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合同会社健康サポートプロジェクトです。 10数年にわたって健康経営を推進する企業・団体様向けに健康セミナーや研修コンテンツ等で具体的なサポートをおこなってきました。 福利厚生や労災対策として従業員の方が生活習慣の中で無理なく継続できるエクササイズをご紹介します。

エストロゲン子の美活ウォーキング

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2020年7月 3日 (金)

■制限の中の…

超高速!参勤交代
土橋 章宏 監督作品。
Amazonプライムで視聴しました。

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3代将軍徳川家光の時から、参勤交代が始まって
妻子を江戸に住まわせ人質にし、

1年おきに参勤交代を命じ、
財力を削減させ地方大名家が力をつけないようにしていました。
ちょっとブラック企業っぽい徳川家ですね。



作品は、8代将軍徳川吉宗の時。
享保改革で、民や武士から厳しく締め上げた時代。


江戸の老中・松平信祝は、
福島県のいわき市にあった藩 湯長谷藩を厳しくしめあげるため、
参勤交代から戻ったばかりなのにまた直ぐに5日で江戸へくるように命じる。



Googleで距離を調べてもざっと200km以上あるから、
5日で江戸へ着くには1日40㎞以上は歩かないと無理ですね。


なので、街道の関所だけ大名行列して、
あとは近道で山を抜けて走り続け、トレイルランニング&街道ランにて江戸まで。


面白かったです。


江戸幕府は265年ほど続いていますが
結構ルールが沢山あって大変だったと思います。

でも、制限の中だからこそ奇想天外な自由や文化が生まれ、
戦が起こらずに江戸幕府が長く続いた秘訣の一つなのかな…

与えられた場で精いっぱい生きる江戸時代の人たち。素敵だと感じました。


兎にも角にも参勤交代はも財力も消耗しますね。
それをやっていた日本人はすごいなと感心。

江戸時代の人の持久力や、食事などを知りたいです。

今、中山道を走っているからこそ、興味深い作品でした。

2020年7月 2日 (木)

■冒険

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コロナウィルスの自粛期間にSNS上で投稿された
7日間ブックカバーチャレンジ。

7日間ブックカバーチャレンジとは
1週間毎日ブックカバーを投稿する。

本の説明はなし、
毎日、自分以外のだれかにバトンを渡す…というもの。


コロナウィルスは、悪いことだけでもなく、
ブックカバーチャレンジをきっかけに

「再会しましょう」という流れになり、
バトンをつなげてくれたH君と6年ぶりの再会をしました。



類は友を呼ぶとはいいますが、
自分が身を置くステージが変われば、
お付き合いをする人間関係も変わります。


ずっとお付き合いする人が変わらないということは、
自分が成長をやめてしまったか、
お付き合いする人が成長をやめてしまったのか。
お互いが同じスピードで成長しているか。

日々、真剣に生き成長をし続けているからこそ、
その時の自分の周波数や、ステージにあった方々が周囲にいる。


もちろん、ステージが変わっても
ずっとお付き合いが続く人間関係もあり、
それは、お互いに好きなことが同じだったり、
好奇心や向上心を刺激しあえるような切磋琢磨な関係。
(もしくは依存する人と依存される人の相互依存関係)




この6年という歳月で、お互いスタジオを持ち
だいぶんステージや環境も変わりました。

酸いも甘いも経験した彼の話は、
経験した人からしか出ない言葉であふれ、
説得力があり、うなることばかり。
素敵に成長し続けてるなぁ…とビシビシ刺激になりました。


6年という歳月を経て再会できたのは
2人の周波数なのか、ステージが交差したのかはわからないけれど、
数時間、あれこれを話せたことに感謝です。

お互い成長し続けよう。
そうすればまた会えるから。




お互いの会話の中で最後印象に残った言葉。


〝知らないときは怖いものなしで、冒険できたけど
知らないことを知ったら冒険ができなくなった。
だから、海外に出ようかな(笑)〟


そうそう。
未知の世界に冒険してみないと
世界は広がらないね。

ほんまに、刺激的な時間をありがとう!

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お土産にくれた、おススメサンドイッチ。
めちゃおいしかった!

