していたんでしょうか。
●番場宿
西番場。
番場宿の宿場町に入ってきました。
このあたりから、青龍滝と鎌刃城跡へ2㎞で行けますが、
山麓ふもとの扉が閉まっていました。
●番場宿資料館
番場宿ぶらり旅というパンフレットをいただきました。
募金箱にお金を入れて一部いただきます。
●蓮華寺
第14代執権・北条高時が事実上の実権を握る鎌倉幕府に対し、
楠木正成らとともに倒幕ののろしを挙げた第96代後醍醐天皇の軍に攻撃され
六波羅探題北方と北条仲時、一行432名が自殺した場。
中に入れば、432人のお墓に手を合わせられます。
…今回はすでに527体の五百羅漢に会っていて
ここで432人と会えば1000人か。。。とは言い訳で
悲しくて中に入れませんでした。
山門前の血の川。
ここに血が川の様に流れたそうです。
山門前で手を合わせさせていただきました。
●第62次 番場宿本陣・問屋
米原の港を経て琵琶湖の水運に通じる宿として山間に位置した宿場。
山間とあって寒いため、宿場町はどの宿場よりも短く小規模。
810mです。
東番場の石碑。
1歩1歩東に向かっています。
江戸時代の番場宿。
今昔…。
交通網の発達や貿易によって、
時代とともに栄える地は変わっていきますね。
ここから醒井宿を目指します。
京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。
出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。
今回は、JR南彦根からスタートし、高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。
まずは、前回踏んだ高宮から鳥居本宿へ向かいます。
●JR南彦根~中山道 座・楽庵
駅から座・楽庵までは2.5㎞程度。
楽庵からスタートします。
●ベンガラ格子
ベンガラ格子は西の民家に多く、西側の中山道でよく見られます。
古き良き日本の風景です。
●古い道標
●ルートを外れ彦根駅方面へ…天寧寺(てんねいじ)・五百羅漢
中山道を外れて彦根方面へ、片道2.5㎞。
数日前にたまたま観た、
司馬遼太郎原作・映画『関ヶ原』の冒頭に使われた場所へ行きたくて
天寧寺へ行ってまいりました。
映画・関ヶ原は、三献の茶のシーンから始まります。。。
以下
長浜城主であった豊臣秀吉は領内で鷹狩をしていて、喉が渇き、とあるお寺に立ち寄って茶が欲しいと言った。その時対応したのが幼名:佐吉。のちの石田三成である。
佐吉は、最初に大ぶりの茶碗にぬくめの茶をいっぱい煎れて差し出した。
秀吉は全部飲み干した後に〝もう一杯〟と頼んだ。
次に佐吉が差し出したのは少し小さめの茶碗に一杯目より熱めの茶を半分くらいの量で煎れ差し出した。
秀吉が試しに〝もう一杯〟と頼んだところ、3杯目は小ぶりの茶碗に舌が焼けるくらい熱い茶を差し出した。
この様に、『相手の様子を見ただけで、その人が求めるものを差し出す佐吉の機知』を秀吉は気に入り召し抱えることになった。
…
この2人の出会いが無ければ、関ヶ原の戦いはどうなっていたんでしょうね。
また違った歴史が生まれていたのかもしれない…なんて想像。
お寺の方のお話によると、
〝五百人いれば色んな羅漢さんがいる。過去のあなたも、今のあなたも、人は誰にも言えないことや、こんな事してしまった…と言うことがあるかも知れない。
そんなあなたに羅漢さんが何か語りかけてくれるかも知れない。
ここは過去と今が出会って交差していく場。
過去の自分も、この世にいない人も、
自分の求める人に必ず会える場所。…〟
出会いの場ということもあり、
映画も現代と戦国時代が交差するシーンから始まっていました。
この寺は、井伊家ゆかりの寺で、
本当に秀吉と佐吉が出会った場ではないのですが、
監督がどうしてもここ秀吉と佐吉の出会いのシーンに使いたいと申し出られて通われたそうです。