2020年7月 1日 (水)

■走る旅:東海道&中山道[12] 醒井~柏原宿 #ランニング

〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。


今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。

この記事は、
番場宿~醒井宿からの続きです。


[中山道を走る旅 アーカイブはこちら]→
https://kenko-support.lekumo.biz/junkosakata/runtabi_nakasendou.html

■醒井宿~第60次 柏原宿(5.5㎞)

●醒井宿

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醒井宿は日本武尊伝説が残り、
中山道と並行して流れる清流には、珍しい動植物が生息していて、
宿場に足を踏み入れた時は、まるで小さな楽園を見つけた様な感覚になりました。


数百年前、中山道を旅した先達も同じような感じになったのかと想像するだけで
心の中でポップコーンがパチパチはじける様。

小さな楽園・醒ヶ井宿を後にし、次に向かうは第60次 柏原宿です。
いよいよ60番台、近江最後の宿場となります。



●見附跡・桝形


醒井宿の東西には見附と呼ばれる番所が設けられたそう。

見附までは876m。
小さくて短い宿場でした。

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写真を見ると桝形です。防犯・安全対策ですね。敵の侵入を防ぐ工夫です。
よく、城郭で見られる桝形虎口のようです。

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坂を駆け上がると伊吹山が綺麗に見えます。

どっしりしていて、何もものを言わずとし、
何かに気付かせ、
厳しくも優しくもある、
美濃の神様ですね。


●一色一里塚跡

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塚の名残はなく、石碑だけでした。


●天野川源流菖蒲池跡地

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今は涸れていますが、ここを源流とする水は天野川の水源だったようです。



●旧中山道

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山道に入ったり道路に出たり…です。

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動物除けの柵を開いて進みます。


●古い道標

薬師道道標です。

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漢字、ひらがな・変体仮名の3体で書かれています。
享保2年・1717年のもの。


●街道並び松

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江戸時代の人は、松並木のことを並び松と言っていたそうです。

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この松の木が作る木陰がとても心地がいい。
松の寿命は300年。
この先も続くと良いです。

未来への子供に、原風景を残せるのは、現代を生きる私たちでしかないですね。

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●自現境川

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水の流れを見ると、心癒されます。
その場にとどまらない、清らかさ。

時は流れている
風は流れている
水は流れている

常に変化する…それを世の常とし、物事を考え向かい合っていきたいです。



●柏原一里塚

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この一里塚は素晴らしいです。
…と思ったら平成15年に復元したものだそうです。

ほんまに諸行無常。
よく目に焼き付けておこう。

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宿場に入ってきたかー!



●旅籠屋

旅籠屋とは一般の旅行客が宿泊した場所。
1泊2食付きが基本だそうです。

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立派ですね。


●年寄

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武家で、政務にあずかる重臣。
室町幕府の評定衆・引付衆、江戸幕府の老中、大名の家老など。


●薬師道道標

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薬師道への案内がここにもありましたね。


●艾屋

伊吹山山麓にある柏原宿。
どっしりとした姿を拝見できる宿場。

伊吹山は胆吹山とも書きます。
古語で呼吸のことを息吹(いぶき)と言います。
絶えず風や雲を息吹き、山からおろしている伊吹山。
古代人の山岳信仰は、山からおろしてくる風を神の息吹としていました。

だからか伊吹山山麓の柏原は、薬草が多く、
伊吹山のヨモギで作ったモグサが名産。

伊吹山へ走りに行った後に、毎回薬草風呂に入って帰っていましたが、
柏原の存在で、薬草風呂と伊吹山の繋がりをようやく理解しました。

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柏原宿にあるモグサ屋は、今はあまり残っていないが、どこも亀屋の屋号。
互いに足を引っ張らないと言う近江商人の優しさや配慮を感じます。
屋号の亀屋は、鶴は千年、亀は万年。
亀の長寿と言うおめでたいイメージにあやかってかな。
何を隠そう我が健康事業のマークも、そんな理由で鶴亀を使わせていただいています。

宝永六年(1709年)のころ、市川団十郎が伊吹モグサの狂言をしてから、モグサが全国へと広がった様ですが、元祖亀屋の七兵衛さんの時代はまだ周知されてなく、
自分の足で西に北に東へと天秤棒をかついて売り歩き宣伝。
利益が出ると吉原遊郭へ行って散財。

↑遊郭の女性に、これから毎晩モグサの歌をお客の宴で歌うように頼んだと。
コマソン♬ですね。

すごい商人魂。

人間らしい。今でもドラマでありそう…

街道は、人との暮らしと共にあり、人情味に溢れ、
先人の人生を少し垣間見れ、実に面白いですね。


●柏原宿歴史館・喫茶柏

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レトロで素敵な街並み。柏原宿と書いてありますが、本陣まではあと1㎞くらいあります。

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1917年に染料の商いで財をなした松浦氏が建てたもの。
平成10年に改装し、今は資料館として残ります。
中には貴重な歴史資料が残ります。

ただし、月曜日が休みとなっていて
私が訪れたのはちょうど月曜だったので、また宿題をいただきました。

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喫茶柏。
歴史資料館の中にあります。


ここのヤイトうどんを目的に来ましたが、
前日、インターネットで調べてみたら休館日ということを知り、ガックリ。

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ヤイトうどんはこんな感じ。

とろろ昆布を艾に見立てて、紅ショウガを火に見立てて、
アツアツでふぅふぅして食べるやつ。
残念でした(笑)

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先を進んで、見つけた私の好きな言葉。
安岡正篤先生もよく本の中で語り掛けてくれた
天台宗の開祖・最澄が説いた言葉です。柏原宿までの道中に成菩提院があったのですが、最澄が薬師如来を安置して健立しました。それにちなんでの言葉ですかね。


「一燈照隅」

まず自分がいる場所を明るく照らせる人間になろう。
おのおのがそれぞれ一燈となって、一隅を照らすことをしよう。

この言葉には続きがあって「万燈照国」が続きます。
1人1人が一隅を照らすことで万となって国が輝く…。


大切にしたい言葉です。

沢山の人を輝かせるなんてことはできませんが、
せめて対面、関わる方には、このような精神で居たいです。

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なんだか懐かしい風景。
コンクリートジャングルに飽きてきたのかな…(笑)このような風景に惹かれます。

とどまらずに、
コンクリートジャングルと、
本当のジャングルの間で
揺らいでいるのが
心地いです。




●高札場

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幕府から住民や旅人に告知するおきてを置いた場所。


●柏原宿本陣

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本陣1・脇本陣1・旅籠22・家数344と、
非常に小さな宿場ですが、
冬場は雪も積もり、長距離を歩くのも大変なので、
醒井宿から5㎞地点においてくれる宿場の存在は
旅人たちにとって、きっとありがたかったですね。

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皇女・和宮親子…お泊りになられたようです。
名前は知っていたけれど、生涯は良く知りませんでした。

仁孝天皇の皇女8番目の娘として京都に生まれ、
6歳の時、11歳年上の有栖川宮熾仁親王と婚約したけれど、

幕府は、和宮を将軍徳川家茂の正室に迎え入れたいとの願書を朝廷に上奏。
孝明天皇は幕府が攘夷実行することを条件にこれを受諾。。。

16歳の和宮は御所を出て中山道経由で江戸へ。
花嫁行列は50mにおよんだそう。
御所から出た翌月に江戸へ到着…

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当時の女性にとって、恋愛結婚のような自由はなかったのですね。

和宮親子がどのような心境で江戸に向かわれたのか?
その1ヵ月を中山道でどのように過ごされたのか?
興味があります。

またこの先も和宮親子の足跡に出会えるでしょう。

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広重の絵。
艾屋・亀屋前。→先ほど紹介した艾屋。今は空き地となっている場所ですね。

亀屋では茶屋も兼業していたそうで、
艾は当時治療薬だったそうです。
人足が持つ荷物は艾なのかな。


●三丁目キッチン

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柏原駅の前にあります。
オムライスとシフォンケーキが一押しだそうで、

電車の時間までに食べれるな…とシフォンケーキをいただきました。

この日はじめて飲んだコーヒーが体中に染み渡っていったのと、
シフォンケーキのふわふわした優しさが、
今日もお疲れさまでした!と語り掛けてくれている様でした。
とにかくおいしかった。


●柏原駅

電車は1時間に2本しかありません。

私より中山道の先を歩く人生の先輩が、
あらかじめ
電車情報を教えてくれていました。
調べて行ってよかったです。
Nさん、ありがとうございます。

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駅から伊吹山がドーン!
走って行けそうです。

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今回の走る旅も、いろんなことに気付き、
1歩1歩自信がついてきています。

ありがたい。

自分の脚で走っていける旅、今回も走らせてくださってありがとうございました。

■走る旅:東海道&中山道⑪ 番場宿~醒井宿 #ランニング

〝人間一生 物見遊山…〟

これは江戸っ子の人生観を表す言葉。

生まれてきたのは、
この世をあちこち寄り道しながら見物するためであり、
せいぜいあちこち見て、
見聞を広めて友だちを増やし、
死んでいけばいい…と考えていました。
わたしはこの言葉が好きで、自分もそうしたいと思っています。


京都三条大橋から、お江戸日本橋まで東海道&中山道69次。
江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
宿場の順番通りにはいきませんが、西から東へ。
物見遊山しながら…自分の脚で走って一本の道をつなげてみようと、旅をしています。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