この話を聞き『関ヶ原』をもう一度観たくなりました。
偶然観た映画・関ヶ原…
偶然これから通る中山道の近くにあった天寧寺。
関ヶ原の戦いの1600年も2020年も干支は庚子と同じ。
何か感じよと、五百羅漢達にここへ導かれた様な気がします。
ちなみに、三成と秀吉が出会った寺説は2つ。
長浜木之本町古橋・法華三珠院と、米原市朝日・大原観音寺。
この2つも機会があれば行ってみたいです。
(youtubeは2017年の映画)
お庭に井伊直弼供養塔があります。
お寺にまつわる井伊家の悲しいお話もあるのですが、
もともとはお母さまの供養に…ともうけられたとか。
法堂と羅漢堂の間の庭からは、
彦根城と城下町が一望でき、
近江に住む人にとって、主要な場所だといえるでしょう。
うっとりするくらい
素晴らしい眺望。
いつまでもここに居たくなってしまいます。
羅漢堂裏にある布袋さま。
おへそに触ればへそくりができ、
扇に触れば福来り…
袋に触れば病気を封じる福徳円満の神様。
今回は五百羅漢にあやかったので、布袋さまにはご挨拶をして次を急ぎました。
●芭蕉昼寝塚・原八幡神社
芭蕉が昼寝をしたんでしょうか。
私も昼寝をしたいくらい良い天気。
●小町塚、小町茶屋
小野町です。
小野小町はここの出身とか、どうとか。。。
色んな説がありますね。
お堂の中に石仏が集まってます。
小町茶屋は明治までお茶屋さんがあったようです。
高宮から、ぐんとコンビニも減りましたし、
自販機もほとんどありませんから、
現在もお茶屋さんがあるとうれしいですけど、人はほとんど通らないでしょうね。
はぁー!清々しい空。良い天気。
●合羽屋
琵琶湖の南端にある鳥居本は天気が急変するといわれ、
合羽屋さんが多かった地でもあります。
伊吹山山麓近くだからでしょうか。
わたしも、いつ雨に降られても良いように、
レインウェアの上下を持参しました。
今日は、曇り予報だったのに
必要なさそうなくらい晴れましたので合羽の出番なさそうです。
合羽屋さんの看板。傘に見える(笑)
ゲゲゲの鬼太郎にこんな傘のお化けいたな。
なんだかかわいいな。
●さんあか(トイレあり)
ほとんど誰とも会わない道のり。
今回、初めて会話したのが、さんあかの方。
『中山道を走っている』というと、ビックリされていました。
さんあかの由来は、
鳥居本名物の赤いもの。
「あかだま」「しぶがき」「すいか」なんだそうですよ。
この先、コンビニがほとんどないので、トイレを済ませておくと良いです。
助かりました。
●鳥居本脇本陣・第63次鳥居本宿
本陣は1つ。→写真が撮れてませんでした。
脇本陣は2つ。
旅籠は35、家数は293。
昔はにぎわっていた町なんでしょうね。
駅周りは家が少し密集しますが、
交通(電車や車、バス)の発達によって、
昔は中山道沿いにあった屋敷もお店も、今はほとんどなくなりました。
人の都合のいい様に、栄える場所も変わっていきます。
当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが、
なんだか寂しいですね。
●鳥居本駅
真っ赤な屋根がレトロでかわいいですね。
●赤玉信教丸本店
お腹が痛いときに飲む薬。
赤玉…
田舎の実家の薬箱にも赤玉が必ず常備してありました。
懐かしいな。
●またおいでやす彦根市碑
またおいでやす…
旅人が3人、行き交っていますね。
●旧中山道…で摺針峠へ…
水に浸かっている場所もあり、
梅雨時期の旧中山道は足元が悪いです。
しかし、先を急ぎます。
峠。
山道を行きます…
…獣道みたい(笑)
蜘蛛の巣もいっぱい。
気分はしのびの者。
石田三成に仕えた初芽で走っていますよ。
番場宿へ向かってもう少し。
がんばります。
表題の通り、この度、荒川化学工業株式会社様(以下 荒川化学)発行の
環境・社会報告書2020にて健康サポートプロジェクトの活動が掲載されました。
環境・社会報告書とは企業が、環境や社会問題などに対して