コロナの様子を見ながら、感染予防して
〝うつさない・うつらない〟の心がけをして…


今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞のランニングの旅。


鳥居本から番場宿からの続きです。

■番場宿~第61次 醒井宿(4km)

●番場宿

山を切ったり削ったりして道を作った切り通しの番場宿は山間にあるので
810mととても短かい宿場町でした。

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番場宿を後にして、醒井(醒ヶ井)へ向かいます。

醒井への道中は、とても心がワクワクしました。
司馬遼太郎さんの『街道をゆく~近江散歩~』の言葉を借りるのであれば

〝胸の中でシャボン玉が舞い上がっていくようにうれしくなる〟

そんな気分でした。
こうやってログをタイピングして振り返ってるだけでもウットリしています(笑)





●桜楓並木道

この並木道は、春は桜が咲き、
花びらがヒラヒラ舞い落ちる様子が見られるんでしょうね。


並木道は東海道や中山道のあちこちにあったようですが、
杉は1000年、松は300年の寿命。
松くい虫や排気ガスなどによってどんどん木の命も短くなっている様で、
今はほとんど残っていないそう。

確か桜は100年くらいの寿命だったと思うので、
きっと代々植え替えてくださっている人がいらっしゃるのでしょう。
ありがたいです。

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並木道は、旅の道中を快適にするよう
夏の日差しと冬の冷風を遮るため
幕府が街道への植樹を奨励して生まれたもの。

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並木道を走ると、近江の広い空から降ってくる強い太陽の光をカバーしてくれ
ここだけ温度が違うのではないか?と思うくらい涼しいです。

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もちろん人も少なく視界も悪いので、こんな看板も!
『Hマン出るぞ』
気を付けましょう!


●久礼一里塚碑

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久礼は〝くれ〟と読みます。
一里塚は旅行者の目印として一里ごとに植えられていますから、
宿場まで一里ですね。3.927㎞ほどです。
がんばりましょう。

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用水です。
水が流れていると、心が穏やかになります。
隣に流れる天野川からの水ですかね。

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関ヶ原まで高速道路では14㎞。
中山道を走っても、おおよそ同じ距離かな。

京都から滋賀へ。そしてもうすぐ滋賀から岐阜に入りますよ。


●西行水・泡子塚

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東国への旅の途中に西行法師が、
ここにあった茶店に立ち寄ってお茶を飲み、
法師が飲み残したお茶の泡を飲んだ茶店の娘が不思議なことに懐妊し男の子を出産。

帰路にこの話を聞いた西行が「もしわが子なら元の泡に返れ」と念じると、
子はたちまち消えて元の泡になったことから泡子塚を作ったそうです。



●地蔵川

白い梅のような花を咲かせる梅花藻がいっぱい。
ハリヨというお魚も生息します。

鍾乳洞から流れる水は1年じゅう15度を保たれています。
梅花藻もハリヨも冷たい清流でか生息できないそうです。

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●十王水

民家裏の山麓から沸きでる水。

醒ヶ井も山間にあるので、水がとてもきれいです。

水が綺麗なのは、山が綺麗なんでしょうね。
このあたりの山は人があまり入らなさそうですもの。

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●梅花藻

梅花藻は、キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草の水草。
水温が年間を通して14℃前後の清水に群生する多年草の水草。
5月中旬〜9月頃にかけて梅の花に似た小さな花をつけ
梅雨明け頃〜8月下旬。

これからが見ごろなんですね。

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可憐な花を咲かせて、清流でゆらゆら揺れています。

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これはハリヨではなさそうですが、お魚も生きてますね。
水が透明で澄んでいて…
ため息が出るような美しい宿場。


●ヤマキ醤油

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創業100年。醒井の清流でできたお醤油です。

ちかくに清流を見ながら食事ができるお店もあるので、
またゆっくり訪れたい場所です。

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●居醒の清水の日本武尊像

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この像の下に居醒の清水があります。

日本武尊が伊吹山にあらぶる神を退治に行って
気を失って下山し…って、
気を失ったのにどうやって下山するのだ?と突っ込みたくなりますが、

ここの水で覚醒し、気を取り戻したという話…


●加茂神社

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お祀りされている神様は、別雷神。
雷様ですね。

だからか?天雨・治水の神、農業の神として信仰されています。
ご利益は、農業の守護・雨乞い・開運・厄除け。

何だったか忘れたけれど、
〝電信とか電気とか、雷と相性がよく、影響を与える力がある〟
から、電気に乗せる言葉…伝えることを大切にすると良いよ!とアドバイスいただいたことがあります。

雷様だからか?ビビビ!ときました。
また会いに来ようと思います。



●醒井宿本陣

本陣は今は料亭だそうで…
解らずしまいで通り過ぎました。
これは、また醒井にゆっくり来なさいよ!と日本武尊や雷神様が言っている気がします。

本陣1、脇本陣1、旅籠11、家数138…と、
とても小さな宿場ですが、古い家屋が残り、水が流れ、緑豊かな原風景が残っています。
しかと目に焼き付けておきたい場。

今でも目を閉じれば、地蔵川のキラキラとした水面を思い出します。

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のちに望月義也さんの広重の木曽街道六十九次を購入し、
調べてみると…

醒井には「三水四石」と呼ばれる名勝があるそう…

・居醒の清水
・十王水
・西行水
日本武尊の…
・腰かけ石
・蟹石
・鞍掛石
・影向

次に訪れる機会をいただけるなら、名勝も見て回りたいです。

今回走った高宮からの28㎞は、
見どころがいっぱいあって一気に走るのは勿体ないです。


自分の走る目的が、距離を走り、早くゴールを目指すのであれば、
通り過ぎるのも良いですが私の走る意味も目的もそうではない…

先達が生きた跡に触れ感謝し、気付き、感じ、受け取りたい。

そんなことを思います。

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醒井を抜けると、正面に伊吹山がドーン!
写真では伝わりませんが圧巻ですよ。
そして伊吹山の山麓まで自分の脚できたことに喜びを感じます。


この国道21号線を走れば楽だけれど、
風景だけ拝んだら、
先達が行き交った中山道へ戻る…


桝形になっている見附跡の坂を駆け上がります。
次は第60次柏原宿を目指します。

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2020年6月30日 (火)

■青春

2月開催だったか3月開催だったか…
数か月前に申し込んでいた安藤忠雄さんの特別講演会。

『人生100年、豊かに生きる』

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コロナウィルスの影響で延期になっていましたが、
ようやくお話を聴きに行けました。

司馬遼太郎記念館主催ということもあり、
大阪の移り変わりや建築物の歴史をとてもおもしろ楽しくお話してくださって、
時間の流れはまるで浦島太郎の物語の様な感。


気が付いたらもう時間だ…みたいな。


浦島太郎の話では、竜宮城で乙姫からもらった玉手箱を開けたら
あっという間にお爺さんになってしまいましたが、

人生100年時代と言われる昨今、
気が付いたらあっという間に
歳をとっていて、

やりたいこと
成し遂げたいこと
大切にしたいことが、
何も実行できなかった…という風にならないようにしたいものです。


安藤忠雄さんのお話は、
今後の人生をどういう風に生きていきたいか?のヒントがいっぱいでした。


兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1)にある
安藤忠雄さんの青春のシンボル・青いリンゴ。

青春のシンボルのお話で
サミュエル・ウルマンの「青春」が心にゴーンbellと響りました。

Photo

サミュエル・ウルマン
「青春」

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥(あくた)になる。
60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心。
おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓(えきてい:宿駅から次の宿駅へ人や馬をかえて送ること)が心にある。人から神から美・希望・嘉悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき
20歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り
80歳であろうと人は青春にして己む。


冒険しよう。
挑戦しよう。
青春しよう。

80になっても、100になっても、青いリンゴで居たい。


みなさんは、青春しますか?
どんな冒険をしますか?



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むかし、司馬遼太郎記念館の近くに住んでいたのでよく通ったなぁ。
引っ越してからは全く行ってなかったので、懐かしかった。

司馬遼太郎記念館は安藤忠雄さん設計です。
安藤さんの設計と言えば…近代的ではあるけれど、
緑が多くてホッとします。

写真は司馬さんの書斎です。
緑に囲まれた書斎でゆっくりされていたのでしょうか。

幼少期は母が読んだ本に囲まれていたせいか、
ここへ来て古い本に包まれているとすごく安心感あります。

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司馬さんがこれを手に取りなさい!と言ってくれました。

街道をゆくシリーズ。壱岐・対馬の旅は読みました。

今度はこの2冊。

・近江散歩、奈良散歩
・越前の諸道

近江は、つい先日走った場所のことが書かれてあり、
越前は生まれ育った街のことが書かれてあります。

動けば新しい出会いがあるとは言いますが、
今日も動いて良き出会いができました。

感謝。

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■シオノギ健康通信7月号の健康体操を監修しました

シオノギ健康通信2020年7月号が発行されました。
テーマは『健康な睡眠で免疫力アップ』

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ウィルスに打ち勝つ免疫力を得るにはどうしたらいいか❓ …
食や運動で、免疫力をアップさせるアイデアがつまっています。