企業は倫理的な責任を果たすべきであるとするCSR(企業の社会的責任)の考え方に基づいて行う、社会的な取り組みをまとめた報告書。
環境、労働、安全衛生、社会貢献などに関する情報や、
事業活動に伴う環境負荷などを幅広く公開する取組。
荒川化学に関わる様々なステークホルダー
(利害関係者)が閲覧する非常にオフィシャルな報告書です。
近年、荒川化学において健康経営に一層注力されており
一昨年、昨年と健康セミナーの講師を担当させて戴いたご縁で今回の掲載に至りました。
企業が従業員に対してどのような取組を行っているのかがよくわかる資料でもあり、学生の就職先選びにこの報告書の閲覧を進める教授、教員もいらっしゃるようです。
大変なウイルス感染症を経験したこの時代にますます企業の従業員への健康管理の施策とともに我々健康運動コンサルタントの役割もとても重要度が増すのは間違い無く改めて身の引き締まる思いです。
宜しければこちらから閲覧できますので報告書全体と16ページをご覧下さい。
□環境・社会報告書2020
今回、お声がけ下さった荒川化学担当者の方
併せて報告書作成に関わられた方に
深く感謝申し上げます。
毎週のオンライン授業準備も終盤に。
どうも後期はオフラインになるみたいで、
コツコツ積み上げてきた授業も、これっきりになりそう…
だったらいいな。
安心してオンラインで会えることは良いことですね。
心の支えは、生徒さんたちから
「全部の授業が終わっても、動画を見れるようにして欲しい」
と声が上がっていること。
継続して運動したいと言う意識は素晴らしく、とても嬉しい。
授業準備は大変だけど、これはこれで良かったな。
私も、オフラインになったら、
オンラインでの気付きを忘れてしまわないように、
形を変えて継続したい。
可逆性の原理
トレーニングを行って高めたや筋量も、
トレーニングを止めてしまえば元のレベルに戻ってしまう。
トレーニングの期間が短ければ短いほど、
トレーニングの効果がなくなるのが早まるという原理。
や体型を維持するためには、
トレーニングを継続していく必要がある。
小さいことからコツコツと。
ま。やることあるけれど、
忙しくすることに忙しくはなっていません。
自分がこう過ごしたいな…と感じれる時間も
休む時間もしっかり持てています。
職場から職場へのランニング。
自分がこう過ごしたいなという時間。
ランニングの時間は、
今に集中できる時間。
五感を感じて、いまここを確認できる時間。
最近走りながら妄想が(目に見えない未来のことを考える)できなくなっちゃった…
紫陽花はもうすぐ終わりですね。
梅雨にちなんで雨について書かれた掲示板。
霖雨(りんう):何日も降り続く長雨のこと。
雨濯(うたく):梅雨の大雨、また雨が強く降り注ぐこと。
小糠雨(こぬかあめ):こまかいぬかの様に降りかかる雨。
驟雨(しゅうう):夏のにわか雨
片時雨(かたしぐれ):片方の空では雨が降り、もう片方は日が差している状態
牛脊雨(ぎゅうせきう):夏の雨。夕立。
齊雨(せいう):雨が上がって晴れること。
篠突く雨(しのつくあめ):篠竹の束を突く様に強く激しい雨。土砂降り。
簷雨(えんう):簷はひさし。軒端に滴る雨のこと。
翠雨(すいう):青葉を濡らして降る雨
催花雨(さいかう):菜の花盛りのころしとしとと降る雨
秧針の雨(おうしんのあめ):田植えのころ降る雨。早苗に降りかかる雨。
銀竹(ぎんちく):光線を浴び光り輝いて降る雨。
玉水(たまみず):家の軒や木の枝葉から滴り落ちること。雫。
狐雨(きつねあめ):日が照っている空から降る小雨。
秋黴雨(あきついり):梅雨時のような秋の長雨。
間の雨(かんのあめ):寒の時期に降る雨。
いろんな雨に名前がついているって、日本の言葉は美しいことのはだな。
梅雨の時間は雨を楽しもう🎵
湿度も気温も高くて
バテバテになりやすい梅雨の季節。
いかがお過ごしですか?