私は、タオルを使って圧をかけ筋肉をリラックスさせる体操を監修&モデルとして登場させていただいています。

お手に取られた方は、是非ご覧くださいませ。

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■走る旅:東海道&中山道⑩ 鳥居本宿~番場宿

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、
西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、
高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。

高宮から鳥居本宿までの続きです。

鳥居本から番場宿へ向かいます。

■鳥居本宿~第62次 番場宿(5.5㎞)

●摺針峠

摺針峠は、大小2つの峠を越えます。

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望湖堂は、摺針峠の好展望地に設けた彦根藩の茶屋本陣。
ここへ上がっていくと琵琶湖が一望出来ます。
⑨の、天寧寺で長居してしまったので、先を急ぎますが、
なるべくなら外したくなかったスポットです。

高宮から柏原までは、見どころがたくさんあって、
取捨選択しないとなかなか前に進みません。


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山道に入ってきます。
梅雨の期間なので、ぬかるみもあります。
中山道を走るとき、シューズをどれにしようか考えてしまいます。

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木が日差しを遮って、の消耗を少しだけおさえてくれました。

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獣道のような…。
蜘蛛の巣もいっぱい。
道があっているか不安になります。

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山道になったり、ロードに出たり…

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高宮~柏原までのルートでは、
鳥居本から番場宿までの摺針峠が一番きつかったかな。


●摺針一里塚跡

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今は跡地の碑が立っていますが
昭和中期までは塚が残っていたそうです。
歴史的な地形や作りも、諸行無常ですね。


●摺針峠

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摺針という名は、弘法大師説によれば、
老婆が斧を摺って針にしていたことからつけられたようです。


●泰平水

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高速道路と隣り合わせで走ります。
当然ですが、自販機もお店も人の気配も…何もありません。


泰平水は、旅人の喉を潤していたんでしょうか。


●番場宿

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西番場。
番場宿の宿場町に入ってきました。
このあたりから、青龍滝と鎌刃城跡へ2㎞で行けますが、

山麓ふもとの扉が閉まっていました。


●番場宿資料館

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番場宿ぶらり旅というパンフレットをいただきました。
募金箱にお金を入れて一部いただきます。


●蓮華寺

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第14代執権・北条高時が事実上の実権を握る鎌倉幕府に対し、
楠木正成らとともに倒幕ののろしを挙げた第96代後醍醐天皇の軍に攻撃され
六波羅探題北方と北条仲時、一行432名が自殺した場。

中に入れば、432人のお墓に手を合わせられます。

…今回はすでに527体の五百羅漢に会っていて
ここで432人と会えば1000人か。。。とは言い訳で
悲しくて中に入れませんでした。

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山門前の血の川。
ここに血が川の様に流れたそうです。
山門前で手を合わせさせていただきました。


●第62次 番場宿本陣・問屋

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米原の港を経て琵琶湖の水運に通じる宿として山間に位置した宿場。
山間とあって寒いため、宿場町はどの宿場よりも短く小規模。
810mです。

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東番場の石碑。
1歩1歩東に向かっています。

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江戸時代の番場宿。

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今昔…。
交通網の発達や貿易によって、
時代とともに栄える地は変わっていきますね。

ここから醒井宿を目指します。

2020年6月29日 (月)

■走る旅:中山道 [9]JR南彦根~高宮~鳥居本宿 #ランニング

京都三条大橋から、お江戸日本橋まで。
東海道&中山道69次。

江戸時代の人は、江戸から京都までの135里34町余(約540km)㎞を歩いていたそうです。

出張や用事に合わせるので
順番通りにはいきませんが、

西から東へ。
自分の脚で走って一本の道をつなげてみよう。

今回は、JR南彦根からスタートし、高宮から柏原宿を目指しておおよそ28㎞の旅。
まずは、前回踏んだ高宮から鳥居本宿へ向かいます。

東海道が太平洋の海岸沿いを通るので「海道」
対して中山道は、東の山中を通過するので「中山道」
東海道とともに日本の二大幹線道で、中山道は近世以前から「東山道」と呼ばれ
西国と東国を結ぶ主要道でした。

▼中山道:
江戸・日本橋~東海道・草津宿の67継立(67次)
草津宿と大津宿を含めて69次という場合もある。
このログ上では、69次135里24丁8間(約540km)で表記します。