梅雨と言えば梅の雨…と書きます。
梅の実は、青梅の実が6~7月にとれることから、
雨の多い時期のことを「梅雨」と呼ぶそうなんですよ。
…ということは!雨の多い時期に収穫し、漬け込んだ梅は梅雨が旬ですかね。
梅は、クエン酸・リンゴ酸・ピクリン酸といった有機酸や、
様々なビタミンやミネラルを含んでいます。
梅の有機酸は、糖質の代謝を促し活性化させる働きがあり、
栄養素をエネルギーに変換する働きを助けてくれます。
エネルギー代謝がうまくいかないと、栄養素の不完全燃焼が起こり、
疲れや肩こりを感じたり、肥満、老化、生活習慣病などの原因にもつながります。
梅は疲労回復だけでなく、アンチエイジングやイキイキと活動するためにも必要な栄養素を含みますので、暑い季節に、身体に取り込んでみてくださいね。
そんなことで、南木曽のお客様のお店で販売されている、
ふたばの梅干し『紀州みなべ特産・雪どけ』
ゲットしました。
京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。
出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。
今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅。
守山駅→守山宿~からスタートし、
愛知川宿までやってきました。
ここから高宮宿めざして出発です。
武佐宿~愛知川宿からの続きです。
いよいよ近江商人発祥の宿場町。
伊藤忠兵衛さんの在宅がある地です。
※伊藤忠兵衛は15歳で繊維卸業で身を起こし、のちに大阪で呉服屋の丸紅と神戸に貿易を行う伊藤忠商事を設立。
日本を代表する商社を作った方です。
近江商人とは、近江国(滋賀県)に本宅(本店・本家)を置き、
他国へ行商して歩いた商人の総称で、
近江商人の経営哲学にもなっている「三方よし」はとても有名。
~商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる…という考え方~
江戸時代、橋を渡るにはお金が必要でしたが、
近江商人が資金を出し無賃橋をかけ、
沢山の商人や旅人が利用しました。
商売人が渡る人のことを思い「人の流れを作った」ことに、
とても共感したルートです。
●愛知川宿からスタート
さぁスタートです!
飛び出し坊やは中日ドラゴンズ風。
●千住寺前
この辺りは江州音頭発祥の地とか。
江州音頭とは、江戸末期に関東で流行した踊りで、
近江商人によって全国に伝えられ、
大阪で河内音頭が誕生したそう。
江州音頭は千樹寺の法要で踊られたそうで
昔はお経に音程をつけて踊ったのが江州音頭の始まりです。
千樹寺の法要から、ほかに絵日傘踊りと扇踊りが誕生したようです。
絵日傘踊りといえば、幼少期に日本舞踊をやっていて絵日傘をクルクル回して
ワッショイしながら踊った記憶があります。
踊りは母に教えてもらいました。
飛び出しガールは、アニメ「けいおん!」バージョン。
●玉屋
高野瀬東交差点の少し先にも、けいおん!飛び出しガール。
玉屋という中華そば屋さん。
お出汁の匂いがたまらなくて、ここで走るのを終わりたくなりました。
・
・
・
出汁の匂いに夢中になっていて…
玉屋の前が伊藤忠兵衛記念館だったのに、
見落としてしまいました(笑)

石畑一里塚は、愛知川宿と高宮宿の間の宿でした。
茶屋が置かれていたとか。
●豊郷小学校
アニメけいおん!のモデルになった校舎。
けいおん!好きにとっては聖地です。→私は見たことありませんが…
昭和12年に建てられたとか。
伊藤忠兵衛商店の専務が私財をなげうちつくったそう。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計。
※ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、歴史的建築物をたくさん設計しましたが
関西では関西学院大学も。
●葛籠松並木道
出町からは葛籠松並木道。
葛籠は、『つづら』と読みます。
ケヤキと松の並木道が日影になって気持ちいい。
東海道や中山道など、街道にはところどころ並木道があります。
旅人の道中を快適にするよう日差しや冷風を遮るために
各地につくられたよう。
●おいでやす彦根市碑
麻の原料を背負った女性。
すげがさの旅人。
近江商人。
並んでますね。
高宮宿あたりは、高宮布の機織りが栄えて、
とてもたくさんの人が宿場を利用したそうです。
●むちんばし
犬上川にかかる、むちんばし。
〝むちんばし はし 銭いらず〟
無料で渡れます。
近江商人が布の売買で財をなし、かけた橋。
犬上川の無賃橋を渡れば高宮宿。
宿場は目の前、歩き疲れた旅人や大名が、
お金を払わずにさっさと宿に向かえることを考えると、
むちん橋は社会貢献ですね。
近江商人の作った橋は、三方よし!