■JR南彦根駅(2.5㎞)~中山道 座・楽庵~天寧寺・五百羅漢~第63次 鳥居本宿(12㎞)

●JR南彦根~中山道 座・楽庵

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駅から座・楽庵までは2.5㎞程度。
楽庵からスタートします。


●ベンガラ格子

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ベンガラ格子は西の民家に多く、西側の中山道でよく見られます。
古き良き日本の風景です。


●古い道標

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●ルートを外れ彦根駅方面へ…天寧寺(てんねいじ)・五百羅漢

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中山道を外れて彦根方面へ、片道2.5㎞。

数日前にたまたま観た、
司馬遼太郎原作・映画『関ヶ原』の冒頭に使われた場所へ行きたくて
天寧寺へ行ってまいりました。

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映画・関ヶ原は、三献の茶のシーンから始まります。。。
以下

長浜城主であった豊臣秀吉は領内で鷹狩をしていて、喉が渇き、とあるお寺に立ち寄って茶が欲しいと言った。その時対応したのが幼名:佐吉。のちの石田三成である。

佐吉は、最初に大ぶりの茶碗にぬくめの茶をいっぱい煎れて差し出した。
秀吉は全部飲み干した後に〝もう一杯〟と頼んだ。

次に佐吉が差し出したのは少し小さめの茶碗に一杯目より熱めの茶を半分くらいの量で煎れ差し出した。

秀吉が試しに〝もう一杯〟と頼んだところ、3杯目は小ぶりの茶碗に舌が焼けるくらい熱い茶を差し出した。

この様に、『相手の様子を見ただけで、その人が求めるものを差し出す佐吉の機知』を秀吉は気に入り召し抱えることになった。

この2人の出会いが無ければ、関ヶ原の戦いはどうなっていたんでしょうね。
また違った歴史が生まれていたのかもしれない…なんて想像。

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お寺の方のお話によると、


〝五百人いれば色んな羅漢さんがいる。過去のあなたも、今のあなたも、人は誰にも言えないことや、こんな事してしまった…と言うことがあるかも知れない。
そんなあなたに羅漢さんが何か語りかけてくれるかも知れない。
ここは過去と今が出会って交差していく場。
過去の自分も、この世にいない人も、
自分の求める人に必ず会える場所。…〟



出会いの場ということもあり、
映画も現代と戦国時代が交差するシーンから始まっていました。


この寺は、井伊家ゆかりの寺で、
本当に秀吉と佐吉が出会った場ではないのですが、

監督がどうしてもここ秀吉と佐吉の出会いのシーンに使いたいと申し出られて通われたそうです。

この話を聞き『関ヶ原』をもう一度観たくなりました。


偶然観た映画・関ヶ原…
偶然これから通る中山道の近くにあった天寧寺。

関ヶ原の戦いの1600年も2020年も干支は庚子と同じ。
何か感じよと、五百羅漢達にここへ導かれた様な気がします。


ちなみに、三成と秀吉が出会った寺説は2つ。
長浜木之本町古橋・法華三珠院と、米原市朝日・大原観音寺。
この2つも機会があれば行ってみたいです。


(youtubeは2017年の映画)

お庭に井伊直弼供養塔があります。

お寺にまつわる井伊家の悲しいお話もあるのですが、
もともとはお母さまの供養に…ともうけられたとか。

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法堂と羅漢堂の間の庭からは、
彦根城と城下町が一望でき、

近江に住む人にとって、主要な場所だといえるでしょう。

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うっとりするくらい
素晴らしい眺望。
いつまでもここに居たくなってしまいます。

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羅漢堂裏にある布袋さま。

おへそに触ればへそくりができ、
扇に触れば福来り…
袋に触れば病気を封じる福徳円満の神様。

今回は五百羅漢にあやかったので、布袋さまにはご挨拶をして次を急ぎました。


●芭蕉昼寝塚・原八幡神社

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芭蕉が昼寝をしたんでしょうか。
私も昼寝をしたいくらい良い天気。


●小町塚、小町茶屋

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小野町です。

小野小町はここの出身とか、どうとか。。。
色んな説がありますね。

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お堂の中に石仏が集まってます。

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小町茶屋は明治までお茶屋さんがあったようです。
高宮から、ぐんとコンビニも減りましたし、
自販機もほとんどありませんから、
現在もお茶屋さんがあるとうれしいですけど、人はほとんど通らないでしょうね。

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はぁー!清々しい空。良い天気。


●合羽屋

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琵琶湖の南端にある鳥居本は天気が急変するといわれ、
合羽屋さんが多かった地でもあります。
伊吹山山麓近くだからでしょうか。