●むちん地蔵
橋を渡ったところに、むちん地蔵。
昭和後期になって架橋時に埋めた地蔵が発掘されたとか。
新しい祠で、橋を見守ってくれています。
古き良き街並み。
●第64次・高宮宿
到着。
周りには脇陣もあり、立派です。
高宮宿の宿内家数は835軒、うち本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠23軒で
宿内人口は3,560人。
多賀神社の宿場としてもにぎわったそう。
●多賀大社一の鳥居
高さ11mと大きい。
〝伊勢へ七度、熊野に三度、お多賀さんには月参り…〟
多くの人が高宮宿に訪れていたんでしょうね。
多賀大社へも足を運びたいけれど、
お多賀さんまではこの奥の参道を片道約4㎞。
往復したら8㎞…。
この時点で38㎞走っていますから、無理ですね。
多賀大社は、伊邪那岐命(イザナギ)と伊邪那美命(イザナミ)がいらっしゃいます。
またお参りに来ようと思います。
●座・楽庵
喫茶&ギャラリー。大学生さんが運営しているそうです。
●高宮神社
南彦根駅に向かうときの最後の神社。
高宮神社で旅のお礼を…。
木花之佐久夜毘賣命(このはなのさくやびめ)がいらっしゃいました。
京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540 km)㎞を歩いていたそうです。
出張や用事に合わせるので、
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。自分の脚で一本の道をつなげてみよう。
今回は、守山宿から高宮宿を目指しておおよそ40㎞の旅。
守山駅→守山宿~からスタートし、
20㎞先にある武佐宿までやってきました。
ここから愛知川めざして出発です。
竜王・義経元服池から武佐宿までの続きです。
●武佐宿
武佐宿は、健脚な旅人の1泊目の宿として利用されたそうです。
昔は、京都から武佐宿まで、おおよそ46㎞くらい。
1泊目が46㎞先って…
昔の人はよく自分の脚を使ったんですね。
武佐宿の宿場町に入ります。
●旧八幡警察署
レトロで浪漫漂います。
明治19年に建築されたそうです。
●武佐宿本陣
大きくてカメラにおさめきれないので門だけ撮って
写真を撮るのをあきらめた武佐宿本陣跡。
今は武佐町会館となっています。
●牟佐神社(むさじんじゃ)
これも「むさ」と読みます。
武佐宿あたりは、寺院が多いです。
●延命地蔵
民家の敷地内?に、延命地蔵。
ご自由にお入りください…とありましたが、入り口が蜘蛛の巣でいっぱいで、
蜘蛛の家を壊すのはもうしわけないので、
外からおまいりさせていただきました。
安土町のマンホールは、永楽通宝銭柄です。
信長が用いた刀のツバにも永楽通宝銭がデザインされているとか。
さすが!安土町の飛び出し坊やはお侍さんです。
●奥石神社
とても大きいです。
参道が長い。
隣の老蘇の森は、ほととぎすの名所。
老蘇の森と名のついた鎮守の森は100年たっても壮年期の樹木のようで
森が生きていました。
もう一度訪れたいです。
東海道新幹線の高架の下をくぐるかくぐらないか3回くらい迷っていったり来たり。
くぐりました。
くぐると西国33か所巡り・第三十二番の観音正寺の道標があります。
思わずそちらへ直進してしまいそうですが、
東海道本線沿いに進みます。
新幹線と並走できます。
●古い道標
観音寺山のほうへ折れて、山筋を走ったり、大通りに出たり。
街に出るまでの山筋に清水鼻の名水の井戸みたいなのがありましたが、
蓋が閉まっていて、使われてなさそうな感じでした。
使われていたらごめんなさい。
●近江の千両天秤
ガソリンスタンドのこの像のあたりで、中山道旧道に入ります。
近江の千両天秤という言葉は、
天秤棒一本で千両を稼ぎだす商魂のことで、
近江の中山道から、日本を代表する老舗企業が続々輩出されたそうで…。
今は静かな中山道ですが、目を閉じると昔の賑やかさが見えそう。
●石塚一里塚跡
江戸から123里(483㎞)です。
東海道と中山道の距離が違うので、距離詐欺に合いそうです(笑)
●片山半兵衛さんの家
茶屋本陣を務め、玄関先に馬をつなぐ輪が残っています。
かやぶき屋根のお家は風情がありますね。
この先、かやぶき屋根の民家が続きますが、
今も人が住んでいそうな感じでした。
●大郡神社
東郷平八郎さんが書いたようです。
確か、京都三条大橋の土下座像の台座も東郷平八郎さんが書いてましたね。
すごく参道が長いです。
●市田邸
丸棒の屋号を持ち、呉服を商う近江商人。
明治天皇小休止所。
明治11年明治天皇が北陸東海巡幸の際、10月12日高宮円照寺を発し、
愛知川・竹平で休まれた後、
市田太郎兵衛邸で小休し、武佐に向かわれたとか。
帰りも同邸で休まれたそう。
明治の建物とは思えないくらい、おしゃれで洋風。
さて、愛知川を渡ります。
にらみ灯篭と呼ばれ、愛知川対岸にある灯篭と対で、
にらみ合っていたように見えたのでにらみ灯籠と呼ばれています。
●にらみ灯篭
●愛知川
増水すると人の命を奪うので人取川と言われました。
渇水期は徒歩渡りできるそうなんですが、御幸橋を渡るのが無難です。
愛知川を渡ると、愛知川の宿場町です。
街灯が近江商人の列。
●明治天皇の碑
●竹平
市田太郎兵衛邸で小休される前に休んだ竹平ですね。
料亭です…
入りたいな。
愛知川のマンホールはびんてまりです。
瓶の中にてまりが入っているかわいい置物。
縁起物でお値段も高いです。
どこも営業時間外なのか、お休みなのか、見れませんでした。
愛知川の駅まで行くと見れるようです。
●第65次の愛知川宿
とうちゃーく。
広重画は愛知川を渡っていますね。絵にはむちんばし橋銭いらず…の道標。
昔は橋を渡るのにお金が必要だったそうですよ。
隣にある黒ポストは、明治4年のものと古く、ポストとして機能しています。
近江商人の町。
なかなかおもしろかったです。
途中、雨がぱらついてきたので、ザックにカバーをかけ一服。
お天気も一期一会ですね。
東と西の近江では、空の顔色もコロコロ変わって面白い。
人の心もそうですが、
空もいつもお天気がいいわけではありません。
私が天気に合わせていくように、
自分以外の誰かに合わせるのも、お天気に対応するよう、天気の様に自然に合わせられるといいですね。雨が降るから傘を持つ。かんかん照りになるから帽子をかぶる感じで。
「合わせてあげている」とか「人に合わすの嫌い」などの慢心じゃなくて…。
人は人の間で生きてますから、時には苦手な人もいるし、自分以外の誰かに合わせる時も必要かな。