わたしも、いつ雨に降られても良いように、
レインウェアの上下を持参しました。
今日は、曇り予報だったのに
必要なさそうなくらい晴れましたので合羽の出番なさそうです。

合羽屋さんの看板。傘に見える(笑)

ゲゲゲの鬼太郎にこんな傘のお化けいたな。
なんだかかわいいな。


●さんあか(トイレあり)

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ほとんど誰とも会わない道のり。
今回、初めて会話したのが、さんあかの方。
『中山道を走っている』というと、ビックリされていました。

さんあかの由来は、
鳥居本名物の赤いもの。
「あかだま」「しぶがき」「すいか」なんだそうですよ。

この先、コンビニがほとんどないので、トイレを済ませておくと良いです。
助かりました。


●鳥居本脇本陣・第63次鳥居本宿

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本陣は1つ。→写真が撮れてませんでした。
脇本陣は2つ。
旅籠は35、家数は293。

昔はにぎわっていた町なんでしょうね。

駅周りは家が少し密集しますが、
交通(電車や車、バス)の発達によって、
昔は中山道沿いにあった屋敷もお店も、今はほとんどなくなりました。

人の都合のいい様に、栄える場所も変わっていきます。
当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが、
なんだか寂しいですね。


●鳥居本駅

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真っ赤な屋根がレトロでかわいいですね。


●赤玉信教丸本店

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お腹が痛いときに飲む薬。
赤玉…

田舎の実家の薬箱にも赤玉が必ず常備してありました。
懐かしいな。


●またおいでやす彦根市碑

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またおいでやす…
旅人が3人、行き交っていますね。



●旧中山道…で摺針峠へ…

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水に浸かっている場所もあり、
梅雨時期の旧中山道は足元が悪いです。
しかし、先を急ぎます。

峠。
山道を行きます…

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…獣道みたい(笑)
蜘蛛の巣もいっぱい。

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気分はしのびの者。
石田三成に仕えた初芽で走っていますよ。

番場宿へ向かってもう少し。
がんばります。

2020年6月28日 (日)

■環境・社会報告書に掲載されました

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表題の通り、この度、荒川化学工業株式会社様(以下 荒川化学)発行の
環境・社会報告書2020にて健康サポートプロジェクトの活動が掲載されました。


環境・社会報告書とは企業が、環境や社会問題などに対して
企業は倫理的な責任を果たすべきであるとするCSR(企業の社会的責任)の考え方に基づいて行う、社会的な取り組みをまとめた報告書。

環境、労働、安全衛生、社会貢献などに関する情報や、
事業活動に伴う環境負荷などを幅広く公開する取組。


荒川化学に関わる様々なステークホルダー
(利害関係者)が閲覧する非常にオフィシャルな報告書です。

近年、荒川化学において健康経営に一層注力されており
一昨年、昨年と健康セミナーの講師を担当させて戴いたご縁で今回の掲載に至りました。


企業が従業員に対してどのような取組を行っているのかがよくわかる資料でもあり、学生の就職先選びにこの報告書の閲覧を進める教授、教員もいらっしゃるようです。


大変なウイルス感染症を経験したこの時代にますます企業の従業員への健康管理の施策とともに我々健康運動コンサルタントの役割もとても重要度が増すのは間違い無く改めて身の引き締まる思いです。


宜しければこちらから閲覧できますので報告書全体と16ページをご覧下さい。

□環境・社会報告書2020


今回、お声がけ下さった荒川化学担当者の方
併せて報告書作成に関わられた方に
深く感謝申し上げます。



2020年6月27日 (土)

■可逆性の原理

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毎週のオンライン授業準備も終盤に。

どうも後期はオフラインになるみたいで、
コツコツ積み上げてきた授業も、これっきりになりそう…


だったらいいな。


安心してオンラインで会えることは良いことですね。

心の支えは、生徒さんたちから
「全部の授業が終わっても、動画を見れるようにして欲しい」
と声が上がっていること。

継続して運動したいと言う意識は素晴らしく、とても嬉しい。

授業準備は大変だけど、これはこれで良かったな。

私も、オフラインになったら、
オンラインでの気付きを忘れてしまわないように、
形を変えて継続したい。

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可逆性の原理

トレーニングを行って高めたや筋量も、
トレーニングを止めてしまえば元のレベルに戻ってしまう。

トレーニングの期間が短ければ短いほど、
トレーニングの効果がなくなるのが早まるという原理。

や体型を維持するためには、
トレーニングを継続していく必要がある。

小さいことからコツコツと。